第3章 始動!新生畠山高校薙刀部

第14話 初心者顧問と初心者二人の思う所

「やあっ!やあっ!」


「たあっ!たあっ!」


 畠山高校薙刀部(仮)の今やホームである第二武道場に元気の良い高い声が響く。


 そこにいるのは二人の新入部員、新谷ひよりと一条志穂だ。学校のジャージ姿で薙刀を必死に振っている。


 ひよりが入部して四日目(志穂は三日目)の日。彼女らは初めてしっかりと薙刀を振らせて貰っていた。


「よーし、やめ!」


 これまたジャージ姿の山口が手を叩きながら言った。二人は素振りを止めて薙刀を下ろした。


 ふうふうと息の荒いひより。それとは対照的に志穂は涼しい顔をしている。


「新谷さん、一条さん、大丈夫ですか?初めて本格的に素振りをしましたが」


「だ……だいじょぶ…です」


「大丈夫よ」


 返答の言葉こそ同じだが、息も絶え絶えなひよりと涼しい顔の志穂。そこはやはり運動神経の違いなのか。


(一条さん、すごいなぁ……全然疲れてないし、素振りも私より全然良い音させてたし…やっぱり噂どおり運動できる人は違うよね)


 隣の志穂を見やりながらひよりは心中でそんな事を思っていた。ゆるい卓球部で過ごしていた自分と噂になるほどのセンスの持ち主。どうしてもどこかで比較してしまっていた。


「…で、どうやったん西山?ウチらの素振りは」


「うーん………二人ともフォームが固まってないのは当然なんだけど、ひよりちゃんも志穂ちゃんも腕力で振ろうとしていたのが気になるかな」


「えっ!?」


 月子の言葉にひよりは思わず驚いた。自分よりも遥かに良い音を出していた志穂に同じ欠点があるとは思わなかったからだ。


「ああ、それは俺も感じたな。剣道でも良く初心者が言われるんだ『腕で振ろうと思うな。体で振れ』ってさ」


 山口が頷きながら同意した。


「腕の力で振ろうとすると、どうしても薙刀の軌道が小さくなってしまいます。だから強く握りしめず、自分の体に一本軸が入った感覚で、そこから全身を使って切先が弧を描くように振るんです。私はそう教わりました」


 明日香が二人に向かって実際にゆっくりと薙刀を振ってみせる。それは確かに腕で振るのでは無く身体全体を使っているように見えた。


「おおっ……」


「これは力の強い男子が良く言われるんやけど、腕力があるとパワーに頼みの狭い薙刀になってしまうんよ。だから志穂ちゃん、そこを気をつけて」


 月子が志穂の目を見て言い、今度はひよりに視線を移す。


「ひよりちゃんも腕で振ろうとし過ぎるから疲れるんよ。腕がキツイやろ?」


「……パンパンです」


 乳酸が溜まっている腕をだらんと垂らしながらひよりは同意した。しかし単純な体力不足もあるなと内心感じてはいたが。


「なるほど……全身で振る…か。勉強になるばい」


 薙刀を握って興味深げに志穂は呟いた。ちなみに彼女の薙刀は明日香の予備、ひよりの物は件の姉のお下がり品だった。


「まあ二人とも真剣にやってるし、すぐに上達するよ……よし、じゃあ練習再開しよか」


「うん、よかよ西山」


「が、がんばりますっ」


 返事をする二人に、明日香と月子もどこか嬉しそうだ。


 いや、確実に嬉しいだろう。二人きり部活も覚悟していただけにひよりと志穂を早く一人前にしてあげたいという思いもあるようだった。


(う〜ん、経験者に引っ張っられるやる気ある初心者か……なんだか“部活”っぽいじゃねーか………いや、人ごとみたいに言っているけど、そういや俺もまさにここで剣道してたんだよなぁ…)


 四人を見つめる山口の脳裏に10年以上前にこの第二武道場で汗を流していた自分の姿がオーバーラップする。


 防具の汗臭さ、竹刀の重さ、仲間との冗談、皮がむけて固くなった足裏。その全てが昨日の事のようでもあると同時に、ひどく昔──なんなら生まれる前の出来事のように遠くも感じられた。


(挙頭望山月 低頭思故郷……へっ、なんでここで李白が浮かぶかねえ)


 自分も感傷に浸るような歳になったのかと山口は密かに笑う。

 

(……あれからさらなる新入部員は来ない。団体戦の五人には一人足りないけど、薙刀部を再開させるには十分だろ。西山と白川は元々だが一条妹と新谷も今のところ本気だしな)


「さあ、元気出していきましょう!」


(こいつらが部活らしくしていくなら……俺もどんどん顧問らしくなっていかないといけないよなぁ…さすがに)


「「「はいっ!」」」


 山口の思いをよそにまた四人の元気な声が室内に響いた。



「はあ……うっぷ……」


 その日の練習終了後、制服に着替えたひよりは体育館を出た所でやや顔を青ざめさせていた。


(今日の練習も疲れたあ……月子ちゃん、あんな感じだけど意外と威圧感あるんだよなあ。キツイからできませんとか言わせない感じ…)


 疲労からかひよりの足取りは重い。足さばきの練習で下半身が特に疲れているようだった。


「いたた……筋肉痛が……私こんなんで薙刀やって行けるのかなあ…一条さんなんか全然こなしていたし…」


 ぼそりと不安が思わず独り言となって現れた。同じ未経験の志穂は薙刀の振り方はともかく、足さばきなどは無難にこなしている様に見えた。そんなひよりに不意に声がかかる。


「新谷、お疲れ様。どうしたとね?しんどそうな顔で」


 声の主は志穂だった。少し離れたところから心配そうな表情だった。そういえばしっかりと二人で会話をしていない──そんな事がひよりの頭に浮かんだ。


「一条さん……なんでもないよ。ちょっと疲れちゃっただけ」


 微笑しながらそう返答すると、意外にも志穂は笑い返してきた。


「アンタもね。ウチもさ……武道って他のスポーツと筋肉の使い方の違うとかな。余計疲れた気のする」


 照れ隠しのような笑顔。ひよりは志穂が笑ったのを初めて見た気がしていた。


「だ…だよね!私、薙刀の足さばきやり出してから変なところが筋肉痛で…」


「そうそう!ウチもさ。足の裏も痛かし…西山も白川も足の皮が剥けるとは当然みたいに言っとった…厳しかね。頭では分かってたつもりでも、実際にはそう簡単にはいかんばい…まあ薙刀に限った話じゃなかろうけど」


 言いながら不安そうな顔になる志穂。自分より遥かに対応できているように見えた彼女の意外な言葉だった。


「このまま薙刀、やっていけるやろうか?なんて心のどこかで思ったりもするとよ。情けなか話やけどさ」


 そうひよりに語る志穂の表情は穏やかだった。同じ新入部員でなおかつ同じ薙刀初心者ひよりにしか言えない──なんとなくそんな思いが感じられた。


(あっ……そうか……センスとか運動神経とか…そんなの関係なかったんだ。私も一条さんも同じ…始めた薙刀に戸惑って、不安がってる初心者……そこは何も変わらない)


 ひよりは不思議と心中の不安がスーッと軽くなる様な気がした。月子と明日香もだが、もっと近い立場の志穂の存在がそうさせていた。


「ん…?どがんしたとね新谷、黙って。なんなウチ変なことば言った」


「……ううん、なんでもなかよ。ねえ、一条さん…じゃなくて志穂ちゃん、お腹空いとらん?コンビニ寄ってアイスかパンでも食べん?」


 そう微笑から一転して飾り気のない大きな笑顔で言うひよりに、志穂も思わず呆気に取られ合わせるように笑う。


「なんだか初めて新谷の方言ば聞いた気のすんね……よかよ、ウチもお腹は空いとるけんコンビニ行こ。そういえば初めて西山と話したのもコンビニやったね」


「え?何その話、なんだか面白そう。教えてよ志穂ちゃん!」


 きゃあきゃあと楽しそうにおしゃべりをしながら歩く二人。ひよりは筋肉の痛みもどこか和らぐような錯覚を覚えていた。

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