第2話 関西の薙刀少女、九州にて惑う
日下部と菊地原の試合から10ヶ月ほど過ぎた九州のS県K市。
花の高校1年生の4月。新しい制服に身を包み始まる高校生活への期待半分・不安半分という者が一般的だろうか。
しかしながら、
だがそれは両親の離婚にでも、住み慣れた関西から九州への引っ越しにでもなかった。
いやどちらも15歳の少女にとっては、大事には違いなかったが自分の中で折り合いは付けている。
憤っているのは、高校受験に失敗した自分にだった。
(私って中学最後の全国大会といい、本当何でもここ一番で勝負弱いんやなぁ…)
月子の志望校はS県立中央高校だった。その理由は中央高校には薙刀部が存在していたからに他ならない。
母が薙刀の先生をしていた事もあって、月子は幼児のころから薙刀を始め中学では全国大会にも出場経験があった。
(中央高校……行きたかったんやけどなぁ…)
そんな彼女だったから、引っ越し先の高校でも当然薙刀部のある高校──S県立中央高校が第一志望。
中央高校薙刀部はS県内にある3校の薙刀部の中でも最強であり、毎年のようにインターハイに出場していた。
その中央高校の受験に月子は失敗してしまったのだ。
(数学やろか…?それとも苦手な英語?いや…選択肢ミスった社会か?)
後悔先に立たず、覆水盆に返らず、月子がいくら憤っても試験結果は変わらない。
中央高校は薙刀以外のスポーツも強いが、同時に勉学にも力を入れる文武両道の学校だから望めば入れるというものではない。
推薦入学という道もあったが、両親の離婚や引っ越しのドタバタで間に合わず、一般入試になった結果失敗してしまった。
(お父さん凄い謝ってたなあ…)
月子がついていく事となった父は、自分たちの離婚のせいで月子が落ちたと何度も何度も謝罪した。
しかしその父の縁で彼が講師として働く予定の、S市の隣のK市に在る畠山大学の付属高校に行く事ができたのは皮肉だった。
もちろん現在、畠山大学付属高校に薙刀部は存在しない。
それを知り月子は少しだけ途方に暮れた。中学の借りを返すチャンスは、高校ではないのかと。
(凛ちゃん……今頃元気にしとるんやろか?)
手足にマメを作るぐらいに打ち込んだ事を、取り上げられるようで寂しかった。
「優菜ー部活決めた?」
「バスケ部かなぁC組の大城君カッコよかもん」
「えーそんなんで部活決めちゃうと?」
(……同感やな)
1年A組の教室でまだ聞き慣れない九州弁での同級生たちの会話を耳で拾いながら、月子は心中でひとりごちた。
薙刀と言うマイナー競技の男女比はほぼほぼ女性が10割。それも手伝ったのか、月子は恋愛というものにまるで感心が無かった。
彼女にしてみればあれだけ仲良く見えた両親も離婚したのだから、男女の愛にも多少懐疑的になっていた。
『お姉ちゃん、顔は結構可愛いんやからさぁ、もっとオシャレとか頑張ったら高校でモテると思うわぁ』
母に引き取られた妹の言葉を思い出す。
(モテるかぁ……それって薙刀より楽しいんやろかなぁ…?そもそも恋愛って…意味あるんかな?)
などとぼんやりと考えながら、意味もなく前髪を弄る。
月子にとってドラマや漫画のような恋愛に彩られた高校生活というのは、まるで絵空事のような感覚だった。
「月ちゃん、なんかぼんやりしとるね。悩み事?」
そんな月子に左隣の眼鏡の少女、
人見知りをしない人懐っこい性格で、月子が高校で最初にできた友達だった。
「……んっ、大したことじゃないよ。部活どうしようかなってさ」
入学して1週間。やりたい薙刀部はなく、部活動をどうするか月子は迷っている。答えると美穂は後頭部で腕を組んだ。
「部活かあ。私は興味あるから、新聞部に入るつもりだけど月ちゃんはどうするの?中学で何かスポーツとかやってた?」
「んー、美穂ちゃんは知らないかもしれないけど、中学では薙刀っていう武道をやってたよ」
月子がやや恥ずかしそうに答える。高校で薙刀やっていたと、誰かに言うのは初めてだった。それを聞いた美穂は一瞬だけ考える顔をした。
「……薙刀ってあの剣道みたいなやつ?」
薙刀経験者が実によく言われる言葉を聞いて月子は苦笑する。
「まあそうだね。同じ武道やし、防具は確かに似てるけど……薙刀は剣道の竹刀より長いし、脚を打って良かったり結構ちゃうけど」
「おっ、本場の関西弁だね。かわいかね」
美穂が笑う。月子が関西出身というのは初日の自己紹介で話したので知られている。
「かわいいかなぁ…九州弁の方がかわいくない?」
馴染むために月子はなるべく標準語で喋るようにしていたが、時折こうして関西弁が出てしまう。
(でもいつかは関西弁忘れて、私も九州弁喋るようになるんやろか?それもちょっと寂しいな)
それでも九州弁で喋る自分は中々想像がつかない。などと取り留めのない事を考えていると、ふと自分に送られている視線に気が付いた。
視線の主は月子の右隣の席、知的な雰囲気のショートヘアの少女、
実際雰囲気だけではなく、入学試験の結果は新入生全体で2位だった秀才だ。
「白川さん……どうしたの?」
実は明日香が彼女に視線を送ってくることは初めてではない。
入学し知り合い友達となってから、しばしばある事だった。それもただ見ているだけではなく、どこか熱さを持った視線をだ。
「……ごめんなさい。西山さんが薙刀をやっていたって聞きましたから…私も中学時代一応やっていましたし」
優等生だからなのか、本人の性分からなのか明日香は同級生とも敬語で話す。
「えっ……?ホンマ?」
明日香も薙刀の経験者と分かり、月子の顔が一気に明るくなった。
「そうなんや!白川さん、どこの中学でやってたん?私はOの誠花中!」
まさかの薙刀仲間がすぐ近くにいた事にテンションが上がったのか、関西弁で月子は明日香に問いかけた。
「誠花中……!それはそれは……西山さん、私は中学の部活ではなく『中央なぎなたクラブ』という、道場のような所でやっていましたよ」
「あっ、道場かあ」
苦笑する明日香に月子は、自分が興奮していた事を自覚して少し顔を赤くした。
そして同時に記憶を手繰り、全国大会でここS県から出ていた道場や選手を思い出していく。
(確かに……そんな名前の道場あったような…それとSの選手は……確か村田って人と背の高い藤なんとかって人…それと、なんかややこしい漢字の名前の人とかが、個人戦に出てたような…)
中学時代の月子はS県の選手と戦った事はないので無理もないのだが、あまり印象に残ってはいなかった。
もしかしたら明日香ともどこかで会っていたかもとも思ったがまるで思い出せない。
「……私は中学で全国大会で個人戦出てなかったし、それに団体で誠花中とは当たってない上に、今とは髪型も違うから覚えてなくても仕方ないですよ。私だって西山さん知らなかったですし」
月子の思いを見透かしたような言葉。言われた月子は笑ってごまかす。
「あははははっ……いやー、私も中学時代とは色々ちゃうけどね……それにしても勿体ないね。せっかく二人も薙刀経験者おんのに薙刀部ないなんて」
笑いながらも残念そうに月子は嘆いた。明日香はそれを受けて、笑わずどこか含みのあるような複雑な表情を見せた。
「そう…確かにそうですね」
そのまま明日香は黙り込み、トイレにでも行くのか教室を出ていった。
「………なんだったんだろ、白川さん…薙刀やってたのは意外だったけど」
「明日香ちゃんって、良く月ちゃん見てるよね。好きなんじゃない?月ちゃん結構かわいいし」
「もー、からかわないで美穂ちゃん」
美穂のいつもの冗談と思い手を振る月子だが当の本人は続ける。
「別にからかっとらんよ。それにそういう主義の人も差別しちゃいけないんだから」
分かったような事を、分かっているような顔で言う美穂。
月子が上手い返答を考えている間に、明日香が戻って来てさらに次の授業の時間となった。
しかし授業中も月子はいまいち内容が頭に入ってこない。
先程の美穂の言葉と、明日香の熱っぽい視線がまだ気になっていたからだ。
(女の子同士の恋愛とか……男の子ともしたことあらへんのに)
掛け算のやり方も知らないのに、割り算の問題を出されるようなものだと月子は思った。
しかし根が正直というか、単純というか、考えれば考えるほどそちらに発想が傾いてしまう。
チラリと右横を見てみるが、明日香は真剣な顔で授業を受けているだけだ。
(確かに男の子との恋愛にも、興味があったわけじゃあれへんけど、でも女の子に惚れられちゃうって……!?)
妄想が進む月子。妄想の中でなぜか明日香は妖艶な雰囲気で月子の顎を掴んでいる。
『西山さん、私あなたを一目見た時から良いって思ってたの』
『し、白川さん……』
『明日香って呼んで。私も月子って呼ぶから……これから3年間よろしくね月子』
明日香が自分の顎を傾けて顔を近づけて来たところで、月子は妄想は振り切るように顔を振った。
(あ~あ~、無理無理!無理や!……そんなん私受け止めきれへん…!)
月子はついには頭を抱えて机に両肘をつく。
この後すぐに教師に話を聞いているのかと質問されたが、当然答えには窮する事となった。
しかし事態は意外な方向に動いた。
帰りのHRまでの短い時間、ちょうど美穂が席を外している時の事だった。
明日香が月子に小さい声でなにやら話しかけてきた。
「西山さん、突然ですみませんが、今日の放課後空いてますか?時間があるなら、少しお話したい事があるから体育館の裏に来てもらえませんか?」
「えっ?」
月子が聞き返す間もなく、明日香は自分の席に戻って黒板の方を見つめる。
ほどなく美穂が戻って来て、担任の教師も入室しHRが始まり、明日香に真意を尋ねる事はできなかった。
(えー……白川さんなんの用やろ……まさか本当に美穂ちゃんが言ってたみたいな…あのヘンな想像みたいな……)
HRの後、体育館裏に行く道すがら、月子の頭の中は『その事』で一杯だった。
体育館裏と言えば告白の場所として定番中の定番だろう。
(やっぱそうやったら断るべきやろなぁ…)
一歩二歩と体育館が近づくにつれて、月子は自分が緊張している事に気がつく。
そしてついに目的地へと到着する。体育館裏のスペースには、コンクリートを突き破っていくつも雑草が生えている。
その雑草に囲まれるようにして明日香は立っていた。
「ごめんなさい西山さんこんな所に呼び出してしまって」
「ううんっ、大丈夫。どうしたのかな?」
平静を装う月子だが、内心は明日香が何を言うのか気が気でない。
明日香は一瞬言いよどんだが、すぐに真剣な瞳で真っすぐ月子を見つめて言った。
「西山さん、これから高校3年間私に付き合ってくれませんか?」
衝撃的だがある意味想像通りの一言に、月子の顔は一瞬で真っ赤に染まった。
「え………ええ~!ほ、本気やのそれ?」
「本気です。冗談では言えません」
(や……やっぱりそうやったんや…!な、なんて返事したいいのかわからへん…!?)
尚も真剣な顔の明日香。対比するように月子の顔もどんどん赤くなっていく。
「…い、いやぁー、白川さんの事は全然嫌いじゃないんやけど……私たちまだ知り合って1週間やし、まだお互いの事を全然わかってないというか……ん?白川さん私『に』って言った?」
「言いました」
赤面しながら慌てふためく月子に、怪訝な表情をしながら明日香は答えた。
月子の違和感も当然で、恋愛の告白ならば『私に付き合って』ではなく『私と付き合って』と言うべきだ。
誤解を与えたことを理解し、明日香はゴホンと咳払いをする。
「……私の言い方が曖昧でした。単刀直入に言いますね。西山さん、あなたを薙刀の実力者と見込んで頼みます、私と一緒に畠山高校薙刀部を復活させてください」
甘い愛の告白ではなく、過酷な戦いに誘うような表情で明日香はきっぱりとそう言って頭を下げた。
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