14 みそらといっしょ

 地面に寝転ぶゴラくんの浴衣の裾は豪快にはだけ、筋肉質な太腿が剥き出しになっている。


「な、なに、どうしたの!」


 荷物をその場に放り出し、ゴラくんの元へと駆け寄る。一体何が起きているのか。その原因は、すぐに分かった。浴衣の帯が、根っこと足首に滅茶苦茶に絡まっていたのだ。


「みそらあっ」


 ゴラくんが、泣きそうな顔で私の名前を繰り返し呼んでいる。……ん? 呼んでいる? ゴラくんは、喋れない筈じゃなかったか。


「みそら、とって……!」


 整った端正な顔を不貞腐れた子供のようにくしゃくしゃにするゴラくんの顔を見ている内に、凍りかけていた心がじんわりと解凍されていくのが分かった。いなくなったんじゃない、転がって動けなくなっていただけだった。そして今、助けを求めて私の名を呼んでいる。肺呼吸をし始めたゴラくんが。


「あっうん! 今すぐ取ってあげる!」


 ああ、居てくれた。これは夢じゃない、確かにゴラくんは今、目の前に転がっている。溢れる歓喜を頑張って抑え込みつつ彼の足許に膝を付くと、地面からみっちりと生えている根に複雑に絡んでしまった帯の端を、丁寧に引き剥がしていく。


 どうしてそうなったのか。帯は両足首にも絡みついており、そのせいでゴラくんは立ち上がれなかったようだ。帯の反対側はゴラくんの腰に繋がったままで、腰の背中側できつく固結びにされている。


 抜け出そうにもどうしようもなく、誰かに調教されているかのようなスタイルのままずっとここで転がっていたのだ。


 あの場で恐れてすぐにここに来てやらなかった自分の臆病さを呪った。ひとりで大丈夫なんて言いながら、全然大丈夫じゃなくて勝手に落ち込んで。我ながら情けない。


 根っこは巻き付くように帯に絡みついており、どうやっても綺麗に取れない。急いでリュックを持ってくると、中から非常時セットとして携帯しているハサミを取り出した。根っこが絡んでいない部分にハサミを入れる。布は固く切りにくかったけど、擦るように繰り返し刃を当てている内に、やがては切れた。


「次は足首ね! 待ってて!」

「うん」


 足首の帯は、わざとかというくらい綺麗に巻き付いている。端から結び目を解いていくと、こちらはあっさりと取れた。根っこに引っかかって引っ張ってしまい、それで締まっていただけらしい。


「よし! じゃあ後は帯を締め直して……」


 何も考えず、くるりと身体をゴラくんの方に向けた。途端、目に飛び込んできたのは、自由になった足で立ち上がろうと膝を立てたゴラくんの姿。浴衣がはだけているなとは思っていたけど、膝を立てることでゴラくんの股間部が剥き出しになり、人間で言うところの生まれたままの姿のそこを至近距離で見てしまった。


「あ……は……」


 おかしな笑いが出た。ゴラくんは、私がそこを見ても特に気にしていないようだ。やはり羞恥とか恥じらいとかいった感情は、生まれたてのこの子にはない感情なのか。


「みそらっ」


 がっつり浴衣の前をはだけさせたゴラくんが上半身を起こしたかと思うと、嬉しそうな笑顔で私に抱きついてくる。


「わっゴ、ゴラくんちょっと……っ」


 ぎゅうぎゅうと苦しいけど、温かい。


「みそら、ボク、みそらといっしょ!」

「うひゃあっ」


 剥き出しの足を、私の身体に絡める。布団の上を転がる子供のように私と一緒に地面を転がっては、実に楽しそうに笑った。

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