12 シフトチェンジと願いたい

『十一月五日 快晴 健康状態✕ くるぶしが出てきた。あと一日二日程度で足の裏に到達する見込み。葉は全て枯れ落ち、現在は頭頂に紫の花がポツンと残っている状態。ゴラくんの肌艶に問題はなし』


 とうとう、ゴラくんの全ての葉が抜け落ちてしまった。唯一残っている花も弱々しく、萎れてしまっている。でも、根っこから生えているゴラくんには元気があり、これは動き回る形態へとシフトチェンジする為の準備の一環なのではと考え始めたところだ。だけど、不安であることに変わりはない。


「ゴラくん……ちゃんと元気?」


 もう屈んでもらわないとゴラくんの頭頂を確認することもできない。ゴラくんと並ぶと、私の頭頂がゴラくんの肩の線辺りに来る。随分とすくすく育ったものだ。


「浴衣、やっぱりお父さんのじゃ短いねえ」


 私がふくらはぎの半ばまで来ている浴衣の裾を見ながら言うと、ゴラくんはにっこりと笑った。ゴラくん用に買っておいた高身長用の浴衣は、折角だからとまだ着せないで取っておいてある。明日には持ってきて新品を着せてやる予定だった。


 例えここで野宿となろうと、根から出るその瞬間をこの目で見ようと考えていた。マンドラゴラには、無理に引っこ抜くと気絶せんばかりの悲鳴を上げるとの伝承がある。だけど、ゴラくんはマンドラゴラとはいえ自発的に出て来そうなので大丈夫じゃないか、との希望的観測を根拠に立ち会いに臨む所存だ。


 正にゴラくんが産声を上げるその瞬間に、母代わりとしてここまでゴラくんの成長を見守ってきた私が立ち会わねば、他の何にいつ立ち会うというのか。わざわざこの為に通販で購入した寝袋は、今日の内に持ってきてある。朝露で濡れることを避ける為、大きなゴミ袋にきちんと入れてあるこの準備の完璧さ。私は突発的な対処は苦手でも、じっくりと考え事前準備をすれば人並みにこなせるのだ。


 配達の際、いつもの宅配便のドライバー名雲さんは「キャンプでもするんですか?」とにこやかに問いかけてきた。枯れた女がひとりでキャンプを行うなんて、と内心思っているのだろうかと凹みそうになる気持ちを奮い立たせ、今度は練習しておいた笑顔と用意しておいた「はい!」というだけの台詞を繰り出すことができたので、概ね満足している。


「じゃあ、明日は荷物が多いからちょっと遅くなるかもしれないけど、ちゃんと来るから!」


 ゴラくんにそう伝えると、私が去るのを察したのだろう。長い腕で私を捕まえ、ぎゅっと抱き締めた。寂しいことを表すジェスチャーだということは、私ももう理解している。こういう時は、秘技トントンだ。植物であるマンドラゴラに寂しいという感情があることは、考えてみれば随分とメルヘンな話だが。


 だけど、ゴラくんの感情豊かな表情や仕草を観察していれば、それが私の真似事などではなく実際に彼が保有している実存する感情なのだと私には分かった。何と言っても母代わりだから、そこは分かるのだ。


「よしよし、明日はずっと一緒にいるからね」


 私がそう伝えると、ゴラくんは明らかに興奮した様子で私を更にきつく抱き締める。若干苦しいけど、喜んでいるのであればあまり否定をするようなことを言うのも憚られた。よい情操教育とは、褒めて伸ばすとよく聞く。子育てなんて勿論したこともないけど、ゴラくんは今はまだ胎児のような存在。


 そう考えれば、いきなりあれ駄目これ駄目では生きていく上でのやる気が削がれてしまう可能性もある。ゴラくんの健やかな心身面の成長は、私の言動に掛かっていると言っても過言ではない。


「ゴラくん、うちに来るの楽しみ?」


 固い胸板から顔をぷはっと出し、見下ろすゴラくんを半ば仰け反りながら見上げる。ゴラくんは、紫眼を逸らさないままコクコクと頷いてくれた。とりあえずこの場に咲き続けたいという願望はないらしく、安心する。


「私も楽しみだよ!」


 前向きな声掛けを心掛けている母代理としては、普段だったら口が裂けても恥ずかしくて言えないような台詞も言える。見た目は大人でも実質子供に近いゴラくんに対して伝えるのは、思ったよりも抵抗がなかった。


 もしかしたら軽はずみな決断だったのでは――。そう思う瞬間がなかったと言えば嘘になる。だけど、これまでの人生で時折現れた、覇気の塊のようだった彼らとは叶えられそうにない「縁側で笑いながらお茶を飲む生活」がゴラくんとならできるのでは、と考えてしまったのだ。


 邪な望みなのは、重々承知している。その私の夢にゴラくんが付き合う必要はないし、付き合う可能性があるかすら未知数だ。私はたまたま生えているゴラくんを踏んづけた人間に過ぎない。観察と称して毎日会いに行っているのも、彼にしてみたら、目を開けたら目の前にいただけの人が毎日来るから相手をしているだけかもしれない。


 私は狡い。さもゴラくんの保護者のような態度を取り、自分の都合のいいようにゴラくんを扱おうとはしていないか。だけど、彼を見てしまった以上は放っておけなかったのもまた事実。


 自分の都合と、中途半端な使命感。これまでの人生で何も為すことができていない私は、ゴラくんに今より高みに行かないと得られない未来の可能性を投影しているのかもしれない。


 ぎゅ、とゴラくんが私の頭を抱き寄せる。


 ――迷った時は、ゴラくんの選択を優先してあげよう。


 ゴラくんを利用しようとしているのかもしれない自分がこれ以上つけ上がらない為には、そうすべきだと思った。

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