親友



あなたも夢をみることがあるだろうと思う


眠っている間の冒険の話だ



はじまりは四歳のとき三輪車で坂を下って

事故にあったときである


死にはしなかったものの

一時的に目を覚まさなかったらしい


らしい、というのも

自分的には全く知らない世界にいただけで

眠っていたおぼえはないのだ


意識が戻ったときは旅行から帰ったようなそんな気分だった


それからというもの、時々私は未知の世界へと旅立った


あちらの世界での冒険はとても語り尽くせるものではないが、お気に入りを一つ紹介しようと思う


あれは私が中学二年生の頃、階段で足を踏み外し転落したことがきっかけではじまった冒険だった


小学五年生ぶりに訪れた世界は雪と氷で美しく荒れ果てていた


緑豊かな土地であったのに、と悲しむよりも

みんなはどこへ、という焦りの方が大きかった


忘れかけていた魔法の幾つかを駆使して暖をとり周囲を照らして見知った景色を探した


どうにか街道らしきものをみつけ、あの広場を目指して歩き進めた


吹雪くわけでもなく風一つない静けさ

私の靴音だけが氷の道に虚しく響く


敵の存在は探知できないが、慎重を期してみんなの名前を呼ぶことはしなかった


お目当ての広場にたどり着いたが噴水も街並みもここまでと同じに凍りついて静かなだけだった


どこもこうなのだろうと予感しつつ

一抹の希望を胸に、世界の中心たる城へと歩みを進めた


道中、立ち並ぶ家々の窓を覗いたが

誰一人そこにはいなかった


近づくにつれてわかったが、城もまた雪と氷に覆われていた


しかしながら扉だけは元のまま、私に開かれていた


中に入ってもまだ何の気配もなく静かであったが

不思議と恐ろしくはなかった


一つ一つの部屋を巡りながら

思い出を振り返った


この机の傷ははじめてあいつと喧嘩した時のものだとか、ここで勝利の宴を開いたとか

魔法の勉強をさぼって先生に叱られたとか


泣いたことも笑ったことも全てが愛おしい


ドラゴン捕獲や魔王討伐だの大きな活躍よりもずっと、ここでの日々が何より好きなんだなと改めて感じた


全ての部屋を巡り終え広間へ戻ると

一通の手紙が用意されていた


筆跡からすぐにこの世界の親友のものだとわかる


武骨な文字で


俺らは変わらない


とだけあった


不安が、焦燥感がほどけていく


現実はあまりにちっぽけで

ただの中学生の世界は狭い


変化を求められる日々の中、この世界を、愛する世界を信じられなくなりつつあった


変わりたくない、変わらないで、変えないで


その願いがこの世界を凍らせてしまったのだろう



だけど今、親友の言葉が僕の胸を溶かす


世界を覆っていた氷がキラキラと消えていく


歓声が聞こえる


城の外へ飛び出して、みんなに出迎えられる


遅いぞとかやっとかとかおかえりとか

文句を言われ喜ばれわしゃわしゃと頭を撫でられ抱き締められ


僕は何度もごめんとただいまを繰り返した


ひとしきり盛り上がり、改めてみんなに向き直る


待っててくれてありがとう

みんながいてくれるから、僕は頑張れる

ほんとに、僕はみんなが大好きだ


親友が満面の笑みで応えてくれる


私はいまだにこの時を越える幸せを知らないでいる


現実に戻った私は特別なことが起きるでもなく、無事に受験生へと成長し、やがて平凡な大人たる今の私になった


大人になってからは今のところ一度も冒険には出ていない


けれど私は確信している


私が現実を旅立ち、最期の冒険にでるとき

隣にはきっと親友のあいつがいるだろうと


とびきりのただいまを言うために

今日を生きているのだ



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