第3話 家庭教師
5歳になった。
書庫での邂逅以来、リーヤとは機会が合えば週に1度会うぐらいだったが、ここ1年で毎日俺のお世話をするために会うようになった。
どうやらリーヤが7歳になった時に俺の側仕えのような役に付いたらしい。
既に記憶の彼方に居る父親に感謝をしたことは無いが、これに対しては少しだけ感謝しようと思った。
最近、リーヤの体つきが女の子から少女へと変わろうとしている。
8歳にもかかわらず発育が良く将来は美人の巨乳になりそうだ。
それに伴い前までよくしていたスキンシップも終わりを見せ始め俺に抱き着くことは無くなっていった。
あの温もりは一人寂しい俺には、ダイレクトに突き刺さりいつの間にか虜になっていた。
「リーヤ、おはよう。今日の予定を教えて」
「おはようございますラウル様。本日のご予定は―――」
リーヤが側付きになってから俺を呼び捨てで呼ばないように命令した。
他人行儀で寂しいが、これもリーヤのためだ。
俺は次男だがそれでも王国において有力貴族のカーヴェル辺境伯の次男だ。
将来的に様々な貴族と付き合いがあるだろうし公の場で仕事をする機会があるかもしれない。
もっともありそうなことは、王族派閥の筆頭貴族であるブレイン侯爵に俺を人質として送ることだろうか。
向こうからの人質は居るなら王女様になるのだと思う。
ランブルの婚約者、哀れなり。
閑話休題。
俺の将来がどうなるか分からないが、側付きとなったリーヤは俺に一生付いてくることになる。
俺だけの時はいいが、俺以外にも人がいる状況で俺を呼び捨てで呼ぶのは対外的にかなり不味い。
この世界の貴族――カーヴェル家しか見ていないため偏っているかもしれない――は、メイドは卑しい者と認識している節がある。
それが一般的だと考えた場合、親密そうにメイドと話していることがバレると弱みになる、と思う。
だから公私を完全に分けられるようになるまで俺とため口で喋ることを禁止した。
初めは、難色を示していたリーヤであったがリールの理解もあり何とか説得に成功し今や一端のメイドと主人の関係になっている。
俺とリーヤの関係を考えながら歩いているといつの間にか書庫に辿り着いていた。
リーヤを扉の前に待機させリールに設置してもらった窓際にある机へ向かう。
基本的にこの書庫に来る人間は、俺しかいない。
時々、本邸所属らしい執事がやって来るがそれぐらいだ。
この3年間で分かったことは、この屋敷は別邸らしくカーヴェル家に努めているメイドや執事のための屋敷だということだ。
そのためほとんど家族と対面することは無い。
唯一、ランブルの誕生日パーティーの時に俺も顔を合わせるぐらいだ。
その時もほとんど会話など無くランブルに至っては、親にバレないように俺に魔法を浴びせてくる。
それに気付いているはずのメイドたちは何も言わない。
カーヴェル家は、武勇に優れた者を代々輩出しているため魔力無しの俺は、冷遇されているのだろう。
閑話休題。
本は帝国出版の物や小国で書かれていた物など様々だったが、その全てが日本語で書かれていた。
この世界は日本語が共通言語らしいことが分かった。
同じように通貨も統一されており、100ゴールド銅貨1枚、1,000ゴールド銀貨1枚、10000ゴールド金貨1枚だ。
まるでゲームのような世界だと思ったが、それを確かめるすべは無い。
本を読みながら明後日のことを考えていると書庫の扉をノックする音が聞こえた。
扉付近に待機していたリーヤが扉を開け廊下に出た。
俺は再びリーヤがやってくるまでに本を読み切ろうと頑張った。
「ラウル様、家庭教師がお見えでございます」
「分かった。今行くよ」
俺は読みかけの本を閉じ書庫を後にし玄関へ向かう。
どうやら既に来ているらしく玄関前にリーヤが待機していた。
「あなたがラウル?」
「はい、よろしくお願いします。オリヴィア様」
向こうは俺を呼び捨てにして俺は目の前の女に敬称を付ける。
身分的には、オリヴィアは名誉貴族であり俺は辺境伯の次男であるためオリヴィアの方が高い。
だが王国貴族の下級貴族であれば当主であろうとも俺に敬称を付ける習わしがある。
名誉貴族の立ち位置は、成り上がり貴族のような物で主に冒険者や商人が多い。
だが、オリヴィアの場合は本当の意味での”名誉”貴族だ。
何を隠そうオリヴィアはレイヴァンハート王国の建国に携わっており、御年500歳以上だと公式記録に残っている。
ここから分かる通り彼女は人間ではなく長命種と言われるエルフだ。
異世界定番の種族であるエルフには特徴がある。
まず美しい顔立ちと綺麗な金髪。
長い耳。
細い体つき。
そして―――
「絶壁」
「……何か言った?」
「い、いえ!何でもありません」
「……そう」
どうやら最後の特徴が口から出ていたらしく何とか誤魔化したが、オリヴィアは俺に疑いの目を向けた。
ここで目を逸らすと絶壁と言ったことがバレると思った俺は、オリヴィアと見つめ合う。
俺が他の女性と目を合わせ続けたことに不満を感じたのかリーヤが断ち切るように話を振った。
「オリヴィア様。ラウル様のお部屋へご案内いたします」
「分かった」
俺もオリヴィアの後ろに付いて行き二階にある俺の部屋まで行った。
俺の部屋も3人入れば少し手狭に感じる。
リーヤは扉の前に待機し俺は椅子に座りオリヴィアと対面する。
「これからあなたの魔力量を図るよ。手を出して」
「はい」
俺が手を向けるとオリヴィアは道具袋からいつか見た禍々しい色のした石―――魔石を俺に持たせた。
だが何も起こらない。
俺は分かり切っていた答えに苦笑してオリヴィアに説明した。
「オリヴィア様。僕は魔力無しだそうです。父上にもそのように言われました」
「ランブルから聞いていた通りだね」
「申し訳ございません」
「……嘘つき」
「今何かおっしゃいましたか?」
「何でもない。とりあえず魔法の訓練は止めて剣術の稽古をしようか。意外と才能が有るかも」
「は、はぁ」
俺はオリヴィアに魔力無しであることを告げたが、どうやら事前にランブルに聞いていたらしい。
オリヴィアは元々ランブルの家庭教師として雇われていたが、オリヴィアの善意で俺にも指導してくださるそうだ。
オリヴィアが途中で変なことを言っていたが、はぐらかされたので気にしないでおこう。
俺に魔力が無いことを確認したオリヴィアは、落胆したかのような反応を見せながら念のためという感じで剣術の稽古を始めた。
剣術の稽古と聞いた時、変な返事になったことは許して欲しい。
なぜなら俺は生前、ある流派の倅であったからだ。
だが、古臭い慣習に囚われた生活が嫌で家出するかのように都会の方の大学へと進学した。
就職の際は、親のコネを使う羽目になったが。
閑話休題。
剣術の稽古をするために俺たちは屋敷の前にある広場へと出てオリヴィアから木剣を渡された。
木剣は俺より少し小さいぐらいのサイズでとても重い。
記憶の彼方にある構えを取ると木剣の重さにやられて前にバタンッと砂ぼこりがまった。
「ラウル様!ご無事でしょうか!?」
「う、うん。大丈夫」
リーヤは大袈裟に心配しながら俺に回復魔法を唱える。
そしてオリヴィアを睨みつけて苦言を呈した。
「オリヴィア様……。こうなることが分かっていたのでは?」
「ごめん。魔力が無いから体が成長しない限り武器は持てないと思っていたけど……。信じきれなくて……」
「知っていて―――」
「リーヤ、ステイ」
「ッ!……かしこまりました。オリヴィア様、失礼なもの言いをしてしまい誠に申し訳ございません」
「私も悪かった」
リーヤは俺に止められて渋々といった表情でオリヴィアに謝罪した。
オリヴィアも叱られた子どものようにしょぼんとした表情で俺たちに謝った。
普段の俺であればその姿を見て可愛いと思うところだが、残念ながら冷や汗を流している今の俺に余裕は無い。
カーヴェル辺境伯の子どもに家庭教師として訪れるぐらいだから関係値は低くないのだろうが、敵に回らないとも限らない。
その時、俺のメイドが恐れ多くもオリヴィアに追求したととして弱みのネタになるかもしれない。
仮にオリヴィアに敵対の意思が無くとも社交パーティー中にカーヴェル家の様子を聞かれ、ポロっと漏らすかもしれない。
俺が原因でカーヴェル家が恥と思われたとしても俺の評判が下がるだけだ。
だが、メイドであるリーヤが原因であれば話は別。
俺の側付きとはいえ、雇っているのは父親であり将来的にカーヴェル家を継ぐのはランブルだ。
ランブルとの関係はファーストコンタクトから最悪だった。
精神が成長しきっていない状態であるため落ちこぼれの弟をいじめたくなるのは仕方ないかもしれないが。
ランブルが改心しない限り俺たちの仲は良くなることは無い。
仮に今の関係性のままで行けば喜々として原因であるリーヤを消すだろう。
あいつの性格は終わっているため俺に対しても精神的に追い詰めるようなことをする可能性がある。
そう。
たとえば、抵抗できない俺の前で嫌がるリーヤを―――
「大丈夫だよ。誰にも言わないから」
「ッ」
オリヴィアはシュンとした表情を引っ込めて俺を安心させるように呟いた。
耳元で囁かれたオリヴィアの声は、透き通っていて思わず変な気持ちになってしまったのは許して欲しい。
リーヤがムスッとした表情で俺を見ている。
誰のことを思って俺が悩んでやってるんだと言ってやりたいと思ったが、元を辿ればメイドと親しくしてしまった俺に辿り着く。
そんな俺たちを見てオリヴィアは再度呟いた。
「私はあなたの味方だよ。なんならカーヴェル辺境伯次期当主に推薦しようか?」
「……ありがとうございます。貴方の力を借りたい時は頼りますよ」
「ふーん、そうなんだ」
俺はオリヴィアの言葉を肯定も否定もせずはぐらかした。
俺がオリヴィアについて知っていることと言えば、建国の件と高位の冒険者であることぐらいだ。
人間性について何も知らない相手からいきなり「味方だよ」と言われて素直に信じることなどできない。
話は変わるが、父親に見捨てられた時、どうしようも無い無能を演じて除籍されようと思っていた。
冒険者になって気ままに自由暮らしを考えていたが、今回の件で完全に武勇に才能が無いことが分かり、必然的に貴族として生きていくしかなくなった。
貴族として生きていく中で最も幸福に過ごす方法は当主になることだろう。
オリヴィアは先程力を貸すと言ったが、その代償として何を取られるのか分からない。
当主になる算段も付いていない状況でオリヴィアの力を借りても意味は無いし、幸福になる別の方法が見つかる可能性もある。
つまり、今最も賢い選択はオリヴィアの提案を先送りにすることだ―――と思う。
もっともこれは、オリヴィアが本当に「味方」であるならばだが。
「分かった。今はそういうことにしておくよ」
「お願いします」
オリヴィアは納得したような納得していないような曖昧な表情で頷いた。
「それじゃ部屋に戻ろうか。ビシバシ行くよ?」
「望むところです!」
俺は強く応えて部屋へと戻った。
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