第5話

第五章:現場とルールの狭間


憲作は、介護の現場にある膨大なルールと、そのルールを記した赤本、青本、緑本の存在を知った。厚みのあるそれらの書籍は、さながら六法全書のように感じられた。何か問題が起これば「それを見てください」と言われる。しかし、現場では利用者対応に追われ、そんな時間を捻出するのは不可能に近い。


「これって本当に、現場のためにあるのか?」


憲作の頭には疑問が浮かんだ。現場のスタッフは利用者の支援に全力を尽くしている。それなのに、事務作業や報告書の作成が優先されることが多く、「国からのお金をもらうためのルール」に振り回されていると感じることもあった。


「ルールを守るのが大事なのはわかる。でも、現場よりもそっちが優先されるって、本末転倒じゃないか?」


彼は疲れた目で緑本を閉じた。


増え続ける「心の病」


一方で、憲作は近年の日本社会にも大きな違和感を抱き始めていた。利用者やその家族との会話や、メンタルクリニックに通う知人たちから話を聞く中で、「誰でも障がい者扱いされているのではないか?」と感じることが増えたのだ。


「時間を守れない」「落ち着きがない」「眠れない」「人と話せない」――こうした問題が、次々と心の病として診断されている現状。


「確かに、苦しんでいる人がいるのは事実だ。でも、中には『はぁ?』と思うようなケースもある。」


憲作はふと、メンタルクリニックの医師が患者に「あなたは普通です」と告げることはほとんどないという話を思い出した。


「普通と言われる人なんて、今の世の中にどれくらいいるんだろう?」


彼の胸には複雑な思いが渦巻いた。社会全体が過敏になりすぎているようにも感じられ、それが障がいの枠組みを広げすぎているように思えた。


疑問と模索


「介護も障がい福祉も、なんだかどっちもおかしくなっている気がするな…」


憲作は、介護現場と社会の現状の狭間で揺れる自分自身に気づいた。事業所を運営する中で、国のルールや社会の変化に従わざるを得ない。しかし、その変化が本当に利用者のためになっているのか、確信を持てないまま日々を過ごしていた。


「この仕事を続ける意味はなんだろう?」


そう自問しながらも、憲作は答えを見つけるために、今日も現場へと足を運ぶのだった。

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