第15話 神速 VS 騎士王


ムジカとアーサーはしばらく食後のティータイムをたしなんだ後、天然の芝のカーペットが広がる大きな中庭に訪れていた。

心地の好い涼風が2人の頬をそっと撫でる。


「……さて、それではアーサー、お前に今回頼みたい事についてそろそろ説明するとしよう」

「はい。お願い致します」


アーサーに対してムジカが頼みたい事、それは――――。


「単刀直入に言うと、オレにをつけて欲しい」


ムジカがそう語ると、アーサーは怪訝な顔をしながら問い返す。


「なるほど……ですが、陛下は私よりも遥かに強い御方。私などが稽古を付ける必要があるのでしょうか?」


アーサーの疑問も最もだとムジカは思う。

ムジカとアーサーが刃を交えれば勝つのはまず間違いなくムジカの方だろう。

実際、『GARDEN』時代に戦った経験がある2人だが、その際もムジカが勝利を収めている。

とはいえ、現在のアーサーはプログラムされたNPCではなく、意思を持っている人間だ。今戦ったら結果はまた変わるかもしれない。


またこれは、ムジカがオリジナルスキルを使用したらの話でもある。


「確かに、我は誰よりも強い。しかし、それはあくまで我のオリジナルスキルや装備によって成り立つ強さだ。実際、スキルを抜きにすれば我の強さは大したことがない。剣技などはアーサー、お前に比べたら遥かに劣るだろう」

「そんなことはありません。陛下の剣は─「世辞はよい。⋯今まではどうにかなっていたが、この未知の世界においては、かつての世界で最強だった我をも凌ぐ強者がいるかもしれん。そうした未知の強者たちに備えて、ここで基礎的な戦闘技術を高めたいのだ。そこでアーサー、お前に剣を…いや、それだけでなく、身体を鍛え抜くための術を我に教授して欲しい」


死んでも何度でもやり直せるゲームにおける戦闘と、一度死んだらそこで終わりの現実における戦闘は当然何もかもが異なる。

相手がモンスターならまだしも、対人となれば尚更だろう。


本当の意味で死ぬことに対する恐怖やプレッシャーを感じることがなくシステムによる補助を受けられるゲームの環境で磨き上げてきたPS(プレイヤースキル)など、現実の世界における戦闘ではほとんど役に立たないだろう。


故にムジカは、戦闘の達人として創られたNPCであり、自身と同じ剣士であるアーサーに師事し、一から基礎的な戦闘技術や剣士としての戦い方を習得しようとしていた。


これが、今後この世界を生き抜いていくために踏む必要があるステップとしてムジカが考えた「第一歩」である。


「⋯かしこまりました。僭越せんえつながら、陛下に剣を振るうことについて私が知り得るあらゆる知識と技術を伝授させていただきます」

「ああ、よろしく頼む」

「では、まずは私とスキルはなしで本気で打ち合っていただけますか?」


稽古を付ける前にオレの剣を見ておきたいということだろうか。


剣筋や立ち回りの癖などを把握したいのかもしれない、とムジカは勝手にアーサーの意図をそのように解釈する。


「わかった」


ムジカが了承すると、アーサーは一礼してからムジカに背を向けて反対方向に歩み出し、おおよそ7メートルほど離れたところで立ち止まりこちらに振り返った。


「それでは、始めましょう」


ムジカとアーサー、『神速』と『騎士王』、世界最高峰に位置する2人の強者は、互いに相手を正面に見据えて構える。

ムジカは脇に差している刀のつかを握って居合いの構えを取り、アーサーは鞘から白い光沢が眩い剣を正面に両手で構えた。


────────それは、世界から2人だけ取り残されたように、


ムジカとアーサーの間に、静寂が訪れる。


それからほんの僅かな時が過ぎ、強者たちの睨み合いに終着を、剣戟の開始を宣言しに来たのか一筋の風が吹き抜く。


その瞬間ときだった───その漆黒の剣士は大地を蹴り、疾風を置き去りにする程の速度でく真っ直ぐ駆けた。


ムジカは、魔法もスキルも使用せずに、純粋な身体能力だけでその人域を逸脱した移動速度を生み出していた。


それは、ムジカがひたすら他のステータスを無視してに集中的に経験値を振り分けて強化してきたことに由来している。


一つのステータスだけに投資すれば言うまでもなく他が疎かになる。だからこそ、基本的には大半のプレイヤーがバランスを意識して各ステータスに経験値を割り振る。

実際、「速度」を強化すれば「攻撃力」のステータスに関しては相乗的にある程度は上昇するものの、その他のステータスは全く強化されないため、ムジカの物理攻撃に対する防御力や魔法・スキルに対する耐性は皆無に等しい。

ムジカは魔法やスキルに対する防御に関してはその身に纏う黒衣・「ナハト」などの神話級装備でカバーしているものの、「物理攻撃に対する防御」についてはもはや対策しようがないとなってしまっている。

つまりは、相手とのレベル差が大きく開いていないほど一撃でも喰らえば即ゲームオーバーになってしまうリスクを常に抱えているのだ。


しかし、ムジカはそれを承知であえてスピードに特化したステータス構成にしている。


何故なら、ムジカにはあらゆる攻撃をかわすことができるだけの能力と絶対的な自信があるからだ。


事実、ムジカもとい神原かんばらあきらが生来より有するその常人離れした動体視力、反射神経、身体操作センスなどの現実の肉体のスペックと圧倒的なPS(プレイヤースキル)、そして、ひたすら伸ばし続けた異次元の速度をもってして、ムジカは



『GARDEN』の頂点まで駆け上がってきた。


そうして、いつしかムジカは『神速』という異名で称されるようになったのだ。


しかし、ムジカは単に回避に自信があるという理由だけでこうした戦闘スタイルを採用している訳でもない。



────────────『スリル』。



そう、ムジカ…いや、神原瑛は求めていた。

あらゆるゲームで頂の景色を見てきたことで退屈を感じるようになっていた瑛は、ある時より、ゲームにも現実で感じられるような生々しい危機感や肌がヒリつくような緊張感、身体の芯が凍える程の恐怖を求めるようになっていた。「スリル」や「リスク」があってこそゲームは面白い、とムジカは考える。


だからこそ、ムジカはそういった生のスリルに限りなく近い感覚を味わいたいがために、「一撃でも喰らったら終わり」という大きな欠陥を自らに与えたのだ。


「………」


アーサーとの距離をおよそ1メートル程まで縮めたムジカの手によって鞘から一閃の闇が解き放たれる。

アーサーも解き放たれたその黒刀「死曲」に瞬時に意識を傾ける。


しかし、その時にはもうムジカは目の前にはいなかった。


「ッ!」


鳴り響く金属音。

突如アーサーの背後より現れた黒刀とムジカ。

直感的に背後からの攻撃を予測したアーサーはムジカの一刀を背中の後ろに回した剣で受け止める。

そして、ムジカの刀を弾くと、驚異的な速度で反転しムジカの側面に剣を振り抜いた。

しかし、結果としてムジカの胴体を目指して空を横断してきたアーサーの剣は空振りに終わる。

それは、ムジカがアーサーの剣の上を走高跳びのように地に背を向けながら跳躍して回避したためだ。

着地すると同時に地面を蹴ってムジカはアーサーの懐に潜り込み、次々と斬撃を浴びせた。

手首や首元、下半身など守りにくい箇所を集中的に狙うが、ムジカの太刀を完全に読み切っているアーサーに尽く防がれる。

両者ともに「これぐらいならば問題なく対処するだろう」という信頼の元、7~8割程度の力感で刃を交えている。


剣士にして暗殺者であるムジカのアクロバティックで独創的な剣とアーサーの隙のない正道の剣の衝突セッション、2人の剣士が奏でる"剣戟"が天空に響き渡っていた。


それからしばらく打ち合った後、仕切り直そうとムジカとアーサーはともにバックステップし距離を取る。


「⋯⋯お見事です。陛下」

「お前もな」

「では、そろそろ私も攻めさせていただきます」

「そうか。ならばこちらも、その防御⋯力づくでこじ開けようか」


この剣戟はきっとそう遠くない内に閉幕する。2人にはその予感があった。

ムジカは刀の切先をアーサーに向け柄を顔の横に持ってくる形での上段の構え。アーサーは変わらず基本的な中段の構え。

2人の剣士の間にまた風が吹き抜ける。

一呼吸置いてから「フー」と息を吐き、今度はアーサーの方から縮地しムジカに向かって突っ込んできた。


一方のムジカは、剣士職の最高位「剣神ゴッドセイバー」かつ刀をメイン武器としている者のみが使用できる7つの剣技の一つを放つために集中を研ぎ澄ましていた。




───────────ここだ。




アーサーがムジカの頭上に剣を振り上げたそのタイミング、ムジカはかつての世界で何度と放ってきたその剣技の動作を脳内で想起しながら全身にシグナルを送り、渾身のを繰り出す。






秘剣 ────────『つばめ返し』






以前スキルを発動するための動作と発動した際に発生する事象をイメージしながら実行したら問題なく発動したため、技も同様にすれば発動するのではないかとムジカは仮説を立てて実行したが、やはり発動してくれた。


そして、この技が発動したその時、黒刀「死曲」はこの世に確かに存在していた。

次元を屈折させる程の剣速によって生み出された併存するはずのない2つの死の斬撃は全くの同時に、左右からアーサーに襲い掛かる────


が、しかし──────。


「なに」


甲高い金属音がムジカの耳に響く。

ムジカが見上げると、そこには宙を舞う一振りの黒刀の姿があった。


それが示す事実は一つしかない。



『燕返し』は、アーサーによってあっさりと破られた。



アーサーが軽々と下から弾き飛ばした「死曲」は回転しながら地面に突き刺さる。

ムジカが数秒掛けて状況を理解しアーサーの方に振り返った頃には、彼女は既に鞘に剣を収めていた。

そして、彼女の艶やかな薄い桜色の唇がゆっくりと開かれる。


「────────お見事です。陛下」


必殺の技をいとも簡単に破られ完敗した直後に掛けてきたこの一言は、人によっては嫌味として受け取ることだろう。

しかし、ムジカはアーサーのその一言が純粋な賛辞であることを理解しているため、素直に受け止める。


「フッ⋯⋯完敗だ。やはり、純粋な剣の実力ではお前には敵わないな、アーサー」

「何をおっしゃいますか。陛下の太刀筋も実に見事なものでした。よほど剣を極めた者でない限り陛下には敵わないでしょう」

「世辞は⋯いや、いい。⋯⋯それで、我と剣を交えて指導法は固まったか」


緊張から解放されたのか先程までの真剣な表情が崩れているアーサーは、少女のような可憐さを感じさせる笑みを浮かべながら頷く。


「ハイッ!」

「そうか⋯では、これからよろしく頼む。


ムジカは、アーサーが困るのをわかっていながらあえてそのように呼んでみる。

それは、負けず嫌いのムジカのアーサーに対するちょっとした仕返しであり、単純にアーサーのリアクションを楽しみたい悪戯心の現れだった。


「なっ!?⋯へ、陛下、そ、そそそそのような「師匠」などという呼び方は⋯お、恐れ多いです!⋯それに照れてしまいます⋯」


頬を赤らめながら慌てるアーサー。

うん、かわいい。


「ハハハ、よいではないか。師匠」

「陛下!」

「ハハハハ」

「もう~!」






"剣戟"の閉幕後、天空に鳴り響くは2人の若き男女の賑やかな声。





今日この時、ここに一組の歪な師弟が誕生した訳だが、その様子を中庭から離れた登の屋根の上にて眺めている者の姿があった─────。







「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふぅん」






to be continued...

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