第13話 王国のために
「一体どういうことだ!?お前たちは一体何をやっておる!?」
「…申し訳ございません、陛下」
フランベル王国の貴族男性にとっては主流であるパウダーウィッグに、金の
そうしたグラスとともに王の怒りを受け止めた銀髪の騎士の名は、『オリヴィエ』。
フランベル王国が誇る最強の12人の聖騎士
『シャルルマーニュ十二勇士』
の一角である。
今、フランベル王国は、いや、正確には王家は危機に瀕しているといえる。
それは、外敵によるものではなく、内側から国民によって食い破られようとしていることによる。
不平等な身分制度に基づく重税、深刻な財政難に飢饉と三重苦に耐えかねた最下級の第三身分に当たる民衆たちが、民を
そうした国難の原因そのものである現国王に対する怒りを堪えながら、オリヴィエは静かに言葉を返す。
「各都市に
「フィナンシェ、ブルトンヌ、カヌレ、ラングドシャ───主要都市を中心に民衆の反乱は全土に波及しています。悠長に手をこまねいている暇などありませんよ、オリヴィエ殿」
「承知しております。リシュリュー殿」
「フム、そうですか」
宰相リシュリュー…この男は、一体何を考えている?
オリヴィエは鷹のように鋭利なリシュリューの眼を見ながら疑問と不信感を膨らませる。
リシュリューは、地方貴族の勢力拡大の抑制を行い中央集権体制を強化、寛容的な対宗教政策の展開による宗教対立の緩和などを行い、「緋色の枢機卿」と呼ばれるまでになった有能な男として知られている。
その男が何故このような情勢において何の動きも起こしていないのか、オリヴィエにはその理由がさっぱり理解できなかった。
そして、そのリシュリューの不審な態度が、もはやこの王国の現状も全てはこの男の計略によるものなのではないか?と勝手な想像をしてしまうぐらいにオリヴィエの中にある不信感を育てていた。
しかし、王国に尽力してきた偉大な人物を根拠も無く疑ってしまっている自らを恥じながら、オリヴィエは邪な感情を振り払う。
「それに…何でも、あの『オルレアンの聖女』が復活したなんて話も民衆の間で広まってるそうですよ」
リシュリューの口から溢れたその思わぬ情報に玉座の間に緊張が走る。
………異端の魔女として火刑に処されたあの方が復活した、だと?
くだらない流言だと吐き捨てたいところだが、そのような聖女様を貶めるような噂を流布することが許されざる行いであることは、他でもない国民が理解しているし許さないはずだ。
そう考えると、聖女復活の噂は単なる流言ではないのではないか。
しかし、だからと言って所詮流言は流言。素直に信じる訳がないが、それでも、オリヴィエはぞんざいに扱っていい事案ではないような気がしていた。
「な、なんだとぉ!?馬鹿なことを申すでないわっ!!!」
「落ち着いてください陛下。単なるくだらぬ流言にございます。叛逆者共が士気を高めるためにそのような狂言を広め回っているのでしょう」
「そ、そうか…」
激昂する王をリシュリューは冷静に
「単なるくだらぬ流言」と軽々と断定しているその姿勢はどうかと思うが、オリヴィエはそのことについてあえて口を挟むようなことはしない。
ここで信憑性の定かではない流言について議論をする意味がないからだ。
「そうですわよ、あなた。あの女は聖女などではなく「魔女」なのです。地獄で永劫の獄炎に灼かれているはずのあの女が蘇るなんてありえませんわ」
リシュリューに同調して王を窘めたのは、王の隣でクッキーをつまみながらくつろぐ王妃・マリー=アントワネット・ドートリッシュである。
先程まではつまらなそうに扇子を扇いでいたが、聖女の話になった途端に突然会話に顔を出してきた。
そういえば王妃は何故か聖女のことを毛嫌いされていたな、とオリヴィエは思い出す。
「そもそも、なぜこの国の民は飢饉などで暴れ回っているのかしら。パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない」
とても一国の民の上に立つ者の発言とは思えないその脳天気で傲慢な一言に、オリヴィエとリシュリューは顔を
さすがの王陛下も妻に思うところがあったのかわざとらしく咳払いをすると、強引に話題を転換する。
「と、とにかく、愚民共の反乱などさっさと鎮圧しろ!よいな!?」
「…ハッ!ただちに。それでは、陛下、失礼いたします」
オリヴィエは王に頭を深々と下げて礼節を尽くしてから、そそくさと玉座の間から出ていく。
壁にはめ込まれた巨大なステンドグラス越しに陽の光が差し込む真っ直ぐと伸びている廊下を進む。
「そんな湿気った面してたら美丈夫が台無しだぜ」
すると、両側の壁に寄りかかるように立っている2人の男女と遭遇する。
「リナルド、それにブラダマンテですか」
2人とも『シャルルマーニュ十二勇士』の1人であり兄妹、現在は王都パリスを守護する任に着いている。
リナルドはよく
その向かい側に立っているブラダマンテは、高級な絹のような金髪を後ろで結っており、両腕と両足にのみプレートが装着されているドレスの胸元から豊かな
「またあの愚…王様に散々言われてきたんでしょ」
「まぁそうですね」
オリヴィエの返答を受けてブラダマンテは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ほんっと最悪ね。王があれじゃあ国民が反乱を起こすのも当然よ」
「ここにはどこに誰の耳があるのかわからない。あまり滅多なことを口にするものじゃないですよ」
オリヴィエが
ブラダマンテも王宮で王を貶すような発言をするべきではないことは理解しているが、それでも我慢が効かないほど鬱憤が溜まっている。
「なぁオリヴィエ、気ぃつけろよ。地方各都市が連携を取ってるかのように一斉に蜂起してるが、どうにもきな臭ぇ。これは何か裏で動いてるぜ」
リナルドはいつになく真剣な表情でオリヴィエの肩に手を置きながらそんなことを口にする。
オリヴィエはリナルドの意見に頷いて同意を示す。
「ええ…それに、あまりにも蜂起するまでの動きが早すぎます。貴方の言う通り、何かあるでしょうね。早急に対処しなければ不味いと私の勘も囁いています」
「援軍が必要そうならすぐに俺に伝令を寄越せよ」
「はい、頼りにしていますよ。……それでは…そろそろ私はカヌレの蜂起鎮圧に向かいます」
「ああ。武運を祈る」
「オリヴィエ、ロジェロに会ったら「そろそろ勝負挑んでこい」って私が言ってたって伝えといてね」
「ええ、わかりましたよ。では」
それからオリヴィエは2人と別れの挨拶を交わし、少し気の知れた同僚と会話を交わすことで緩んだ気持ちを立て直しつつ、国難に対処すべく前へと歩みを進めるのであった。
to be continued...
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