君が「もういいよ」とサンパチマイクに言うまで

秋乃光

第1話

 オレは行本興業ユキモトコウギョウ所属の芸人、山田やまだ太郎たろう。芸歴は十年目。

 学生時代はこの名前で野球部――ではなく、サッカー部だった。サッカー部での経験は、先輩芸人とのフットサルで役立っている。ポジションは、ゴールキーパー。


 オレが友樹ともきとコンビ『ダブルチーズ』を結成したのは、養成所に入ってからになる。大学を卒業するまでは、お笑いサークルで別のヤツとコンビを組んでいた。

 オレはソイツから夢を引き継いで、芸人を続けている。ソイツの分まで売れてやらないといけない。


 ソイツの名前は薗崎そのざきかおるという。


 ザキは、小学校からの付き合いだ。実家も近くて親同士の仲もいい。


 ある日、オレとザキは小学校の教室にて、M-1グランプリで見た漫才をまるっとコピーして披露する。オレたちはそういうキャラだったし、大ウケした。

 この経験があって、オレたちは芸人の道を志す。道を見失いそうになった時には、みんなの笑い声を思い出していた。たまに原点へ帰ったほうがいい、と尊敬する先輩芸人もおっしゃっている。


 オレとザキのコンビだった頃は『チーズバーガー』というコンビ名で、オレがボケを担当して、ザキはツッコミを担当していた。

 今とは立ち位置が逆なんだよな。オレはツッコミで、友樹がボケだから。


 あの事件さえなければ(友樹には申し訳ないけれども)オレは今でもザキとコンビを組んでいた。と思う。


 *


 お笑いサークルの卒業生OB最上もがみ先輩が、合コンをセッティングしてくれた。

 忘れもしない、十二月の頭。

 バイト先にシフトの休み希望を提出する前でよかった。

「クリスマス前に彼女が欲しいやん?」

 当時の最上先輩はテレビ局でアシスタントディレクターADとして働いていて、オレとザキは「ひょっとして業界関係者が来るんじゃない?」とか「女子アナとかアイドルとか来たら嬉しくない?」とか、先輩には知られないように、しょうもないことを言い合いながら参加したのを覚えている。

 男の参加者は、主催者の最上先輩と先輩と同世代で就職した萩野はぎの先輩に、オレとザキの四人。合コンに集められた女の子は四人。

 女の子のうちの一人が、かおるちゃんだった。

 オレ目線では『合コンには来なさそうなタイプ』という第一印象。

 黒髪ロングに、控えめでおとなしそうで、カフェで静かにハードカバーの本を読んでいそう。

「馨、っていいます」

「かおる? え、いっしょいっしょ!」

 ザキは『名前の読みがおなじ』という共通点から、馨ちゃんにターゲットを定める。漏れ聞こえてくる内容から、駅伝で有名な大学の文学部の三年生と判明した。ふたりの会話は弾んでいる。

 参加者の中だと、オレはゆうきちゃんが気になっていた。

 髪は二つ結びで丸メガネをかけて、タートルネックのインナーに、寒がりなのか室内でももこもこのケープを羽織ったまま。マキシ丈のスカートにショートブーツの女の子。

 誰とも話していない。話を振っても聞こえていないのか、無視。面白くなさそうな表情で、ストローでジンジャーエールを啜っている。

 思えば、初手の自己紹介から解散まで黙秘を続けていた。馨ちゃんが代わりに「ゆうきちゃんです。わたしの友だちで」と紹介してくれたぐらいには喋らない。

 こうなると、男四人に対して女の子三人プラスお人形さん、みたいなものだったな。連絡先なんて交換できるわけがない。

 ゆうきちゃんとはそれっきりだ。


「今度、馨ちゃんとデートに行く」

「うわ、展開はやっ」

 合コンが終わって一週間後の土曜日。クリスマス前。ザキはさっそく馨ちゃんとのデートの予定を入れている。ザキがスマホを見てニマニマと笑っているから、気味が悪くなって聞いたらこれだ。

「なんだよ。悪いかよ」

 この時点でオレが止めていればよかったのかもしれない。オレに未来予知の力があったのなら、絶対に止めていた。けれども、オレは超能力者ではない。

「車?」

「もちろん! 女の子とデートするために免許を取ったようなものだし」

「それだけの理由で取るヤツ、いないだろ」

「ドライブデートは万人の憧れだろうが」

 こんなやりとりをしていたザキが、事故を起こした。そのドライブデートの帰り道にだ。事故が発生した時間にオレはコンビニでバイトをしていて、退勤してから鬼のような数のラインに気付く。

 運転席のザキは無事で、助手席の馨ちゃんが亡くなった。

 警察の調べで、事故を起こす前にザキがアルコールを摂取していたことが判明する。要は飲酒運転だ。さらに、人が死んでいる。

 完全にアウトだ。擁護しようがない。


「ごめんな」

 オレがザキの面会に行くと、ザキは謝ってきた。ザキは、放っておいたら馨ちゃんの後を追いかけてしまいそうなほど憔悴しょうすいしきっている。

 オレはどうしたらザキを元気づけられるかを考えた。ザキが悪いことをしたのは、オレもわかっている。

 ザキには罪を償いながら、生きていてほしい。

 必死で考えて、導き出された結論が、これまでと変わらずに『お笑いの道を進み続ける』こと。

 ここでオレが変わってしまったら、ザキに追い打ちをかけてしまう。ザキの事故があったから、オレがお笑いの道を諦めた、とは思ってほしくなかった。

 長年ともに歩んできた相方を失ってしまうのは、つらい。親よりも長い時間をふたりで過ごしてきた。積み重ねた思い出が脳内を駆け巡る。

 けれども、ザキはオレよりつらいだろう。馨ちゃんを失った悲しみに、遺族への思い。家族にも迷惑をかけている。

 オレには、ザキをなじれなかった。

「オレは、お笑いを続けるから。それじゃ」

 他にかける言葉やほしい言葉はない。


 お笑いを続けたい。

 オレの夢は今も昔も変わらず、M-1グランプリの優勝だ。


 オレは大学を卒業し、行本興業の養成所に入った。


 ザキとのコンビで大学生のお笑いコンテストには出ていたから、オレのことを知っているヤツがいる。オレのことを知っているヤツは、当然、相方だったザキのことも知っている。

 オレが一人で養成所に入ってきたから、ソイツらは「ケンカ別れした」だの「ザキは就職した」だの、見当違いなウワサを流していた。

 昔から『目つきが悪い』と言われてきたから、ウワサもまことしやかにささやかれる。身体がデカいのもあって、中学では告白した女子にびびられた。高校では入学式の日から先輩に目をつけられた思い出。


「コンビを組まない?」

 最初の授業が終わって、不躾ぶしつけな視線から逃げるように、オレは喫煙所に来た。タバコは吸わない。ここまで追いかけてくるようなヤツもそうそういない。

「……誰?」

 声をかけられて、ソイツの顔を見る。大学時代の記憶と照合しようとするも、一致するデータはない。首を傾げる。

「おれ、佐藤さとう友樹です。同じクラスでしょう?」

 男の声でこれほどの美少女づら。インパクトがある。忘れるはずはないのに、名乗られてもわからない。オレが山田で、後ろのほうの席だからクラスのヤツらの顔が見えていない、っていうのはあるのか?

 山田のオレが言えたことではないが、佐藤っていう、どこにでもいそうなありふれた名字なのもよくない。

「お笑いコンテストでおふたりの漫才を見て『おれも!』って、養成所に入ったんです」

「オレと、ザキの?」

「そう!」

「ファンにしてはやりすぎじゃない?」

 とんでもないヤツだ。コイツの言っていることがマジなら、オレたちは人生を変えてしまったことになるぞ、ザキ。

 芸人になる気がないなら、就職したほうがいいに決まっている。せっかく大学を出たのだし。芸人になろうと決意したから、養成所に入ってきてしまった。

「そうかな? ……というか、もし、相方が不在なら、おれとコンビを組んでもらえないかなーって。クラスでは、みんな、ああやって好き放題言っているけど、おれは山田が悪いやつじゃないってわかるよ」

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