君が「もういいよ」とサンパチマイクに言うまで
秋乃光
第1話
オレは
学生時代はこの名前で野球部――ではなく、サッカー部だった。サッカー部での経験は、先輩芸人とのフットサルで役立っている。ポジションは、ゴールキーパー。
オレが
オレはソイツから夢を引き継いで、芸人を続けている。ソイツの分まで売れてやらないといけない。
ソイツの名前は
ザキは、小学校からの付き合いだ。実家も近くて親同士の仲もいい。
ある日、オレとザキは小学校の教室にて、M-1グランプリで見た漫才をまるっとコピーして披露する。オレたちはそういうキャラだったし、大ウケした。
この経験があって、オレたちは芸人の道を志す。道を見失いそうになった時には、みんなの笑い声を思い出していた。たまに原点へ帰ったほうがいい、と尊敬する先輩芸人もおっしゃっている。
オレとザキのコンビだった頃は『チーズバーガー』というコンビ名で、オレがボケを担当して、ザキはツッコミを担当していた。
今とは立ち位置が逆なんだよな。オレはツッコミで、友樹がボケだから。
あの事件さえなければ(友樹には申し訳ないけれども)オレは今でもザキとコンビを組んでいた。と思う。
*
お笑いサークルの
忘れもしない、十二月の頭。
バイト先にシフトの休み希望を提出する前でよかった。
「クリスマス前に彼女が欲しいやん?」
当時の最上先輩はテレビ局で
男の参加者は、主催者の最上先輩と先輩と同世代で就職した
女の子のうちの一人が、
オレ目線では『合コンには来なさそうなタイプ』という第一印象。
黒髪ロングに、控えめでおとなしそうで、カフェで静かにハードカバーの本を読んでいそう。
「馨、っていいます」
「かおる? え、いっしょいっしょ!」
ザキは『名前の読みがおなじ』という共通点から、馨ちゃんにターゲットを定める。漏れ聞こえてくる内容から、駅伝で有名な大学の文学部の三年生と判明した。ふたりの会話は弾んでいる。
参加者の中だと、オレはゆうきちゃんが気になっていた。
髪は二つ結びで丸メガネをかけて、タートルネックのインナーに、寒がりなのか室内でももこもこのケープを羽織ったまま。マキシ丈のスカートにショートブーツの女の子。
誰とも話していない。話を振っても聞こえていないのか、無視。面白くなさそうな表情で、ストローでジンジャーエールを啜っている。
思えば、初手の自己紹介から解散まで黙秘を続けていた。馨ちゃんが代わりに「ゆうきちゃんです。わたしの友だちで」と紹介してくれたぐらいには喋らない。
こうなると、男四人に対して女の子三人プラスお人形さん、みたいなものだったな。連絡先なんて交換できるわけがない。
ゆうきちゃんとはそれっきりだ。
「今度、馨ちゃんとデートに行く」
「うわ、展開
合コンが終わって一週間後の土曜日。クリスマス前。ザキはさっそく馨ちゃんとのデートの予定を入れている。ザキがスマホを見てニマニマと笑っているから、気味が悪くなって聞いたらこれだ。
「なんだよ。悪いかよ」
この時点でオレが止めていればよかったのかもしれない。オレに未来予知の力があったのなら、絶対に止めていた。けれども、オレは超能力者ではない。
「車?」
「もちろん! 女の子とデートするために免許を取ったようなものだし」
「それだけの理由で取るヤツ、いないだろ」
「ドライブデートは万人の憧れだろうが」
こんなやりとりをしていたザキが、事故を起こした。そのドライブデートの帰り道にだ。事故が発生した時間にオレはコンビニでバイトをしていて、退勤してから鬼のような数のラインに気付く。
運転席のザキは無事で、助手席の馨ちゃんが亡くなった。
警察の調べで、事故を起こす前にザキがアルコールを摂取していたことが判明する。要は飲酒運転だ。さらに、人が死んでいる。
完全にアウトだ。擁護しようがない。
「ごめんな」
オレがザキの面会に行くと、ザキは謝ってきた。ザキは、放っておいたら馨ちゃんの後を追いかけてしまいそうなほど
オレはどうしたらザキを元気づけられるかを考えた。ザキが悪いことをしたのは、オレもわかっている。
ザキには罪を償いながら、生きていてほしい。
必死で考えて、導き出された結論が、これまでと変わらずに『お笑いの道を進み続ける』こと。
ここでオレが変わってしまったら、ザキに追い打ちをかけてしまう。ザキの事故があったから、オレがお笑いの道を諦めた、とは思ってほしくなかった。
長年ともに歩んできた相方を失ってしまうのは、つらい。親よりも長い時間をふたりで過ごしてきた。積み重ねた思い出が脳内を駆け巡る。
けれども、ザキはオレよりつらいだろう。馨ちゃんを失った悲しみに、遺族への思い。家族にも迷惑をかけている。
オレには、ザキを
「オレは、お笑いを続けるから。それじゃ」
他にかける言葉やほしい言葉はない。
お笑いを続けたい。
オレの夢は今も昔も変わらず、M-1グランプリの優勝だ。
オレは大学を卒業し、行本興業の養成所に入った。
ザキとのコンビで大学生のお笑いコンテストには出ていたから、オレのことを知っているヤツがいる。オレのことを知っているヤツは、当然、相方だったザキのことも知っている。
オレが一人で養成所に入ってきたから、ソイツらは「ケンカ別れした」だの「ザキは就職した」だの、見当違いなウワサを流していた。
昔から『目つきが悪い』と言われてきたから、ウワサもまことしやかにささやかれる。身体がデカいのもあって、中学では告白した女子にびびられた。高校では入学式の日から先輩に目をつけられた思い出。
「コンビを組まない?」
最初の授業が終わって、
「……誰?」
声をかけられて、ソイツの顔を見る。大学時代の記憶と照合しようとするも、一致するデータはない。首を傾げる。
「おれ、
男の声でこれほどの美少女
山田のオレが言えたことではないが、佐藤っていう、どこにでもいそうなありふれた名字なのもよくない。
「お笑いコンテストでおふたりの漫才を見て『おれも!』って、養成所に入ったんです」
「オレと、ザキの?」
「そう!」
「ファンにしてはやりすぎじゃない?」
とんでもないヤツだ。コイツの言っていることがマジなら、オレたちは人生を変えてしまったことになるぞ、ザキ。
芸人になる気がないなら、就職したほうがいいに決まっている。せっかく大学を出たのだし。芸人になろうと決意したから、養成所に入ってきてしまった。
「そうかな? ……というか、もし、相方が不在なら、おれとコンビを組んでもらえないかなーって。クラスでは、みんな、ああやって好き放題言っているけど、おれは山田が悪いやつじゃないってわかるよ」
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