第5話 八面妖婦

 月明りの下に照らされた女子高生は微笑む。


「あはっ、ちゃんと二つ名まで覚えててくれて嬉しいなぁ」


「忘れたくても出来るかよ」


 ユーゴの皮肉にも彼女は歓喜する。


 ――魔王幹部第八位、『八面妖婦』フレデリカ。

 唯一の女幹部にして、ユーゴと同じ知略派。巧みな交渉、掌握術で幹部の地位を確立した女。


(さっきので物資は切らした。連戦は避けたい……)


 ユーゴは緊張の糸を張り直す。


「戦い終わったところを襲いに来るなんて、ハイエナらしい良い戦略だな。今度参考にさせてもらうよ」


「そんな褒めないでよー。ただぁ~」


 ひょいっと塀から飛び降り、フレデリカは軽やかに着地する。

 手を後ろで組み、ニコっと笑って首を傾けた。


「会いに来たけど、戦うつもりはないよぉ?」


「元幹部の言葉を信用できるか」


「ユーゴくんがそれ言う? 自分のことは棚に上げるんだねぇ~」


「上げてないさ。仮に自分と遭遇したとしても、俺は俺を信用なんてしない」


「よ、用心深いなぁ」


 フレデリカは戸惑ったように笑う。ありふれた女子高生らしい反応だ。


「でも嬉しい! 勇者に殺されて離れ離れになっちゃったって思ったのに、また会えるなんて奇跡だよ」


「俺は二度会いたくなかったよ」


「ひどいユーゴく~ん。うえーん」


 冗談全開でフレデリカは噓泣きのポーズを取った。


「何の用だ」


「わ、た、し、は~。また仲良くしたいの。ほら、異世界だってそうだったじゃん?」


(確かにコイツは魔王軍時代も友好的ではあった。と言うより、集ってきた形だったが)


 殺伐としていた魔王軍幹部。中でも用心深かったユーゴは他の魔族と接触を避けていた。しかしフレデリカだけは例外だった。


「お前は俺の領地の利益を欲しただけだろ」


「まあ恩恵にはあやかったよね。文明都市とまで言われた『謀略王』の領地っ」


 それはユーゴが望んだ異世界での仮初の楽園。近代文明都市へ発展させた自身の領地だ。

 発展の一部には彼女も噛んでいる。


「色々手伝ったじゃーん。インフラ整備に、アパレルや庶民文化とか」


「現代っぽい文化だとは感じてたが……なんであの時にお前も転生者って発想にならなかったんだろうな」


「みんな思わないよ~。だって年齢も種族もバラバラで、交流自体薄かったじゃ~ん」


 言葉通り、同じ魔族でも幹部の見た目は各々異なる。


 完全な人型魔族はユーゴのみ。

 今しがた消えたガルディウスは炎が身体の死霊的な見た目。

 フレデリカ自身も人型ベースながら、四つ眼で肌も青紫なサキュバスらしい外見だった。

 ユーゴが悟れなかったのも無理はない。


「そんなわけで今回も同じ。ユーゴくんの派閥で行動したいの」


「寝首でも掻こうって魂胆か?」


「ほら私って戦闘系弱いじゃん? 世界も平和が一番だし」


(信用はできないが、言い分は最もらしい……つまるところ、虎の威を借りるように俺に敵を排除させたい腹か。女狐め)


 好意的態度の裏を読んでユーゴは警戒する。だが交渉自体には前向きだ。


(協力者が欲しいのも事実。不意打ちと裏切りに注意して利用するのも悪くはない)


『謀略王』として今回も慎重に同盟関係を考えるユーゴ。


 一方、話を持ち掛けた彼女は――



(勝った、ゴールイン! まさかユーゴくんと再会できるなんて……年齢近いし、顔も好みのまま! 今日が通算人生で一番幸せかも~!!)


 ただただ歓喜していた。


(やっと平和な日本に戻れたし、今度こそユーゴくんの彼女になってやるんだから!)


 最初からそれ以上の考えなどなかった。


 フレデリカも馬鹿ではない。惚れた相手でも彼は『謀略王』。

 自分が警戒されていること、最悪殺されるリスクも承知の上だ。なぜなら、


(ま、惚れちゃったものはしょうがないよね~)


 彼女は至って普通の乙女なのだから。


(ここで出会えたのは運命! もう婚姻しても問題ないレベルじゃない? 十八の誕生日来たら即入籍、即同居、即初夜よ!)


 一人盛り上がって赤面するフレデリカに、ユーゴは手を差し伸べる。


「良いだろう、利用してやる。お前を殺さない代わりに力を貸せ」


「これで同盟成立だね~。またよろしくねっ、ユーゴくんっ」


(はい、正妻秒読みいただきましたっ!)


 心の中で少女はガッツポーズを取る。ただ現実は常に残酷だ。



(なんでこんな可愛い女子が元幹部なんだ、寄りにもよって!)


 元はユーゴも普通の男子高生。女子からの好意的な態度も当然嬉しい。


(一目で分かるぐらい容姿は整ってるし、俺への接し方も……クソっ、異世界での緊張感がどうにも戻らないな)


 脈は大いにあった。

 が、目の前の美少女が元魔王幹部という事実がユーゴにストッパーをかける。

 意識的に情欲を殺して表情を消す。


「ただし裏切った場合、裏切る素振り、怪しいと感じた時点で、俺はお前を殺す。それを忘れるな」


「も~怖いこと言わなくてもしないよ~」


 そんな脅しもフレデリカには通用しない。恋する乙女は無敵である。

 だが、


(ま、ユーゴくんの信用は徐々に買ってくとして、問題は他の幹部かなぁ)


『八面妖婦』は計算高い。ユーゴとの会話を楽しむ今も、敵の排除について考えを巡らせる。


(彼との恋路のって意味もあるけど、普通に存在自体が邪魔だよねぇ。私達のバラ色人生に……)


 フレデリカは異世界での思い出を懐古した。



 ※


『やっほーユーゴくん。進捗はどう?』


『八面妖婦、無駄に近寄るな。来る前は伝書を飛ばせと言ったはずだ』


『忘れちゃったごめんねぇ。今度直筆の便箋、大量に送るねっ』


 開発中の領地を見下ろせる高台で、魔族の二人は言葉を交わした。

 建設中の近代都市に想いを馳せて。


『ユーゴくんの領地って魔族以外に人間も住ませてるよね。しかも扱い平等で』


『単なる労働力だ。それにああいう魔族に傾倒する人間を作ることで、人類側の結束を乱すことに利用できる』


『洗脳の方が楽なのに?』


『下衆が。割に合わないだろ』


『いや、そんなことしないよ!?』


『チッ……俺は無駄に恨みや復讐を生むリスクは避ける。それに街の歯車になるのなら、魔族でも人間でも構わない』


 単なる気まぐれか、思わず出てしまったのか。

 その時ユーゴは初めて、フレデリカに本音を漏らしていた。


『俺は俺の理想郷を目指す。俺に害を与えず、利益を分けてくれるなら……街の住民はいつも笑って生きるべきだ』


 それはつまり「自分の大事な存在は全員幸せにしたい」と謀略王は言ってのけたのだ。


 その日に触れた彼の良心に、いつしかフレデリカは心惹かれていった。


 ※



 そして異世界から帰還した今、フレデリカは覚悟を固める。


(――今度こそ、ユーゴくんは守り抜く。勇者には敵わなかったけど、今度は絶対に)


 小悪魔な顔の下で決意を抱き、少女は平然と微笑んだ。



「話は終わりだ。交戦意思がないなら、今夜のとこは勘弁してくれ。疲れた」


「おっけー、またねユーゴくん。明日放課後に校門で待ってるよ~」


「あと俺の知り合いに手を出したら殺す、ってのも追加な」


 ユーゴが警告をしたと同時に、フレデリカは忽然と姿を消す。

 八面妖婦は嵐のように過ぎ去った。


「……はぁっ、生きた心地がしなかったな」


 激闘に次ぐ思わぬ再会を終え、ユーゴは深く空気を吸い込む。安堵で心臓は忙しなく動いた。


 しかし見上げた星空の美しさに、彼は自然と笑みを取り戻していった。

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