魔王幹部よ、アスファルトで死ね

白神天稀

第一部 現代魔王継承戦

魔王幹部の現代帰還編

第1話 魔王幹部の復活

「ここが貴様らの最果てだ、魔王軍」



 勇者に剣を向けられても、魔族は俯いたまま。

 魔王が討たれてもただ、魔王城の残骸に座していた。


「いや、ここは敬意を表して名を呼ぼうか。魔王軍最高幹部が一人、『謀略王』ユーゴ」


 誠意を受け取った魔王幹部――『謀略王』はフードを脱ぐ。


「――俺は、満足だ」


 ユーゴは笑った。清々しく笑った。人間と同じ姿で、平凡に笑っていた。

 勇者は困惑するばかり。


「っ……」


「好き勝手やった。身勝手だけど、我ながら良い人生を送ったモンだ」


 魔王幹部は首を晒す。無抵抗。斬られやすいよう上を向いた。


「じゃあな英雄。今度はお前が、満足いく平和な世界を作ってくれ」


「さらば」


 一閃、剣が走った。刃の残響は最後に、ユーゴの鼓膜を震わせる。



 ※ ※ ※



「あ・さ・が・みぃー。もう数学始まるぞ」


「……ん、またこの夢か」


 クラスメイトの声で彼は机から顔を上げ、溜め息を漏らす。


「はぁ、起こしに来るのがせめて女子だったらな」


「まーた寝てたのかよ? 十分の休み時間でよく寝れるなぁ」


「カズヒコだってカップ麺作って食ってんだろ」


「運動部はこの時間が一番腹減るんだよぉ。シュウトだって早弁してたし」


 歯にネギを挟んで笑う友達にもつられて破顔した。


「ところで浅狼あさがみ、唸ってたけど大丈夫?」


「平気だって。夢見が悪いだけ」


 時折、異世界の記憶を夢で見る。

 それが魔王幹部、浅狼あさがみ柚悟ゆうごにとって唯一の悩みだった。




 授業中。ペンや黒板のチョークが擦れる音、教師の解説をBGMにユーゴは街を眺める。


「やっぱり良いな。穏やかで」


 教室内で一人だけオーケストラを鑑賞している気分だ。


(領地で近代都市を作ろうともしたが、やっぱり適わないな。この日本には……)


 異世界帰りのユーゴに異世界への未練などない。振り返るだけ苦い思い出ばかり。

 清々した気持ちで進路希望アンケートに消しゴムをかけていた。


「出世欲もなくなっちまった。大学も少し落ち着いたとこで青春を――」



 最中、ユーゴの視界にノイズが生じた。世界が一瞬、暗転する。


「ッ……!」


 孤独だ。漆黒空間となった教室にはユーゴだけ。

 気配は街の方角にある異様な殺気のみ。


(ああ、か)


 数瞬後、世界は再生する。何事もなく数学の授業は続いた。

 変わらない教室でユーゴだけが鋭い目付きをしていた。



 ※



 夕暮れの街は意外に人通りが少ない。

 メインから外れた路地はすっかり静かだ。


 『柚悟、今日はすぐ帰る?』とカズヒコからのメッセージに、用事があると返信した。



「――俺はこの時間が好きだ。自由で穏やかな放課後が」


 虚空に自身のルーティンを語る。


「誰にも邪魔されない、自由の詰まった時間だッ」


 苛立ち、地面の石を手元まで蹴り上げた。


「……お前さえいなければ、の話だけどな」


 その石を掴み、路地の階段上へ投げた。何もない筈の場所へ。

 予想通り、投げた石は最上段の前で弾かれる。


「さっきからそこにいんの、丸わかりなんだよ」


 顔を上げた先を怒鳴りつける。その立腹に、ようやく返事が送られた。



「へぇ、気配消しても見抜くとはな」



 階段上で陽炎が揺らぐ。夕焼けに照らされ、半透明な人影が肩を跳ねさせる。


「流石は元幹部様だなァ……?」


 安物のパーカーを着た二十代半ばの男。中肉中背で無精ひげ、小汚いこと以外に特徴はない。

 だがその人を食ったような顔を、ユーゴの瞳が覚えている。


「校門を出てから違和感はあった。風の動きや僅かな足音でな」


「おー怖っ。これでも気配遮断は最上格だったってのに」



「なんでお前までいる――魔王軍幹部第七位、『暴霊』ガルディウスッ……!」


 飄々とした男、『暴霊』は不遜に見下ろした。


「こっちのセリフだっての! 勇者に殺されたと思ったら、日本へ逆戻り。俺の輝かしい魔王軍時代がパァだ」


 無頼漢、ガルディウスは唾を飛ばして答えた。

 怒りのまま何度も腕で空を切る。


「で、帰ってくりゃなんだ? 元同僚がまさかの同世界じもと のガキと来た。ったく、運命様ってのは何モンだろうなぁ」


「何の用だ。今更俺と話す必要も理由もないだろ」


「いいやあるね、あるさ、大アリだ。お前はに、納得いってんのかよ?」


 どこまでも男は憤慨した。


「勇者に殺されて、地位も力も奪われて、現代で弱くてコンテニュー……不完全燃焼以外の何だってんだ!」


「なに代表ヅラで能書き垂れてんだよ」


「分かるだろ? 俺たち魔王幹部は、魔王のに本気で忠誠誓った仲良しこチームじゃなかった……」


 親指で首を切る動作でガルディウスは吐き捨てる。


「全員、狂人どもッ! んな連中、現世に戻った所でまともになんて生きられねェ!」


「確かにマトモじゃないな。高校生のガキつけ回す異常な成人男性なんか――」



 直後、ユーゴの目の前にナイフが

 どこからともなく、独りでに。


「まともな神経で世界なんか獲れっかよ」


「……脳みそまで異世界に置いて来たか?」


「この世界で異能があンのはたった八人! 七人殺せりゃ、頂点に立てんだぞ? このチャンス逃せっかよ!!」


「女々しいな『暴霊』。今更なに異世界に夢見てんだよ」


「――魔王さいきょう。現代の魔王に決まってんだろ」


 どこまでも会話は平行線だ。


「お前も同類だろ? 自分の領地りそうきょうのために、人間も魔族も殺し回った冷酷漢――」


 したり顔でガルディウスは吠える。



「なァ? 魔王幹部第六位『謀略王』ユーゴ様よォ!」


 狂犬の目で睨むガルディウス。その言葉をユーゴは否定しない。


「そうか、お前も加わりたいのか」


 ――この青年もまた、魔王幹部に至った魔族なのだから。


「俺の屍の山に」


 淀みない殺意。平和的解決の望みは目の光と共に消える。


「さあ始めようぜユーゴ。現代の魔王継承戦をなァ――!」


 開幕の叫びに応じ、重いエンジン音が響き渡る。



 ほぼ同時だった。階段の上から大型トラックが飛び出してきたのは。

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