41.思いの先に

 ダンテが連れて来た客人は二人。どちらかというと研究肌で運動はあまり得意ではないダンテとは違い、筋肉質な見るからに体力に自信があると言わんばかりの大柄の男と、少し年代が上の眼鏡をかけた優しそうな男の二人であった。

「アイリス、聞いてる?」

 アイリスはどこか上の空であった。

「ごめんなさい」

 昼間のルーカスの姿が、どうしても頭から離れなかった。

 特別部隊が駐屯していることを伝えなければと思うのに、言葉が出ない。

「覚えていないですか?」

 アリスは、それが自分に問われていると気づくのに間があった。

「ごめんなさい、何を覚えていないかと訊かれたのでしょうか」

 正直に聞き逃したことを伝えた。

 ダンテが心配そうにアイリスを覗き込む。

「大丈夫よ。ごめんなさい、少し昨日の疲れが」

「この人たちは、みな僕が所属しているグループの人たちで……」

 ダンテはそう言いながら、年上の男性を見た。

「わたしのことを、覚えていませんか?」

 四〇代後半から五十代前半のその男性は、眼鏡をかけてほっそりとした体格であった。

優しそうな人であったが、特徴のある顔や姿ではなく、アイリスは必死に自分の記憶を辿った。

「覚えていなくても無理はありませんよ。わたしはユーツ大学の学長をしていました」

 そこまで言われて、アイリスは「あっ」と小さく声をあげた。

「確か、大学で最年少の学長と……言われていた……」

 言いかけて、思い出せなかった自分が恥ずかしかったのと、当時史上最速で学長まで昇り詰めた、と少しばかりニュースになっていたゴシップのネタを思い出して、なんとなくそんなことに興じていた当時の自分が恥ずかしくなった。

「今は首都の大学は閉鎖、郊外の大学は開学を許されていますが、戦争があって教育のあり方を変えられたこの国では教育に携わる気力が湧かず、家業の商売の手伝いをしています」

「コサヴィック学長、ですよね? 就任された当時、わたしも在学中でした。お恥ずかしいです、当時の記憶がすぐには思い出せず」

 申し訳なさそうにアイリスが伝えた。

「良いのですよ。学生にとっては学長よりも目の前の課題の方が大切ですからね」

 コサヴィックはそう言うと、穏やかに微笑んだ。

「こっちはジル。俺と同じ鉱山関係の仕事をしていて、今は学長と同じく家業の飲食店を手伝っているが、地下道の総責任者だ」

 気前良さそうな大柄なその男は、アイリスに向かって笑顔で軽く会釈した。

「それで、本題に入るが……決行は来週の二十五日と決まった」

 ダンテがさらっと言ったが、アイリスは驚きを隠せなかった。

「アイリスはこちらに戻って休む暇もなくて申し訳ないと思っている。だが、アンデが軍隊を増強しそうな様子なんだ。急ごうと思う」

 昼間の様子がアイリスの脳裏をよぎった。

「五日後だ。病院や福祉施設関係からは郊外に少しずつ患者や入所者を転院させている。問題は子供たちだ」

 コサヴィックが緊張を含んだ声音で言った。

「分かっています。その日は休校日。誘導には教師をしている者たちが」

 ダンテが答える。

「教師にも協力者が?」

 アイリスの質問にコサヴィックが頷いた。

「今のアンデ統治府下での教育体制に不満は爆発寸前です。抵抗勢力に加わる者の中では教師や教育に携わっている者が多いのですよ。ダンテ、なるべく子供は家族の誰かと行動を共にさせたい」

「わかっています。十二歳未満の子供たちには必ず保護者をつけようと思っています」

「今はここを嫌って、郊外への人口流出が止まらない。教育機関も病院や研究機関も郊外の地方都市に移転しアンデの目をかいくぐりながら、独自で研究や教育を続けている。とはいえ、まだこの中心地一帯には数千人の人口がいるのだ」

 コサヴィックは眉根を寄せながら、不安を露わにしていた。

「その点は、他グループとも散々議論した。全員を逃すのは無理だとは承知だ。だがそれでも決行すると各グループのリーダーの総意だ」

 ジルが少し声を荒げた。

「……分かっている」

 コサヴィックは渋々頷いた。

「あの……」

 アイリスが申し訳なさそうに二人の話に割って入った。

「わたしは、まだこちらに戻ってきて日が浅いのでお聞きしたいのですが……。今回の奪回計画にはどれくらいの人たちが関わっているのですか」

 詳細はダンテに聞いても良かったが、これから更に詳細な打ち合わせが始まるかもしれないと思い、その前に今回の計画の全容を少しでも知りたかった。それまではどこか消極的な雰囲気であったアイリスが自分から知りたいと言ってくれたことに、ダンテも少し安堵していた。

「首都にいる俺たちのグループを中心とした者たちは、三百人近くはいる」

 ジルが答えた。

「三百!?」

 想像以上の多さにアイリスは驚きを隠せなかった。

「最初は少なかったが、みな、祖国を奪われたという意識があっという間にその人数を増やした。中にはもちろん全体像を掴んでいない、ただの賛同者もいるだろう。だから今回のように何かを起こすときは、どこまで呼びかけるか悩んだ」

 ダンテが補足した。

「地下の工事に携わっていたのは三分の一だ。バレないように慎重に一年以上かけた。一人でも裏切り者が出れば終わる」

 ジルは強く言った。

「けど、出なかった。少なくとも現時点では」

 ダンテがジルの言葉を引き継いだ。

「ここまで抵抗勢力が増えた以上、もはや抵抗勢力とか抵抗グループという言葉ではひとくくりにできない。国民全体の総意とも言えるような、大きなうねりになろうとしているんだ」

「しかし、今まで実際に戦闘行為に出ていたのは最北部のグループのみだ。それが、とうとうここが戦場になる。意に沿わない者たちもいるかもしれない。だが、それでも我々は決行すると決めたのだ」

 三人は、自身も納得させるように力強く次々と言葉をつないだ。

 ――みな、同じように不安や迷いがあったのだ。

 アイリスは自分自身の気持ちと照らし合わせていた。

「昨日、ターシャのところで確認してきた。アイリスもいるから、それまでのことももう一度繰り返す。具体的には、この都市の中心エリアに住んでいる人口八千人。そのうち三百人はすでに抵抗勢力のいずれかのグループに属している。グループはざっと五つ。そのうち地下道を担当していたジルのグループが一番人数が多い。この地下道担当のグループは、当日も地下道を誘導する担当になってもらいたい。そして残りの二百人のうち、わたしのグループはまず、武器庫に向かう」

 コサヴィックが当日の詳細な話を始めた。ダンテが棚に挟まっていた地図も出してきて広げた。

「ダンテはコサヴィック学長と同じグループなの?」

「もう学長ではないから、カールと呼んでくれて構わないよ」

 そう言ってコサヴィックは話を続けた。

「わたしとダンテは五十人ほどのグループだ。このグループのリーダーはわたしだ。あとは三十~四十人程度のグループが三つ。わたしのグループは教育関係者や知識人が多く、ジルのところは採掘関係や現場での仕事に慣れているものが多い。そして残りのグループは元ポリシアの軍人や諜報活動員が主だ。表向きは元軍人というとアンデに目をつけられるので、みな商店や病院施設で働いたりしている」

「軍部に属していた多くの者たちは捕虜にされる前に戦死したか、転戦した際に離散した。今も元軍部の人間だと分かると、鉱山での過酷な労働に強制的に従事させられている者たちも多くいる。一部の軍人は北部の抵抗戦線で頑張っている者もいる。しかし、表立っては何もせず、この二年水面下で計画していた者も沢山いる」

 ダンテはアイリスに詳細を伝えた。

「鉱山関係者や肉体労働者は、この国にはたくさんいた。なんたって、鉱山はこの国を支える大事な資本だからな」

 ジルが話に入った。

「けど、軍人っていうのは人気な職業じゃなかった。それは君も覚えているだろう」

 ジルの言葉にアイリスは頷いた。それを見てダンテが続けた。

「僕たちの国では戦うことを嫌っていた。それは、宗教で最も嫌がられる行為だったから。だからといって、軍隊を持たないことが許される世界ではなかった」

「ただ、軍人も職業の一つ……よね?」

 アイリスの問いにダンテは頷いた。

「そうだ。だから軍人といえど、軍に命を捧げるような者たちはあまりいない。そういう軍事教育はされていないからね。だからそういう意味では、今回参加する元軍人たちも、銃の扱いには慣れている、けれどそれ以外の面では僕たち市民の抵抗勢力と変わりはない。お互いの得意な分野でカバーしていく」

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