第7話 魔装列車の短い旅

「どうだい、リューファス。これが現代の交通手段だよ」


 メッツァが自慢げに微笑みながら、隣のリューファスに声をかけた。


(リューファスが生きた時代には、これほどの技術は存在しなかったに違いない)


 黙って車体を見つめていたリューファスだが、その瞳には明らかな興味が浮かんでいた。「随分と静かなものだ」と、呟いた。


 声は低く、抑えたトーンだったが、その一言には驚嘆の色がにじんでいた。


「これは車両の一種か?」


 事実、リューファスが知っていた時代の戦馬や戦車のような騒がしい乗り物とは、まるで異なるものに映っていた。


 古来より、飛行する怪物からの投射攻撃から身を護るため、戦車が発展してきた。

 600年前当時もまた、装甲を用いた車両を使い、兵力を守護しながら戦う戦術はとられていた。


 車両は、軍馬よりは遅いが、戦場の盾、動く防衛陣地的扱いだった。


 多様な怪物のいる地域では、戦車は必要不可欠な戦力であったし、ある程度の機動性は重要視されていた。

 しかし、これほどのサイズのモノは見たことが無い。


「確かに、君の時代の戦車とは違うだろうね。でも、この列車はただの移動手段じゃない。地脈――レイラインを駆使して、時空の裂け目をくぐる。僕たちが向かう呪詛の地へ、あっという間に連れて行ってくれるよ」


 リューファスはその説明に頷くことなく、静かに並び順を待つ。

 

 魔装列車が間近な距離まで来ると、無言のまま列車の側面を撫でた。

 手が触れた瞬間、ルーンが回路を描くようにほのかに輝き、その力が体に伝わってくる。


 リューファスはその魔力の波動を感じ取りながら、これから始まる旅に思いを馳せていた。


 「行こう、列車が発車する」とメッツァが軽やかに促し、二人は魔導列車の扉へと向かった。


 漆黒の扉が静かに、しかもひとりでに開く。


 内部には豪奢な座席と、魔力で点灯されたランプが優雅に輝いていた。

 列車の内部も、現代技術と魔術が交錯する近代的な空間で、快適な空気が漂っていた。


「……涼しい。それに空気の流れを感じる」

「そりゃ、異空間を通るからね。空気は循環出来なきゃ不味いし、温度調節も出来ないと」

「そういうものか」


 メッツァが先頭に立ち、案内された席に座る。


 どうやら席はある程度指定されているらしく、入場時に購入したチケットの等級によって、エリアも分けられているのだと教えられた。


 リューファスは、多少、窮屈なような気もしたが、武者修行時代に乗った待合馬車を思い出した。


「あれと比べたら豪華絢爛、快適に等しいものだな。それで、メッツァ。この列車とやらの仕組みは?」


 リューファスは、メッツァの説明を急かすように質問する。

 ワクワクしたような、子供染みてもいる態度を見て、メッツァは苦笑した。


(そんな長い間乗らないんだけどな。まあ、初めて乗ったなら、年齢関係なくはしゃいでも許されるかもしれないよね)


 メッツァは小刻みに頷きながら、説明を始めた。

 そして、こっそりとメモ帳を開くと、サンプルXは無邪気な一面があるようだ、と一筆書いた。


 魔装列車に乗ってくる乗客も、リューファスにとっては新鮮だった。

 特に異形の一団が平然と存在することには眩暈すら覚えた。


 山羊頭の筋骨隆々の大男が入って来た時には、威圧感からまたもリューファスは剣を抜きかけた。


 とても粗雑な感じで毛深い体軀をしており、服と呼べるものはなく、革製の防具らしきものを無造作に身に纏っているだけだった。


(やはり獣人と言う人種にはなかなか慣れない。あんなもの亜人と変わらぬ、殺すべき蛮族だ)


 当時は、言葉も通じず、倫理感も合わないので、駆除するしかない知性ある害獣と言う認識だった。


 それを連れて歩くのは、真っ白なスーツ(と呼ばれている礼服らしい)を着た紳士であり、リューファスから見てもある種の教養を感じさせていた。護衛と主人といった組み合わせにも感じた。


 さらに、昆虫を模した外骨格めいた鎧を纏う、物々しい一本角の兜を被った騎士。

 それと、注射器と類似したデザインのレイピアを持つ少女が、雑談やジョークを交えながら近くの席に座ると、気味が悪くて仕方がなかった。


(ああ、ようやく実感して来たぞ。異邦人なのは、余の方なのだ。こいつらが奇異なのではなく、余の中身こそが異形と変わりないのだ)


 だんだん魔装列車自体の興味より、今の時代がどの程度、多様な種族に寛容なのかと言う点に、リューファスは関心を持った。

 とは言え、当たり障りない表現で尋ねる方法は思いつかなかった。


「友好な人外種はどの程度種類がいる?」


 亜人という表現は止めろ、と言われたことについてリューファスは一応遵守した。


「人外種……あー、その言い方もどうなのかな」

「なら、何と呼べばいいのだ?」

「『訪問者』とか『他種族』とか? でも、まあ、まだマシなニュアンスか。小鬼や獣人はポピュラーな部類だけど、部族によっては未だに敵対はしてる。 ただ獣人のバリエーションは多すぎて、一言では言えない」

「ああ、ウム。 まあ、そうであろうな」

「蜥蜴人、昆虫人辺りも稀にいるけど、連中は、価値観の隔たりが大きい傾向にはある。リリパットやある種の妖精シーも交流は少ない。向こうの方が寿命が短いから、感覚が合わない。ドワーフとエルフなどの長命種は、逆の理由で、やはり交流は少ないがドワーフの方が多い」


 対象と寿命に差があると、契約の感覚も合いにくく、また制度も適用しにくいものがあると簡単に言われた。


 また、住む場所を厳密に分けているわけではないが、同じ種族同士で勝手に集まろうとするので、都市側も管理が大変なのだと。


「勝手に治外法権を作られても困るからね。人間もそうだけどさー、結局、言葉が交わせても、こちらの力が強くないと従ってくれないんだよね。たまにトラブルが起きて、治安部隊が出動するんだ」

「正直、同じ場にいて殺し合いにならないことが十分不思議だ」


 途中、車内販売を購入して腹ごしらえをした。

 パンに肉と野菜が挟まれた、濃い味の茶色いソースの食べ物。ようするにサンドイッチだ。


 贅沢は言わないが、リューファスからしてみると、少々味が濃すぎた。


(だが、味気がないよりははるかに良い。ハーブと血なまぐさい肉が入った塩スープなどよりは良い)


 食事を平らげた頃には、目的地に到着していた。あっという間のことだった。


 ――フィンダール共和国でもさらに東側の辺境ペルホ。


 ペルホは呪詛汚染地域の境界沿いであり、異形の怪物が珍しくない警戒地域でもあった。

 呪詛汚染地域、つまり、リューファスが戦った黒龍フェアヘニングスの爪痕が未だなお、残っている場所でもある。


 石化したリューファスは、ほんの100年前にペルホの廃教会に調査隊が派遣されて見つかったと、資料に書いてあった。


 今更、何かの痕跡があるとは思えないが、それでもリューファスとしては自分が眠っていた場所を一目見たいと言う気持ちがあった。

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