転生独逸

@pttrin-7seacountry

序章

 「新しい天使」と題されているクレーの絵がある。それにはひとりの天使が描かれており 、天使は、かれが凝視している何ものかから、いまにも遠ざかろうとしているところのようにも見える。かれの目は大きく見ひらかれていて、口はひらき、翼は拡げられている。歴史の天使はこのような様子であるに違いない。かれは顔を過去に向けている。ぼくらであれば事件の連鎖を眺めるところに、かれはただカタストローフのみを見る。そのカタストローフは、やすみなく廃墟の上に廃墟を積みかさねて、それをかれの鼻っさきへつきつけてくるのだ。たぶんかれはそこに滞留して、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せあつめて組みたてたいのだろうが、しかし楽園から吹いてくる強風がかれの翼にはらまれるばかりか、その風のいきおいがはげしいので、かれはもう翼を閉じることができない。強風は天使を、かれが背中を向けている未来のほうへ、不可抗的に運んでゆく。その一方ではかれの眼前の廃墟の山が天に届くばかりに高くなる。僕らが進歩と呼ぶのは〈この〉強風なのだ。






 1945年 ドイツ

私ゲルマニア=アウグステは、そして、ドイツはイギリスやアメリカ、ソ連と世界大戦を繰り広げていた。

最初は電撃戦を繰り広げ、かつてはフランスをも占領した。しかし、世界を敵に回したとなれば、そう簡単に躍進できる訳も無かった。イギリスの本土決戦に行き詰まると、今度は東方生存圏を求めモスクワ手前まで迫ったものの、その後ソ連に反転攻勢をかけられた。かつてソ連から奪った領土も殆どが奪い返され、今となってはベルリン手前まで追い詰められていた。まさに四面楚歌。どうしようもない状況で、世界全てが敵となった。同盟国に遠く離れた日本もいるが、あまりに離れすぎていて連携もできるわけが無い。

かつては賑わいを見せ、発展の一途を辿っていたベルリンの街は、今となっては毎日のように砲撃の音が鳴り響き、がれきだらけの廃墟と化している。

日に日にドイツが弱り、追い詰められるのが分かった。

しかし、今更諦めれば、後はない……後は国が占領され、解体される。それだけだ。

そうとなれば、私は……ドイツはお終い。

それは、誰が見ても分かることだった。

引くに引けない。しかし、私が朽ちていくのも……よく分かる。

どうしようもない状況だった。



 そんな時、彼女が私のもとに舞い降りたのだ。

『これをあげるよ』

そう言って現れたのは、黒い服をまとい、大きな翼を広げた…………一人の天使。

手には黄金に輝く林檎があって、それを私に向けて差し出している。

「何?」

私がそう問いかけると、天使は答えた。

『……転生林檎。これを囓れば、やり直すことができるよ』

「……やり直す?」

『えぇ……やり直す』

そう言って私を誘惑する天使の手に握られているその林檎は、窮地に追い込まれていた私を惹きつけるものがあった。

この提案は、ふざけた冗談かも知れない。

転生など、嘘かもしれない。

しかし、私にはこれしか残っていなかった。

もう一度、やり直せるというのなら。

そのふざけた提案に、乗ってみるしかない。

私は差し出された林檎を手に取った。

1000年帝国を求めて。永遠の繁栄を求めて。

破滅の運命を変えるのだ。私は、栄光を手に入れるのだ。

私は、天使が転生できると言って差し出した、その林檎を囓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生独逸 @pttrin-7seacountry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ