半獣人の姉弟

 新手だろうか、突然現れた見た目にしてわたしよりも歳が一つか二つくらい上だと思う少年は手に槍を持って、ものすごい速さでわたしの方へと走って向かってくるっ!


 その少年は物語の登場人物が着ていそうな軽鎧ライトアーマーを身に纏い、見た目こそ人間のようだけどよく見ると頭には茶色の髪に同じく茶色の犬のような耳を生やし、お尻のあたりには犬のような茶色の尻尾まで付いていた。


 彼が何者かは分からないけど、もし彼もわたしを狙って来たのだとしたら、まさに絶体絶命だ……っ!


「ああ……、わたしもうダメかも……。」


 目の前が真っ暗になる……。


 わたしはここがどこだか分からない所で見知らぬ男の人に身体を弄ばれて最後には殺されてしまうんだわ……。


 さよならお父さんお母さん……、さよならお姉ちゃん……。


 先立つ不幸をお許しください……。


 私は目を閉じこれから訪れるであろう最悪の事態に備える……!


「はあっ!!」


 しかし、その少年のものと思われる足音はわたしを通り過ぎて行くのが聞こえた。


 薄っすらと目を開けてみると、彼はわたしには目もくれず、悪漢の元へと向かったかと思うと手にした槍で男達を突き刺す!


「くそ……!なんだこのガキは……っ!?」


「さっさとこのガキを始末しろっ!!」


 悪漢達は手にした剣で少年へと斬りかかろうとするも、少年はリーチの長い槍の特性を活かして剣の届かない距離からその鋭い先端で突き刺していく!


「調子に乗るな……っ!!」


 悪漢達の一人が少年の背後から襲いかかるっ!


「危ない……っ!!」


 わたしは咄嗟に叫ぶが、男が手にしていた剣が振り下ろされる前にどこからともなく飛んできた矢が数本その男の背中に突き刺さる。


 そして、その少年の登場から程なくして悪漢達は全員動かなくなっていた。


 よく見るとその男達の身体には刺し傷から血が流れているのに気がついた……。

 そして、少年が手にしている槍の穂先にも血が滴り落ちていた。


 人が死んでいる……。


 お芝居とかドラマとかではなく、本当に人が死んでいる……。


「ちょっと、ユーリ油断しすぎよ……っ!あたしが援護しなかったらあんた死んでたわよ……っ!?」


 突然わたしの後ろの方にある茂みから声がした!


 驚いて振り返ると、そこにはユーリと呼ばれた少年と同じくライトアーマーを身に纏い、頭には茶色のサイドポニーの髪型に、同じく茶色の犬のような耳とお尻のあたりに尻尾を生やした、見た目にしてわたしよりも年上と思われる一人の女性の姿があった。


 彼女の手には弓が握られており、腰には剣を差していた。

 どこからともなく飛んできた矢は彼女が放ったものなのなのだろう。


「あ、うん……。ありがとう姉さん」


 ユーリと呼ばれた少年は苦笑しながら頭を掻きながら弓を持った少女と話をしていた。


 というか、この人達は一体誰……?


「それより、その娘は大丈夫なの?怪我とかしてない?」


「あ、そうだね。ね、君大丈夫?危ないところだったけど、怪我とかない……?」


 彼は血のついた槍を持ってわたしへと近付いてくる……!


「ひ……っ!いや……!来ないで……っ!人殺し……っ!!」


 その槍を見たわたしは恐怖に駆られ、慌てて逃げようとするも完全に腰が抜けてしまったのか立つことが出来ないでいた。


「……どうやらこの娘は恐怖で混乱しているみたいね」


 わたしの拒絶する言葉で立ち止まった少年に代わり、今度は弓を手にした少女がわたしの目の前へとゆっくりと歩み寄ると、目の前でしゃがみ込んだ。


「ひ……っ!」


 手には未だ弓が握られている。

 背中を見ると矢筒を背負っているのか数本の矢が収められていた。


 やろうと思えばその矢でわたしを射殺す事も刺し殺す事も出来る。


 さらに言えば腰に差した剣で斬り殺す事だって出来る距離だ……!


「落ち着いて……、あたしの名前はエミリー、あそこにいるのは弟のユーリ。見ての通り犬の半獣人よ。まずはあなたの名前を教えてもらえるかしら?」


「え……?えっと……、わたしは紗奈……、武久 紗奈……です……」



「そう、サナ。あたし達この辺りに出没するという野盗を倒しに来たの。そうしたら偶然野盗達に襲われかけていたあなたと出くわした、そこまでは分かるかしら……?」


 エミリーと名乗る少女は手にした弓を背中の矢筒へと仕舞うと、私の両肩へと手を置いてなだめるような喋り方で語りかけてくる。


「は……、はい……」


「あたし達はこの近くにあるキーヴァという街からの依頼でここに来たの。あと、これだけは言っておくけどあたし達はあなたに危害を加える気はないわ。それは約束する」


「そう……なんですか……?」


 危害を加えない……。


 その言葉を聞いた途端にわたしは全身の力が抜け、張り詰めた緊張と学校が終わってから姉を探して歩き回っていた疲労でわたしは意識を失ってしまった……。


「サナ……?サナ……っ!?ユーリ!この娘を街まで連れて帰るわよ!」


「う、うん……!分かった!」


 意識が完全にブラックアウトする前に二人の声と、誰かに抱きかかえられたような気がしたのだった……。

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