第25話 邂逅

宮廷の晩餐室は、落ち着いた灯りに包まれていた。


クラリスの歓迎の宴は、弔問の使節を迎えるに相応しい、厳かな雰囲気で始まった。


「隣国との文化交流は、先代から大切にされてきた伝統ですね」


エステルが静かに話を切り出す。クラリスは一瞬、表情を和らげた。


「ええ。特に古典芸術の分野では」



「エステル様の教養の深さ、素晴らしい……!」


壁際で警護に立つリリアが、内心で感動に震える。


「こ、これは魔術顧問として、芸術と魔術の関連性について研究を……!」


アイリスが静かに興奮する声が背後から聞こえる。本来なら宴に同席の許可は得ていたのだが、直前まで魔術省への報告が長引き、ようやく到着したところだった。



「その作品、私も一度拝見したいと思っていたのです」エステルの声に、クラリスは目を見開いた。


「宮廷にはレプリカしかありませんが、街の美術館に本物が」


「まあ、そうだったのですか」


「はい。民間の美術館なので、なかなか訪問する機会がなく……」


二人の言葉が途切れ、それぞれが小さなため息をつく。


「実は、私も」クラリスが声を潜めて言う。「この国の街並みを、一度歩いてみたいと」


エステルが驚いた様子で顔を上げる。


「民衆の暮らしに触れることなく、どうして正しい外交ができるでしょうか。けれど、身分があるゆえに」


「分かります」エステルの瞳が潤んだ。


「私もずっと、もっと民の方々の生活に触れてみたいと」



「天才の私の分析によれば、これは運命的な出会いと……って、エステル様のその憧れに満ちたまなざしが尊すぎて……!」


アイリスは何かを必死でメモしながら、次第に筆圧が増していく。


「魔術研究の一環として、この感情の波動を記録しなければ……!」


「警護に集中を」レイヴンの冷たい声が響く。


(エステル様のこの表情、記録に残さずにはいられません!)


リリアは内心で叫びながらも、周囲への警戒は欠かさない。



「民衆の暮らしに触れること。それは、統治者として、当然の望みですものね」


クラリスの言葉に、エステルは静かに頷く。


「先日、市場を見てみたいと書物で読んで。市場には、その土地の人々の生活が、そのまま映し出されているそうで」


「まさか」クラリスの声が僅かに震える。


「私も、その本を」


再び二人の視線が重なる。


「エステル様。もし、機会がございましたら」クラリスが囁くように言う。


「私も、この国の市場を」


「ええ。私も今同じことを考えておりました」


それ以上の言葉は必要なかった。お互いの想いは、確かに通じ合っていた。



「これは!」リリアの感が鋭く反応する。


「……この展開は」レイヴンもまた、その意味を察していた。


「……まさかエステル様と一緒に!?」


アイリスの声が裏返る。だが、三人とも同じことを考えていた。


(これは……!完璧な警護体制を整えなければ……!)



宴は穏やかに進んでいった。表向きは、弔問使節を迎える厳かな雰囲気のまま。しかし、エステルとクラリスの間には、確かな親密さが生まれ始めていた。


それは、政略でも外交でもない。純粋な想いが、偶然重なり合った瞬間だった。


しかし、この小さな共感が、やがて大きな波紋を呼ぶことになるとは、まだ誰も気付いていなかった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る