第25話 邂逅
宮廷の晩餐室は、落ち着いた灯りに包まれていた。
クラリスの歓迎の宴は、弔問の使節を迎えるに相応しい、厳かな雰囲気で始まった。
「隣国との文化交流は、先代から大切にされてきた伝統ですね」
エステルが静かに話を切り出す。クラリスは一瞬、表情を和らげた。
「ええ。特に古典芸術の分野では」
*
「エステル様の教養の深さ、素晴らしい……!」
壁際で警護に立つリリアが、内心で感動に震える。
「こ、これは魔術顧問として、芸術と魔術の関連性について研究を……!」
アイリスが静かに興奮する声が背後から聞こえる。本来なら宴に同席の許可は得ていたのだが、直前まで魔術省への報告が長引き、ようやく到着したところだった。
*
「その作品、私も一度拝見したいと思っていたのです」エステルの声に、クラリスは目を見開いた。
「宮廷にはレプリカしかありませんが、街の美術館に本物が」
「まあ、そうだったのですか」
「はい。民間の美術館なので、なかなか訪問する機会がなく……」
二人の言葉が途切れ、それぞれが小さなため息をつく。
「実は、私も」クラリスが声を潜めて言う。「この国の街並みを、一度歩いてみたいと」
エステルが驚いた様子で顔を上げる。
「民衆の暮らしに触れることなく、どうして正しい外交ができるでしょうか。けれど、身分があるゆえに」
「分かります」エステルの瞳が潤んだ。
「私もずっと、もっと民の方々の生活に触れてみたいと」
*
「天才の私の分析によれば、これは運命的な出会いと……って、エステル様のその憧れに満ちたまなざしが尊すぎて……!」
アイリスは何かを必死でメモしながら、次第に筆圧が増していく。
「魔術研究の一環として、この感情の波動を記録しなければ……!」
「警護に集中を」レイヴンの冷たい声が響く。
(エステル様のこの表情、記録に残さずにはいられません!)
リリアは内心で叫びながらも、周囲への警戒は欠かさない。
*
「民衆の暮らしに触れること。それは、統治者として、当然の望みですものね」
クラリスの言葉に、エステルは静かに頷く。
「先日、市場を見てみたいと書物で読んで。市場には、その土地の人々の生活が、そのまま映し出されているそうで」
「まさか」クラリスの声が僅かに震える。
「私も、その本を」
再び二人の視線が重なる。
「エステル様。もし、機会がございましたら」クラリスが囁くように言う。
「私も、この国の市場を」
「ええ。私も今同じことを考えておりました」
それ以上の言葉は必要なかった。お互いの想いは、確かに通じ合っていた。
*
「これは!」リリアの感が鋭く反応する。
「……この展開は」レイヴンもまた、その意味を察していた。
「……まさかエステル様と一緒に!?」
アイリスの声が裏返る。だが、三人とも同じことを考えていた。
(これは……!完璧な警護体制を整えなければ……!)
*
宴は穏やかに進んでいった。表向きは、弔問使節を迎える厳かな雰囲気のまま。しかし、エステルとクラリスの間には、確かな親密さが生まれ始めていた。
それは、政略でも外交でもない。純粋な想いが、偶然重なり合った瞬間だった。
しかし、この小さな共感が、やがて大きな波紋を呼ぶことになるとは、まだ誰も気付いていなかった――。
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