18話 ガスタン防衛戦・一
【ゼノバース】
遂に遠目ではあるが魔人の街ガスタンを捉えたゼノバース軍。
20万からなる精強な兵士達はそれを目に捉えて静かに、そして少しずつではあるが戦意が高まっていく。
ゼノバースには魔法兵はいない。
普通の軍であれば弓や魔法など遠距離専門の部隊がいるのが当たり前だが、自分の武に自信を持った兵達しかいないのが特筆すべき点だ。
もちろん回復術師はいるが全体で見ても1%しかいない。
そんなあり得ない軍であるが実力は人類側筆頭なのだ。
そんなイかれた集団は現在休息地で軍議を行なっている。
「只今より、軍議を始める。」
重々しく力のある声でその場にいる全員に聞かせたのは武星国家ゼノバースのNo.2であるミヒャエル・シーザー。
武王ゾイドの側近として実力は言わずもがな、国の大多数の決定権を持ち内政でも活躍する傑物である。
ゾイドが表の王ならば、ミヒャエルは裏の王とでもいうべき存在。
そんなゾイドは今現在ミヒャエルの隣で机に肘を突き目を閉じている。
そんな武王の姿を目にしても各部隊の隊長らが動揺しないのは普段から目にしているからであろう。
「では、僭越ながら私グウィンスが発言させてもらう。我が大楯部隊が先頭で諸兄らの道を作る。これは決定でいかがか?」
最初に口を開くのは大楯部隊総隊長、鉄壁のグウィンスの名で知られる名将グウィンス・マクシス。
元々【大楯】をスキルとして授かったが類稀なる努力により肉体の硬度を上げる【金剛】、自身の身体能力を倍にする【身体強化】、更には使い手が滅多にいない【鬼人化】というスキルを使いこなす武星が誇る3名将の一人である。
体の至る所に傷痕があり眼帯をつけたその鋭い目つきは普通の人が見たら恐怖で失禁してしまうほどの圧を感じさせる。
「そりゃ決定でいいだろ。いくら俺らでも最初から最後まで魔人相手に全力で行けるとは思っちゃいない。剣士隊はあんたを支持するぜ、グウィンスさん。」
「しかり、我が自慢の槍士連も無駄に削られたくはない。貴殿の大楯部隊が道を作ってくれるならば安心だ。槍士連も貴殿を支持する。」
参戦を意思を表明したのは剣士隊総隊長、ミカヅキ・ソーカ、並びに槍士連総隊長、グニール・ヘイレーンであった。
グウィンス並びに武星が誇る3名将の2人である。
個が万を屠ることもある世界においてそれに近い戦果を叩き出すことが出来るこの3人は個の実力はもちろん軍の運用についても一流なためそれぞれがカリスマ的な人気を博している。
そんな3名将が表立って軍議を進めていきミヒャエルはそれに補足情報を付け加えたり訂正をしながら徐々に形になっていく。
「では、先頭で道を切り開くのが大楯部隊。
左翼に剣士隊、右翼に槍士連、中央はその他拳鬼群、戦斧陣、暗器會、その後方にゾイド様率いる武星本隊でいいな?」
ミヒャエルが最終確認を取りそれぞれが相槌を打つ中ただ一人不満顔でその場を見渡していた。
それを確認してミヒャエルは軽くため息を吐きかけたが部下達がいるため心の中に留める。
「陛下、どうかされましたか?」
「……わし。」
「はい?」
「わしが先頭で全て蹴散らせばいいではないか!そうすれば無駄な被害なく奴らを制圧できるであろう?どうだ?」
先ほどまで纏まりかけていた話を根底から打ち崩すような発言をする武王ゾイド。
言葉を濁さずいうならば最悪、心からそう思うミヒャエルであった。
普段は聡明なお方でこのような我儘を言う方ではないのだが、大方例のハンスという魔人と早く戦いたくて仕方がないのであろうと推測する。
元々こういった性格なのだから仕方ないが、普段から冷静に努めていたのが爆発した形になる。
王としての重圧から解放されてただの武人として振る舞える興奮でタカが外れてしまった。
こうなってしまった陛下は止まらないことを経験している。
前はそれで止まらずに大変なことになったことを今でも覚えている。
昔の話は置いておいて今はどう説得すればいいかを考える。
人生でも一二を争うほど頭の中を回転させ思考する。
そして一つの名案を思いつく。
「陛下、私ミヒャエルめに名案がございます。」
「嫌じゃ!我が先頭を行く!そしてハンスを早く引きずり出すのじゃ!」
「…そのハンスと最も早く接敵する方法がございます。」
「なんじゃそれは?本当であろうな?」
「はい陛下。その方法とは………
陛下単独で街の反対から急襲することです。」
【ガスタン】
「ハンス団長!目の前に布陣していたゼノバース軍進軍してきます!」
「遂にきたか…。ご苦労、訓練場に行きたまえ。」
「はっ!失礼いたします!」
そう伝令にきた若い兵士に伝え立てかけてあるマントを取り訓練場へと歩き出す。
心の中ではやっときたか、という感情があった。
それに気づき少し苦笑いを浮かべてしまうがすぐに暗い表情になってしまう。
それが自分でもわかった。
出来る限りの準備はしたがそれでも不安は残る。
ゼノバース軍が20万を揃えて進軍してくることなど想定していなかった。
いや、想定はしていたがあり得ない速度での進軍に対応が後手後手になってしまったためだ。
近隣に街はなく援軍を求める使いは出したが実際に来るのは開戦から1週間はかかるであろうと予想がつく。
どんなに急いだとしてもそれぐらいだ。
ガスタンには10万の民が住んでおり老人子供、戦えそうにないものを抜かしても5万を少し超える程度しか集まらない。
魔人は種族特性上ただの主婦であっても訓練された兵士より僅かに強いとは言っても数が数である。
正規兵の質はこちらが高いのだからそこが唯一の光。
街壁もあることだし耐えることは可能であろう。
それならば自分が敵側のトップであるゾイドを打ち取れば一気に有利に傾く。
武星国家ゼノバースはゾイドの強さに惹かれて集まったものが多い。
あちらの特筆した戦力も魔人の精鋭よりは劣る。
ならばトップを打ち取れば瓦解する可能性は高い。
少なくとも援軍が来るまでは確実に耐えられるだろう。
日頃から兵達を鍛えてきたハンスにはその自信があった。
歩きながら考えていたが訓練場が近くなり騒めきが聞こえる。
そこに一歩足を踏み入れると全ての会話が消えコツコツと響く自身の足音だけが聞こえる。
全員が立っている地面より少し高い台の上に立ち目を閉じ深呼吸をする。
そうしてクリアになった思考で言葉を紡いでいく。
「兵士達よ、空を見よ。」
そうして訓練場にいる全ての兵は上を向く。
団長であるハンスも、副団長スルガも、精鋭たる兵士達、徴兵された市民の男女達も誰一人も欠けることなく上を向く。
「空は青い。どこまでも澄み切った空はこんなにも広い。それに比べて私達はどうだ。魔人というだけで人間から迫害され、あまつさえゴミのような扱いを受ける。私達だけの世界でこうして幸せに過ごしていても人間はそんなことを気にせずに私達を襲ってくる。私達が彼らに何かしただろうか?彼らは私達を魔人という一括りで見て、子供を、友を、家族を、そして隣人を容赦なく殺害する。それが許せるだろうか?そんなことが許されるのだろうか!?私たちはただ生きているだけ!生きることの何が罪なのか!?」
ハンスの言葉は訓練場のみならず、周囲にも聞こえるほどの大声量で響き渡った。
その言葉に皆一様に下を向き口を開かない。
否、開けない。
ハンスの言葉を理解し、共感し、改めて口に出されたその内容に気分が下がってしまう。
そんな重い雰囲気の中、ハンスは続けて喋る。
「皆のもの、もう一度空を見よ。そして隣人の顔を見るのだ。」
項垂れていた皆が徐々に顔を上げていく。
最初は数人、数十人、そして最後には全員が上を向きそれぞれが隣にいる隣人の顔を見る。
酷く不安そうな顔のもの、今にも泣きそうな顔で耐えているもの、先の見えない未来を案じ諦念を感じさせる顔のもの。
みなが確認したのを見てハンスは続ける。
「空は青い。自由だ。それに比べて隣人はどうだ?今、明るい顔をしているか?わらえているか?……不安そうな顔をしているか?皆が不安がるのも分かる。しかし思い出してみて欲しい。先日までの日常であった隣人の笑顔を。些細な会話で笑い合えた友の顔を。少しの成長を感じ取れて無邪気な笑顔を浮かべる子供の顔を。自分を立派に成長させてくれた親の顔を。毎日夜遅くまで頑張り家族全員を愛してくれる旦那の顔を。毎日夜遅くまで家族の面倒を見て微笑んでくれる妻の顔を。毎日が毎日幸せであったものではないけれど充実した日々を。………それがくだらない理由で許されるだろうか?子供達の笑顔を、妻の、旦那の笑顔を奪われるのを、友の、親の、隣人の笑顔を奪われるのを!許せるだろうか!許せるはずがない!私たちは魔人だ!それがどうした!それが理由で大切なものが奪われるなど冗談ではない!私は戦う!一人でも十人でよ百人でも多く救うために!私が愛する街のために!私が愛する民のために!だから、君たちの力も貸してくれ!愛する隣人を、子供達を、家族を、親を、未来を、自由守るために私と共に戦ってくれ!私は…俺の名はハンス・ティザント!魔人族の英雄にして魔勇者の血族!ハンス・ティザントだ!」
そう言いきったハンスは一人空を見る。
自分の言いたいことは伝え切った。
ならばあとは一人でも多く救えるように身を削るだけだと思いながら。
「……俺は戦うぞ!妻も子供も親父も!全員救ってみせる!奪われるなんて嫌だ!」
静寂に包まれた訓練場で一人の中年の声がその場に響く。
至って平凡なその男が紡ぐ言葉には力が宿っており、それは徐々に空気を伝って広がっていく。
「……俺もだ!やっと一人前になれたのにこんなところで死んでたまるか!」
「……私も!愛する子供達と幸せに暮らしたい!人間なんかに殺させてたまるか!」
「俺もだ!やっとお袋に恩返しが出来るんだ!親孝行する前に死ぬなんてそんなの認められねえ!俺も戦う!」
一人の熱のある言葉が空気を伝わり一人が三人に、三人が十人に、声が徐々に増していき空間を震わせる程にまで声が高まっていく。
それは訓練場を飛び越え街に広がり空に伝わり、そして敵軍であるゼノバース軍にまで伝わる。
溢れんばかりの声が響き渡りハンスはそれを確認して手を振り上げる。
視線はゼノバース軍の方角。
振り上げた手をゼノバース軍の方角に振り下ろし声高々に宣言する。
「全軍我らの未来を守るぞ!!」
こうして、歴史に残るゼノバース軍vsガスタン防衛軍の大戦が始まった。
☆☆☆☆☆
一人称と三人称の使い分けが出来ないため読みにくいかも知れませんが……頑張ってくださいとしか。申し訳ない!いやほんと!
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