第7話 蛍と蛍③

 アーシスは目の前に置かれた花瓶をしげしげと見つめる。


 剣のようにまっすぐ伸びた茎に、長卵形――卵を細長く潰したような形の葉が生えている。


 茎も葉もきれいな深い緑色をしており、全体にびっしりと細かい毛のような物が見えた。


 そして上に行けば行くほど細くなる茎の先には、アメジストのような透き通る紫色の花が咲いている。


 収穫直前の稲穂のように頭を垂れており、細い茎がしなって花を支えていた。


 アーシスはリゼッタに断りを入れて茎に触れる。


 ふわふわとは言えないが、少々固めな反発がある。


 こちらの触り心地も中々悪くない。


「触っていいとは言いましたが、やりすぎて折らないでくださいね」


 リゼッタの忠告を受け、アーシスは眉間にしわを寄せる。


「そんな可哀そうなことしないって。エルフは自然共にあるんだから」


「……気に入ってくれて何よりです。午前中、綺麗に咲いているのを見つけたってお得意さんが持ってきてくれたんです――あ、そうだ」


 エプロンのポケットから正方形の小さな包みを取り出し、アーシスに渡す。


「砂糖菓子、これもお得意さんからです。渡すのを忘れていました」


「……おいひい」


 差し出されたそれをひったくり、すぐさま口に放り込んだアーシスが言う。


「なら良かったです。次に会った時、お礼を言いましょう。新しい店員としての挨拶も忘れずにお願いしますね」


 リゼッタはそこで椅子に座らず、すぐ横に設置されている魔鉱物を陳列するための机の前でしゃがむ。


 目立つような装飾はないが、シックな色味に木目が走る机は雰囲気があるとアーシスは思った。


 机の上には布が敷かれていて、大きな魔鉱物の原石が並べられている。


 透き通るような色味の水晶体や、そこら辺に転がっていてもおかしくないような、何の変哲もない石などもある。


 そんな机が店内にはところせましと置かれているわけだが、そのすべての机の下に同じ色味をした引き出しがはめ込まれていた。


 リゼッタは迷う様子もなく目の前の引き出しの下から二段目を引く。


「――よいしょっ。このガラスを使ってください」


 アーシスの目の前に置かれたのは大きなガラスの塊。


 魔石ランプの明かりを反射して卓上に光を振りまいており、透明度も申し分ない一品だ。


「今更ですけど、ガラスの加工ってしたことありますか?」


「……え、あぁ、うん。あるよ。久しぶりだけど大丈夫だと思う」


 あまりにも今更過ぎるリゼッタの問いにアーシスが答えると、リゼッタはコクリと頷きを返した。


「まぁ、失敗しても変わりはたくさんあるので大丈夫です。安心してください」


「そうなの?」


「はい。アーシスさんは天然ガラスって知ってます?」


 リゼッタの問いにアーシスは首を横に振る。


「天然ガラスはマグマが急速に冷えることで出来る物体です。これみたいに透明なのは珍しいんですが、さらに珍しい物もありまして……」


 リゼッタはずいっと体をアーシスに近づけ、声を低くする。


「天然ガラスの中に、異物が入り込んでいることがあるんです」


「異物?」


「はい。魔鉱物だったり、マグマの高温にも耐えられる魔物だったりと様々です。界隈だとその異物をインクルージョン内包物と言うんですが……」


「ふむふむ」


 熱の入った語りにアーシスは耳を傾ける。



 語り始めてからはだんだんと気が散り始めたアーシスだったが、インクルージョンも物によってはとてつもない高額になると聞いて目の色を変えた。


 ――それから数十分後、


「話を逸らしすぎてしまいました」


 リゼッタはぐったりと力なく言う。


 その言葉に頷いたアーシスも少し疲れているようだ。


「と、とにかく、インクルージョンを探すのが趣味で鉱山から直接購入してまして。何も入ってなかったのがこれです。なのでたくさん余ってます」


「なるほどねぇ」


 アーシスは目の前のガラスに再び視線を向ける。


 溶けかけの氷のように透明で、輝きもある綺麗な塊だ。


「ちなみに今までいくらぐらい使ったの?」


「……」


「リゼッタ?」


 何の気なしに聞いた質問に対して固く口を結ぶリゼッタ。


 不審に思ったアーシスが目を合わせると、リゼッタはさっとあらぬ方を見た。


「「……」」


「――ささっ、気を取り直していきましょう!」


 アーシスとしてはいくら使ったのか気になるところであったが、蛍晶石レミリライトランプを作るとあればそれを止めるほどではない。


「ガラスは硬いですが、脆くもあります。今回ガラスで作るのはホタルブクロの花弁部分だけにしましょう」


 リゼッタはアーシスの前に花瓶を寄せ、花弁を指さす。


「ホタルブクロの花弁は一見分かれているように見えますが、実際は繋がっていて、一つだけです。


 貴族が履くようなスカートにも見えることから、別名はキュロット草。成形する際には気を付けてください」


「オッケー、任せて!」


 アーシスはサムズアップをしてから目の前の天然ガラスを手に取った。


「――」


 両手でがっちりとホールドし、目を閉じて何かを呟く。


 リゼッタはアーシスが何を言ったのか分からなかったが、すぐに変化が起こった。


 アーシスの両手が淡く発光し、続いて光の帯のような物が天然ガラスの表面を這っていく。


 時間としては数秒、光の帯が天然ガラスを包むと、アーシスはゆっくりと両手を離す。


 リゼッタはガラスが落ちて割れるのを想像して首をすくめた。しかし、その音が一向に聞こえてこない。


「っ……!」


 おずおずと目を開くと、アーシスの胸の辺りで浮遊している天然ガラスが目に飛び込んできた。


「浮遊魔法!?」


 驚きを隠せず叫んでしまう。


 突然の大声にアーシスは耳を庇い、半眼を作った。


「……リゼッタ」


「す、すいません。浮遊魔法なんて見たことなかったんです」


 非は完全にこちらにある。リゼッタはそう思って謝罪した。


「まぁ、いいけどさ。でも一々驚いてたら進まないからね? エルフの魔法はそういうの多いよ」


「そ、そうですよね」


 リゼッタが同意すると、アーシスは胸を張りながら頷いた。





【一口世界観メモ】

・天然ガラス

 マグマが千度を超えるような高温から急速に冷えて固まることで出来る。

 透明な物は珍しく、多くは有色。有色の天然ガラスで最も有名なのは石器に使われる"黒曜石"。

 一体、リゼッタは珍しい透明な天然ガラスにいくらかけたのか……。


・インクルージョン(内包物)

 石が形成する過程で入り込んだ異物。個体・液体・気体など種類は様々。

 インクルージョンがある魔鉱物は価値が低く見られがちだが、物によっては高額になる。物というのは、魔鉱物とインクルージョンの両方を含む。

 インクルージョン探しがリゼッタの趣味。

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