第3話 エルフのお礼

「――ご馳走様!」


「お粗末様です」


「心からありがとうを伝えたい……」


 アーシスはしみじみとこぼし、どさっとソファーに体を預ける。


 幸せそうな表情で腹をさすっている様子はみっともなく、小言の一つも言いたくなるが、こうも正直に感謝を伝えられては悪い気はしない。


 ゆえにリゼッタはほんの少しだけ肩をすくめるに留めた。しかし、すぐに呆れたように半眼でアーシスを見る。


 その理由はズバリ、自分が殴られた経緯を聞いたから。食事の最中、アーシスのハイテンションな一人語りを浴びせられたのだ。


 アーシス曰く、エルフの長い寿命を使って世界中を旅してまわっているらしい。


 カルカラ王国にやってきたのはつい最近。乗合馬車で一緒になった旅人からルチリアが栄えていると聞き、即決でやってきた。


 しかし、そこで問題が発生する。


 乗り継いだ馬車でスリに会い、財布を取られてしまったのだ。


 無一文で数日間ルチリアをさまよい、空腹に耐えかねてカリカリしていたところ、リゼッタも会った二人組にナンパされたと。


 そして身勝手な腹いせで拳を振り上げたら、突然現れたリゼッタに命中してしまったらしい。


 あまりにもアホらしい経緯で眉間にシワがよるも、半分逆切れで殴り返した手前、頭ごなしに責められない。


「はぁ……」

 

 なので半眼もすぐにやめると、机を片付けるために立ち上がった。





 片付けを終えた二人は食休みということで、新たに淹れなおしたお茶と共に緩やかな時間を過ごしていた。


 日は完全に沈み切っており、外を照らすのは街灯と通りに面するお店の明かり。


 陽光とは違う、温かみのあるような光に包まれる様子はリゼッタの好きな風景の一つであった。


「……」


 向かいのソファーに座るアーシスは眠気でも襲ってきたのか目を擦っている。


 ――やはり、黙っていれば絵になる女性だ。


 リゼッタはそう思いながらお茶に口を付けた。


「あ、そうだ」


 眠そうに目を細めていたアーシスがふと何かに気が付いたようにシャキッとする。


「どうしました?」


 問い掛けるリゼッタをよそにアーシスは旅用の革バッグの中をまさぐりだす。


 リゼッタは不思議そうに首を傾げつつ、急に動き出したアーシスの様子を窺うことしかできない。


 ――待つこと数分、「あった!」という大声でリゼッタは下げていた顔を上げた。


 すると、視界にアーシスの右手が飛び込んでくる。


「指輪……ですか?」


 アーシスは指輪を一つ、持っていた。


「そうそう。綺麗でしょ」


 リゼッタの問いに答えたアーシスは魔石ランプの明かりにその指輪をかざす。


 かば焼きを食べるのに使った串と同じくらい細い指輪。


 どの金属を使っているかはぱっと見る限り分からないが、流線形でありながら串くらい細く加工できる金属である。


 強度等を鑑みても素材は限られてくるだろう。


 そして強度があるということは、加工が難しいということ。


 素材の良さと加工した職人の技術がよく分かる逸品だ。


 そして何より目立つのが中央にあしらわれた小さな石。


 白を基調とし、黒色の斑点模様が散らばった結晶体が、綺麗に丸く加工されて指輪を飾っている。


 これは遠目に見てもリゼッタには種類が分かった。


 花閃緑岩グラノアライト


 平地を山脈に囲まれるルチリアではその辺でもよく見られる魔鉱物でもある。


 子供が「宝石だ!」と拾ってはしゃぐ光景をリゼッタは何度も見た。


「私が作ったの。美味しい料理をご馳走してもらったし、あげる。お礼ね」


「……え、え? あなたがこれを!?」


 突然の言葉に驚いて目を見開き、両手をわなわなとさせるリゼッタ。


 そんな姿を見たアーシスは「ふふっ、すごい顔」と言って小さく笑う。


「旅をする前は故郷で色々やってたの。絵を描いたり、歌を歌ったり。剣の修行もしたし、何十年もかけて釣りを極めたこともあったっけ」


「は、はぁ」


「さっきも言ったけど、エルフの寿命はすごく長いからね。昔、こういうのを作ってた時期もあったの」


 リゼッタは赤子に触れるかのようにゆっくりとその指輪に手を伸ばす。


 アーシスの「どうぞ」という言葉を受けて指輪を手に取ると、しげしげといった風に見つめた。

 

「ふむ……」


「ほほぉ~」 


「ん~~?」


 アーシスは奇声を漏らすリゼッタを見て不審者みたい、と思った。


 指輪を明かりにかざし、360度嘗め回すようにしているさまは覗きをしている変態のようでもある。


 それに、いくら昔のこととはいえ、自分の作った物が食い入るように見られているというのは何とも気まずい。


「――ありがとうございます」


 数分後、「ほぅっ」と息をついたリゼッタは満足げな表情で指輪を机に置いた。


 ご丁寧にエプロンからハンカチを取り出し、その上にである。


「満足してもらえたのなら良かった。じゃあ私はそろそろ――」


「待ってください」


 そう言って立ち上がろうとしたアーシスをリゼッタは引き留める。


 そして疑問符を顔に浮かべたアーシスを見つめた。


「……アーシスさん、ウチで雇われてみませんか?」

 




【一口世界観メモ】

黒色泥鰌ドーシディア

 いわばドジョウ。名前の通り、真っ黒なドジョウ。表皮は黒曜石のように黒く、てかてかしている。

 なぜ"黒曜石"が名前に使われず、”黒色”を冠したかは皆知らない。


花閃緑岩グラノアライト

 火山がある場所ではどこでも見つかる、割とありふれた魔鉱物。

 魔力を帯びることができるが、長時間保持できずすぐに散ってしまう。

 古代エルフ帝国の時代に作られた、石柱の碑石はこの石で作られている。



【鉱物コラム】鉱物とは何か、宝石とは違うの?

 多くの人が混同しがちな部分です。あと"鉱石"という単語もありますね。何となく言ったり聞いたりしている言葉だと思いますが、全て意味が違います。

 ついでに岩石についても説明します。

・鉱物。岩石を構成する無機物の個体、特定の化学組成と結晶構造を持つ。

・岩石。鉱物がいくつも集まって出来た、岩や石と呼ばれる物全般(花崗岩など)

・宝石。人間にとって稀少価値があって、美しいとされる物(ダイヤモンドなど)

・鉱石。岩石や鉱物の中で、経済的(工業的)に有用な物(鉄鉱石など)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る