魔鉱物商リゼッタと数奇な拾い物~オタッ娘ドワーフと残念美人なエルフの店舗経営~

アオイシンシャ

第一章 ドワーフとエルフ

第1話 出会い

 朝一番、リゼッタ魔鉱物店の店主であるリゼッタには日課がある。


 ずばり、掃除だ。


 お店があるのはカルカラ王国の南部、商業の街であるルチリア。


 リゼッタが営む魔鉱物店に面する通りも朝から人が多く、じわじわと大きくなる喧騒に耳を傾けながら掃除をするのがリゼッタの日課だ。


「おはよぅ……」


 はたきを手に取り、至る所のホコリを落としていたリゼッタの背に、眠そうな声がかけられる。


「おはようございます、アーシスさん」


 声の主はリゼッタの返事に「……ん」と返し、ソファーから起き上がった。


「顔洗ってくるぅ」


「準備ができたらまた来てくださいね」


 リゼッタの言葉にアーシスは右手を上げて返し、店の奥に繋がる扉から裏手へ出た。


 扉の閉まる微かなパタンという音ののち、通りの喧騒が戻ってくる。


「本当に、良かったのかな……」


 リゼッタは悩むように腕を組みつつ、昨日のことを思い出していた。





 ――何かを習慣化するには二か月ほどかかるらしい。


 そのような話をどこかで聞いた。


 リゼッタはそんなことを思い出すと、ふいに店内へ視線を巡らす。


 シックなブラウン色に統一された陳列棚や机、カーテンなどのインテリアは自らのセンスを信じて選んだ物。


 そして我が子のように愛おしい彼らをその舞台に立たせ、リゼッタは今日も来客を待っている。


 しかし――


「お客が来ない……」


 やけに重たい声が漏れた。


 実店舗を構えてから早二か月と少し。


 営業開始前の作業は固定化され、ルーティーンも出来上がっている。


 開店に伴って新しく取引を始めた業者さんとは既に顔見知りを通り越して顔なじみだ。


 何なら少し前に酒を共にまでした。


 しかし、ここまで慣れつつありながら、


「客が来ない」


 リゼッタは自分の言った言葉でさらに気を落とす。


 背もたれに体重をかけて天井を見上げれば、綺麗な木目が目に飛び込んできた。


「さすがに木目までも覚えてしまったかも――うわっ、ちょ……あだっ!?」


 背もたれに体重をかけすぎたようだ。倒れる椅子に引っ張られて頭から落っこちてしまった。


「くぅ……」


 後頭部に走る痛みを感じながら目じりに涙を溜める。


「何やってるんだろう、私」


 思わずそんな言葉が口をついて出る。


 二か月前、期待と決意を胸にこの店を開いたはずだ。


 それがお客が来ないことで気を落とし、ただエサを求める雛のように扉が開くのを待っているのみ。


 何がルーティーンだ。


 何が顔なじみだ。


 受け身になった上に影響もされないままじゃあの時の自分に合わせる顔がないだろう。


 一人静かな店内で泣きそうになりながら天井を睨む。


 このままではいけない。


 自ら行動を起こさなければ。


「……頑張るぞ」


 こぼれそうになっていた涙を袖で拭えば、見覚えのあったはずの木目はどこかにいってしまっていた。


「まだギリギリ、大丈夫だったかも」


 少しだけ明るくなった声でそうこぼすとゆっくり立ち上がる。


 そして倒れた椅子を元ある場所に戻したと同時、ふと外がいつもより騒がしいことに気が付いた。


 少しの間呆けた顔をしていたものの、すぐに気合いを入れるように自身の頬を叩く。


「今日すぐにできることは少ない。でも逆を言えば、今日やるべきことは決まっているも同然だよね」


 ギュッと拳を握りしめ、胸を張ると強く前へ足を踏み出す。


「まずは呼び込み。めいっぱいこのお店をアピールしなきゃ」


 ずんずんと店の中を進んだ先、出入り口のドアノブを握ると、思いっきり扉を開く。


 眩しくて目が痛んだものの、気にしない。


 光で白い視界でもお構いなしに通りへ出る。


「リゼッタ魔鉱物店、ただいま営業中で――ぶふぁっ!?」


「じょ、嬢ちゃん、大丈夫か!?」


「しっかりしろ!」


 リゼッタは野太い声が鼓膜を揺らすのを感じつつ地面に倒れ込む。


 右頬には痛みから来る熱さが、左頬には石畳の冷たさが襲い掛かってきた。


 ……やっぱり、今日は何もしたくないかも。


 リゼッタは再び目じりに涙を溜め、石畳を見つめることになった。




「ねえ、大丈夫?」


 気落ちして顔を上げる気が失せてしまったリゼッタに声がかけられる。


 今度は女の声だ。


 リゼッタは何も言わず、倒れたまま。


「あなた達、派手にやったね」


「「あんたが拳を振り抜いたんだろうが!」」


 女の声に野太い声がハモって反論する。


「人聞きの悪いことを言うな。嬢ちゃんが聞いてないからって、誤魔化そうとしてるんじゃねぇ!」


「そうだそうだ!」


「私は無実。あなた達がそこで伸びている女の子を殴ったの。これがになるんだから」


「こいつ、面の皮が厚すぎる……」


 野太い声の片割れが唸るように言う。


 それを受けて女は高らかに笑った。


「私はエルフだから人間とは比べられないくらい生きるの。あなた達が死んでからも私は手段を問わず無実を訴えるからね!」


 まるで悪魔である。


 二人組は「噂話、本、新聞に歌劇、どれにしようかな? いっそ全て……」と末恐ろしい発言をたれ流す女エルフに気圧されたように後ずさる。


「史実って言ってたのが少し引っかかっていたが、そういうことか……」


「こいつ、とてつもなく性格が悪いぞ」


 実際、気圧されていたようだ。


 声を震わす二人を見て女エルフは鼻で笑う。


「第一、あなた達みたいなやつが私を――」


「「じょ、嬢ちゃん!」」


「……」


 リゼッタがいつの間にか立ち上がっていた。


「あぁ可哀そうにっ! あなたはあそこのむさ苦しい男どもに殴られたの。大丈夫? 怪我はない?」


「ま、待て! 誤解だ。殴ったのはそっちのエルフだぞ!」


 面の皮が厚い演技でリゼッタにすり寄る女エルフ。


 よく見ると相当な美形だ。


 大きい緑色の瞳に整えられた眉と長いまつ毛。


 陽光に反射して輝く金髪を緩く一本の三つ編みにし、胸の前に垂らしているさまは深窓の令嬢を思わせる可憐さだ。


 おまけに高身長ですらりと長い手足もあるので完璧である。


 相対する二人との差も相まって、リゼッタは女エルフの方が正義の味方にも思えてきた。


 しかし、


「そうですか」


「……ん?」


 ふと、女エルフは自身が腰に巻くベルトをリゼッタが握っているのに気が付いた。


「ちょ、待って――」


 リゼッタは女エルフの言葉を無視してベルトを思いっきり引っ張る。


 すると大した抵抗もなく女エルフは石畳にひざをついた。


 まだ少しだけ女エルフの方が視線は高いものの、これでリゼッタと同じくらい。


「ぐぼぉっ!?」


 半分諦めたような表情で笑った女エルフの右頬にリゼッタの拳が炸裂した。


 どさっと倒れ込んだ女エルフを睥睨するリゼッタは怒りと羞恥で頬を赤く染めている。


 その一部始終を目撃した二人組は驚きで固まるしかない。


 ――リゼッタの種族はドワーフ。


 小柄な体格からは想像もつかないほど、身体は丈夫で凄まじい膂力があるのだ。

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