第十九話「変身」

 ホタルとの約束通り、トーマは目を瞑っていた。

 不安はある。けれども、他ならぬ彼女との約束――最後の願いだ。聞かない訳にはいかなかった。

 操縦席に座りながら、身を潜めるようにしてじっと待つこと数十秒。

 ――突如、白い閃光が瞼越しにトーマの目を焼いた。


「うわっ!? な、なんだこの光は! リカルド、一体何がどうなってるんだ!」

「……トーマ。まだ、目は瞑っていてくれ。きっとすぐに終わる」


 モニター越しでも強烈な閃光だったが、リカルドは眼鏡の調光機能により目を焼かれずに済んでいて――フランシス・ドラケ号の外で起こっている一部始終を見守っていた。


(ホタルさん……そうか、君は……)


 「トーマに目を瞑っていてほしい」という彼女の願い。その理由わけを察し、リカルドの瞳から一筋の涙がこぼれた。


   ***


 ――日暮れの近付くロスロボス宇宙港に、太陽の如き閃光が走った。

 対閃光防御を怠っていた一部の兵士は目を焼かれたが、保護ゴーグルを装着していた兵士達は、閃光の正体を目撃していた。


 二人の原住民。一人は年端も行かぬ少女。もう一人は純朴そうな青年。

 潜在的な危険は有れど、戦闘力は無きに等しいというのが、作戦前の分析結果だった。

 だが今、彼らの目の前では、信じられない光景が展開されていた。


 閃光は、少女の着けていた大きな赤いリボンから、まず発せられた。赤みがかったその輝きは、兵士達も身に付けるエナジー・ジェムのそれに似ていた。

 次いで、少女の身体全体が強烈に発光した。こちらの輝きはリボンからの光の数十倍で、文字通りの白い閃光であった。

 そして――。


「……美しい」


 誰ともなく、自然とそんな言葉を漏らす。

 彼らの眼前に現れたのは、美しいとしか形容出来ぬ、神秘の存在だった。


 白く艶やかな全身は、輝く体毛で覆われている。

 そのシルエットは理想的な女性そのもの。

 しかし、その頭部は人類のモノとは大きく異なっていた。長く突き出た口と頭頂部に蠢く耳は、獣のそれだ。


 彼らの前には今、「人狼」としか呼べぬ何か美しい存在が立っていた。

 ――体毛に包まれ鋭い爪を生やしてもなお女性的艶めかしさを感じさせるその手が、静かに横に振るわれる。


「……えっ?」


 それは果たして、誰の言葉だったのだろうか。

 地面に伏せるトウリか、はたまた兵士の誰かか。

 ただ一つ確かなのは、その声と共に兵士達の身体が、胸の辺りからゆっくりとスライドし、両断されたことだった。


 ――グシャリ、と、切り裂かれた肉と臓物が硬い地面に墜ちる音がした。

 最早、宇宙港の発着場に、生きている者はトウリと人狼――変身したホタルのみだ。

 全ては一瞬の出来事だった。


「ホ、ホタル……? そうか、獣化ナノマシンってやつか……。オオカミさまの力を受け継いでたのは、村長だけじゃなかったんだな」

「はい。……私は唯一の獣化ナノマシン移植成功例。この身は人間でありながら、同時にオオカミさまの超能力の数々を持ちます」


 オオカミの頭になっていても、鈴の音のようなホタルの美しい声は失われていない。

 だが、それがかえってアンバランスな不気味さも兼ね備えていた。

 「トーマさんに目を瞑ってほしかった訳だ」と、トウリは一人納得した。


 人狼と化したホタルの姿は神々しいまでに美しい。

 だがそれは、あくまでも人外の者が持つ危うい美しさだ。

 惚れた男に見て欲しくはないのだろう。


「さあ、行きましょうトウリ兄さん。村にはまだ、生き残りがいるはずです。一人でも多く、助けてあげなければ」

「……トーマさんにお別れを言わなくて、いいのか?」

「トーマさん達はあくまでも、マルコス少佐達に実験体を引き渡そうとしただけです。これは全て……これから行うことも、全部、私達の一存。だから、ね?」

「分かった」


 深く頷いたトウリに、ホタルがそっと獣と人の混じり合った手を差し出す。

 トウリがその手を強く握ると、二人の身体がふわりと浮き上がり――次の瞬間には、猛スピードで大神村の方角へと飛び去って行った。


 後に残されたのは、無残な兵士達の遺体と、ドラケ号のみ。


   ***


「もう、目を開いてもいいよ、トーマ」


 兵士達の無残な亡骸を映していたモニター映像を切ってから、リカルドは相棒に呼びかけた。

 トーマの瞼が、ゆっくりと開いていく。


「……ホタルさんは?」

「行ったよ、大神村に。トウリもね」

「そっか。……じゃあ、俺はアルマドゥーラに乗り込んでおく。後のことは任せたぜ、相棒」

「任された」


 深く頷き合ってから、トーマがブリッジを出ていく。

 その拳が痛いほどに強く握られ震えているのを、リカルドはあえて見ないふりをした。


「……ナビ、マルコス少佐に通信要請を」

「了解……応答ありました、繋ぎます」


 モニターにマルコス少佐の顔が映し出される。そこには、先程よりも感情のようなものが表れていた。


『ロドリゲス監察官! あれは……あれはどういうことだ!?』

「あれ、とは?」

『とぼけるな! あんな強力な実験体を隠しておいて!』

「心外ですね、少佐。僕らは先程、貴官に教授いただくまで、大神村の住民の危険性を把握していなかったんです。そちらの要請通りに、実験体を引き渡そうとしただけですよ」

『詭弁を……!』

「それよりも、いいんですか? である僕らに戦闘リソースを割いている間にも、村へ向かった部隊は殺戮されますが」


 ニヤリ、と精一杯の皮肉を込めてリカルドが口元を歪める。

 一方のマルコス少佐のこめかみには、怒りの印がありありと浮かんでいた。

 非情の秘密部隊ではあるが、彼らはあくまでも「連邦の正式な命令を受けた正規の部隊」だ。将兵を見殺しにするようなことは出来ない。


『で、では貴官らに、あの実験体討伐への協力を要請する! 連邦将兵の生命が危険に晒されているのだ。まさか、嫌とは言うまいな?』

「いいえ、お断りします。あの実験体の目的は、あくまでも同胞の救出です。そちらが兵を引き上げれば済む話でしょう?」

『兵を引き上げても無事で済むという保証はない!』

「あの実験体は、最後まで辛抱強く、我々と貴官との停戦交渉を見守っていました。決して話の通じない相手ではありません――尤も、彼らの忍耐を無下にしたのは少佐、貴方御自身ですがね」


 ――リカルドの言葉はマルコス少佐の言った通り、全て詭弁だ。

 だが、先に詭弁を弄したのはマルコス少佐の方だった。言わばこれは、意趣返しである。


『くっ……もういい。実験体の駆除は、我々自ら行う。貴船へのターゲットロックは維持する。それを忘れぬように』


 通信が一方的に切れる。

 リカルドの度重なる挑発にも拘らず、マルコス少佐は最後には冷静さを取り戻していたようだった。そこは流石の情報将校と言ったところだろう。


「もう少し冷静さを欠いてくれると助かったんだけどね。……ナビ、艦隊の動きは?」

『中型戦闘艦に動きがあります。二隻とも、大気圏内への降下を始めています。戦闘機か、あるいは残存歩兵でホタルの攻略へ向かうものと思われます』

「流石に味方ごと艦砲射撃で撃破、といった荒業はやらないか。思っていたよりも部下思いなのかもね」

『マルコス少佐の判断は、人情ではなく規律正しい軍人故と推測されます』

「分かってるよ。言葉の綾さ」


 仕方のないことだが、ユーモアを解せぬナビの言い様に、リカルドはシリアスな状況なのも忘れて苦笑いを返した。


「ナビ、これで本船へのターゲットロックは、敵母船のものだけになった訳だけど……緊急発進とアルマドゥーラによる強襲作戦の成功率は、どのくらいになったかな?」

『お喜びください、なんと五割弱まで上がりました』

「たはぁ~、それでも五割弱かい。分の悪い賭けだね、どうも」


 豊かな金髪をガシガシとかきながら、リカルドは改めて戦場全体の状況を確認した。

 大気圏外には敵母艦である大型強襲艦が、大気圏内では中型戦闘艦が大神村を目指して降下中だ。中型戦闘艦には歩兵ないし戦闘機が多数温存されていると推測される。

 大神村では、揚陸艇三隻と多数の歩兵が展開中だ。恐らく、人狼と化したホタルの敵ではないだろうが、非戦闘民を救出しながらの戦いだ。容易ではないだろう。

 ――既に村人全員が殺されている可能性は、この際、頭から追い出した。


 この先は、一手の間違いが最悪の結果をもたらすことになる。

 トーマは指示さえ的確ならば、必ず任務を完遂する男だ。だから、全てはリカルドの判断にかかっている。


「まいったね、どうも。五割弱の可能性に賭けて敵母艦を叩いて、その後に中型戦艦二隻と、なんなら搭載戦闘機をぶっ叩いて、それから地上に展開する部隊を無力化しつつ、火災から生存者を救出、なお極力連邦軍兵士は殺傷しないものとする、か。無理ゲーじゃないか、これ」

『シミュレーションの結果、成功確率は――』

「あ、そういうのはいいから。母艦を叩いてから停戦を呼び掛けてみてもいいけど、彼ら、『何があっても作戦を完遂する』というマルコス少佐の薫陶を受けているだろうしなぁ……」


 敵が無頼の輩なら、リカルドもこうは悩まない。

 だが、「数百年前からの指令」というとんでもない作戦に従事はしていても、彼らは正規の連邦軍人なのだ。

 虐殺を止める為に虐殺をしてしまっては、本末転倒だった。


「くっそ~! これが古代ギリシャの演劇なら、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナが現れて、強制終了させてるところだぞ! 誰だ、このクソ脚本を考えたのは!」

『落ち着いてください、リカルド。これは古代の演劇ではなく、今現実に起きていることです』

「分かってるよ、そんなことは! ああ、もう! 神様~!」


 最早強攻策をとるしかない。リカルドがそう決断しようと思った、その時。

 湖全体が淡い光を放ち始めた!


「ほ、ほえ? なんだい、この光は?」

『不明です。ですが、先程ホタルが変身時に放っていた光と、波長パターンが酷似しています』

「な、なんだって?」


 先程の光景を思い出す。

 ホタルが放った光は、二段階に分かれていた。

 まず、彼女のチャームポイントであった赤い大きなリボンが放った赤みがかった輝き。あれは、恐らくエナジー・ジェムの光だ。

 彼女のリボンは、織物に偽装したエナジー・ジェムだったのだろう。そのエネルギーを使って、体内のナノマシンを励起したのだ。

 第二に、彼女の身体から放たれた光。白い、目を焼くほどの閃光は、体内のナノマシンが活性化し全身を変化させた際に発生する発光現象だと推測される。


 それと似た波形パターンということは……?


『湖の中に、複数の高エネルギー反応! 浮上します!』


 その瞬間、何本もの水柱が湖上から立ち昇った。

 それは、先刻現れた水柱よりも更に巨大で、何より数が多かった。

 十、二十、百……それ以上だ。


「あ、あはは……もしかして、本当に神様が来ちゃった?」

『リカルド、それはある意味で正解と思われます。彼らは、この惑星では神として崇められていたのですから』


 水しぶきの中から、何体もの神秘的な獣のシルエットが姿を現す。

 それは紛れもないロスロボス――オオカミさまの群れだった。

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