第十二話「奇祭」
そこからの数日は、実に穏やかに過ぎていった。
リカルドは何かと理由を付けて村長と行動を共にし、トーマはホタルと一緒に農作業に勤しんだり機織りを学んだり。その合間に、ナビが村のあちらこちらをスキャンしておかしな所がないかチェックする。
特に大きな成果はなかったものの、新たな事件も起きず、平和な時間を過ごすことが出来た。
そして、滞在十三日目。
トーマ達は久々に宇宙港を訪れていた。ホタルも一緒だ。
「以前はゆっくり見る暇もありませんでしたけど、大きいですね」
「これでも小型の航宙船なんだけどな。まあ、大神村のどの家よりも大きいのは確かか」
ホタルと肩を並べながら、トーマはフランシス・ドラケ号を見上げていた。
宇宙港の設備によりメンテナンスとクリーニングを終え、今はナビ本体による最終チェック中だ。この惑星に辿り着いた時は薄汚れていた船体も、今は白い輝きを放っている。
「トーマさん達は、この船で星々を渡っているのですよね? ご旅行、というものですか?」
「あ~、一応は仕事、だな。主に辺境惑星への物資の輸送と往診さ。リカルド一人じゃ危なっかしいから、俺は操縦士兼、護衛ってところだ」
「護衛? やっぱり、危ない目に遭ったりもするんですか? その、宇宙海賊とか?」
「お、宇宙海賊なんてよく知ってるね、ホタルさん」
「村にそういう『あにめーしょん』映画があるんです」
ホタルの言葉に、トーマは地球時代の古典的名作アニメの「宇宙海賊」を思い浮かべた。もしその作品だとしたら、かなり誤った知識を得ていることになるが、トーマはあえて口にしなかった。
「その、トーマさんも宇宙で戦ったり、するんですか?」
「必要性があれば、ね。銀河連邦全体は治安が良いけど、辺境に行くとそうもいかない。実際、危ない目に遭ったこともあるんだ」
「村の外も、危ないんですね……」
ホタルの中にも外の世界への憧れがあったのか、現実を知り少し落ち込んでいるようだった。
そんな彼女を元気付ける言葉が見当たらずに、トーマがわたわたしていると――。
「ふふっ、宇宙海賊如き、トーマの敵じゃないさ。ほらトーマ、君の『鎧』を見せてあげたら?」
「は、はぁ? 一応は機密なんだぞ。何言ってんだリカルド」
「他ならぬ僕が許可してるんだ。別にいいだろ?」
「……あの、何のお話ですか? 鎧、とは?」
リカルドとトーマの会話についていけず、ホタルが目をぱちくりする。
「ああ、ごめんごめん。ま、見てもらった方が早いよね。ナビ、後部ハッチ開放」
『了解』
リカルドの指示をナビ――猫型端末の方が復唱し、フランシス・ドラケ号の後部ハッチが開いていく。
そこから姿を現したものに、ホタルは目を見張った。
「まあ……鎧! 大きな鎧ですね!」
そう。そこから姿を現したのは、中世の西洋騎士が身に纏っていた全身鎧にも似たモノだった。
ただし、大きい。全長は五、六メートルほどある。傍らには専用の武器だろうか、巨大な日本刀めいたブレードも鎮座している。
「機動兵器『アルマドゥーラ』。銀河連邦全体でも三百機に満たない数しかない、特殊兵器。単体で一個艦隊にすら匹敵する最強の『鎧』さ」
「あるまどぅーら……」
「トーマは、そのアルマドゥーラを任されたパイロット――騎士なのさ」
「なるほど。以前、リカルドさんはトーマさんのことをエリートと仰ってましたけど、そういう意味なのですね」
ホタルが得心のいったように何度も頷いた。
一方、当のトーマは恥ずかしいのか、そっぽを向いて頬をカリカリとかいている。
「も、もういいだろ! ほら、ナビ! ハッチ閉鎖!」
『いいのですか、トーマ。ホタルにいいところ見せるチャンスですよ』
「そういうのはいいから!」
トーマに急かされて、ナビが渋々といった感じでハッチを閉鎖する。
もちろん、AIにそんな感情はないはずなのだが、トーマにはそう感じられた。
「そんな訳でさ、ホタルさん。トーマは頼りになる男なんだ。そして僕も銀河連邦の中では、一定の権限を持つ人間だ。だからね、もし君がトーマと共にありたいと願うなら、僕らは全力でそれをサポートする」
「リカルドさん……」
「さ、おじさんの老婆心はこのくらいにして……トーマ、後は二人でよく話し合うんだね。僕はその判断を尊重するよ」
そう言いながら、ナビと共にドラケ号の中へと消えていくリカルド。
後に残されたトーマとホタルは、お互いに上手く目も合わせられず、頬を染めて俯いていた。
「――やれやれ、これだけ後押ししても駄目かい。初心だね」
『リカルド、覗き見は野暮ですよ』
「分かった分かった、もうやめておくよ」
船内モニターから、しばらくの間二人の様子を見守っていたリカルドだったが、ナビに言われようやくモニターを落とした。
「で、ナビ。惑星ロスロボスについての情報閲覧の許可は下りたいのかい?」
『未だ審査中となっています』
「理由は?」
『不明です。ですが、何か政治的な問題が生じていると思われます』
「むぅ、こんなことは初めてだなぁ。この惑星の開拓には、誰か大物政治家でも絡んでたってことかな?」
『現時点までの情報では、何とも。ただ、閲覧申請は惑星の首長のもとにも届きますから、そちらで何か横やりが入った可能性もあります』
「あの村長がそこまでやった、ということかね? そもそも、あの家には通信設備すらなかったけど……例の地下にそれもある、ということか」
明日の葬儀が終わり、ドラケ号の修理が完了次第、リカルド達はこの惑星を去らねばならない。
トウリ達の為にも、その間に出来るだけのことをしよう。そう決意するリカルドだったが、彼のその思いは結局報われることはなかった――。
***
そして翌日。トーマ達が大神村に逗留して十四日目の朝が来た。
村の中にはどこか厳かさが漂っており、気のせいかいつもより湿度も高い。
今日はゴサクとマンタの葬儀の日だ。
更に、村長によって毎年行われているという「成人の儀」も併せて実施されることになっている。
トーマとリカルドも参列を求められていた。
「成人の儀ねぇ……バンジージャンプでもするのか?」
「興味は尽きないね」
いつもより身なりを整えた村人達に交じって、坂道を登っていく。向かう先は、村長宅よりも高い位置にある古い神社だ。
そこには、ゴサクとマンタの遺体も安置されている。
「なあリカルド。遺体の方は、本当に大丈夫なのか? 随分と日にちが経ってるけど」
「ああ、それね。実は村長に許可を取って、状態を確認しに行ったんだけど、驚いたよ。本当に腐敗が殆ど進んでないんだ。マンタはともかく、ゴサクさんの方は十日くらい経ってるのにね」
「それは……やっぱり何か科学的な処理が?」
「遺体に、というよりもあの場所に、だと思うよ。ナビのスキャンも通らなかったし」
「おま……それは流石に不敬だろ」
「ちゃんと心の中で謝っておいたさ。僕の信じる神にね」
思わずトーマの背筋が凍る。
リカルドは普段は真面目な常識人で、異文化にも理解がある。だが、好奇心が勝る時には倫理観がどこかへ行ってしまうのだ。マッドサイエンティスト気質なのかもしれない。
「こいつだけは怒らせないようにしよう」と、トーマは決意を新たにした。
主だった村人達が神社の境内――と言っても、斜面に申し訳程度に設けられた広場――に集まると、まずは葬儀が始まった。
ミイラ男よろしく布でグルグル巻きにされた二人の遺体を男衆で担ぎ、山の裏手にある共同墓地に埋葬するのだという。
ちなみに、変形のひどかったゴサクの遺体はリカルドの指示のもと、なんとか真っすぐな形に直されている。手伝ったトウリ曰く「二度とやりたくない」だそうだ。
日本の神主にも似た恰好をした村長が先頭に立ち、その後ろを遺体が運ばれて行き、更にその後ろを村人達がついていく。
かなり長い行列が蠢く様は、山肌をなぞる大ムカデのようでもある。
そのまま、共同墓地と言う名の雑木林に辿り着くと、予め掘られていた穴に二つの遺体を埋める。土をかける作業は、トーマも手伝った。
遺体を埋め終えると、思い思いの鎮魂の言葉を投げかけ、葬儀は終わった。実にあっさりしたものだった。
この村の死生観故か。それとも、オオカミさまのバチが当たった二人だからか。
葬儀が終わると、村人達はまたぞろぞろと神社の前へと戻っていった。
次に行われたのは、成人の儀だ。
村の十五歳になる若者が主役らしい。
「よ、お二人さん」
「トウリか、お疲れさん。成人の儀ってのは、一体何をやるんだ?」
「見てれば分かるさ。ま、そんなに大したもんじゃねぇけどさ」
トーマ達はトウリと合流し、儀式を見守ることにした。
ちなみに、ホタルは村長の手伝いで常に傍らにいる。もしかすると、今日が一緒に過ごせる最後の日になるかもしれないに、トーマにはそれが残念だった。
ややあって、どこからか鈴のような音が鳴り響き、儀式が始まった。
見れば、神社の入口の両脇に村の古老達が建ち並び、藤の花のような形をした金属製の何かを震わせている。どうやら、沢山の金属片が繋げられた祭具らしい。
――シャン! シャン! シャン!
――シャン! シャン! シャン!
――シャン! シャン! シャン!
数えること九回、祭具が振り鳴らされると、神社の名から村長とホタルが姿を現した。
村長は丸い鏡のようなものを掲げ、居並ぶ村人達に確かめさせるようにしてから、地面へと降り立った。
「今年、齢十五となるものは、ここに」
村長が高らかに叫ぶと、四つの人影が村人達の中から歩み出た。
その姿に、トーマとリカルドは思わずギョッとする。四人が四人とも、狼を模した被り物で顔を隠していたのだ。
「……なんだあれ。もしかして、大神村でオオカミさまだから、狼なのか?」
「俺も由来は知らん。なんでも、オオカミさまは時に巨大な狼の姿で現れるって話でな。その神話にあやかってるんじゃないかって、誰かが言ってたな」
トウリの解説に「なるほどな」と深く頷くトーマ。
一方、リカルドは「これは興味深い!」等と呟きながら、眼鏡の弦をしきりに指でつついている。もしかすると盗撮しているのかもしれない。いい加減、オオカミさまのバチが当たりそうだった。
四人の狼は村長の前まで恭しく歩み出ると、そのまま跪いた。
そんな彼らに、ホタルが白く光るものを差し向ける。――小刀だ。
白刃輝く小刀を狼の一人に手渡すと、なんとその狼は自分の左の親指に小刀で傷を付け始めた。
途端、ぷっくりとした鮮血が親指の腹に浮かび上がる。
狼はそれを、村長が持つ鏡に押し当てブツブツと何かを唱え始めた。
『オオカミさま、オオカミさま。ここに我が血潮を捧げます。どうかその偉大なお力を、我らにお与えください』
――一人目が終わると、村長が清潔な布で鏡の表面をぬぐい、二人目も同じことを始めた。どうやら四人とも同じことをするらしい。
「……自分の指切るのって結構痛くてさ。マンタの奴なんか、泣いてたっけ」
マンタのことを思い出してしまったのか、トウリは少し涙ぐんでいるようだった。
儀式はそのまま、つつがなく終了した。
「トウリ、この後はどうなるんだい?」
「新成人と村長とで村を練り歩いて、オオカミさまの威光を村中に広めるんだ。ま、ここから先は自由参加だけどな。――ホタルもお役御免になる。行ってきたらどうだ、トーマ」
「そうなのか。……うん。俺、行ってくるわ」
トーマが駆けだす。向かう先には、当然ホタルの姿があった。
リカルドとトウリはそれを見届けると頷き合い、人々の群れから抜け出した。
「村長は村の中を全部歩き回るまで帰ってこねぇ。家探しするなら、今が機だ」
「あくまでも穏便に、だよ。何か壊したり盗んだりしたら、僕は手伝えないからね」
「分かってるよリカルドさん。あんた達に迷惑はかけない――俺らとは別に動いてる連中もいるからな」
「へっ? それは初耳だな」
「悪いな。昨晩、村の青年団で話し合って決めたんだ。マンタ達の葬儀を合図に、事を起こそうって。村長には悪いが、この村はいい加減変わるべきなんだよ」
「暴力沙汰も駄目だよ?」
「分かってるって。村の人間やリカルドさん達が割を食うことはしないからよ」
ニヤリと笑って見せるトウリ。その顔は自身に満ち溢れている。
どうやら、青年会で決めた計画というものに自信を持っているらしい。
けれども、リカルドはとても笑う気分にはなれなかった。トウリ達は少し先走り過ぎているように見える。もしかすると、リカルド達という外部の味方がいなくなってしまうことに、焦りを感じているのかもしれない。
(トウリ達の為を思って手伝ったことが、裏目に出ないことを祈るね)
心の中でそう呟きながら、リカルドはトウリと共に村長宅へと向かった。
***
村長宅には誰もいない。この村には「家の鍵」という概念もないので、入るのは容易だった。
「トウリ、念の為この手袋を着けて。指紋や汚れで家探ししたことがバレるから」
「了解」
そうして二人は、ナビに手伝ってもらいながら村長の家を検め始めた。
トウリにとっては一時期暮らしていた家だ。なんとなくではあるが怪しいと感じる場所があったので、そこを重点的に探索した。
すると――。
「やっぱりここかな。村長の自室……の床の間!」
「うわぁ、ベッタベタに怪しいね」
村長の自室には、それは立派な床の間があった。
自筆なのか、水墨画のような掛け軸までかけられており、「シンイチ」と署名してある。
「ナビ、スキャンの結果は?」
『……スキャン不可です。ですが、床の間の壁から隙間風のようなものが吹いています。もしかすると引き戸になっているのかもしれません』
最早トウリの前で猫の振りをする必要もないと判断し、ナビも普通に喋っていた。
ナビが流暢に話すのを目撃した際のトウリの顔は、一生忘れられないかもしれない、味のある表情だったが。
「とっかかりみたいなものはないな。ふんっ! ――うん、ちょっと動きそうだな。リカルドさんも手伝ってくれよ」
「やれやれ、僕は頭脳労働担当なんだけどね」
ぶつくさ言いながらも、床の間の壁に手を突き、トウリと一緒に右へ左へと動かそうとしてみる。確かに少しガタガタしていて、どちらかの方向にスライドしそうだ。
――そのまま、悪戦苦闘すること十分ほど。壁はついに左側へとスライドしていった。
「くはぁ! むっちゃ重かったぞ!?」
体力自慢のトウリと二人がかりでも、ようやく一人分の隙間を開けられただけだった。中年の村長は、一体どうやって開け閉めしているのだろうか。
「中は薄暗いけど、明かりがついてるみたいだな」
「トウリ、気を付けて」
そのまま二人は、床の間の奥の隠し通路へと慎重に入っていった。
床は硬い。木ではなく金属のような質感がある。この時点で既に異質だ。
それとは反対に、左右の壁は木製のようだ。通路自体の広さは人が一人やっと通れるくらいの幅しかない。
やがて――。
「お、どうやら終点みたいだぜ。……なんだこりゃ? 丸くて、変な取っ手が付いてて。……硬いな。金属製か」
「これ、は……」
「リカルドさん? どうかしたのか」
見慣れぬ代物を興味深く触るトウリとは対照的に、リカルドは深刻そうな顔を見せていた。
それは見た目、円形の大きな金属扉のように見えた。全体的に丸みを帯び、小さな覗き窓と開閉ハンドルのようなものが付いている。
リカルドはその扉に、どこか見覚えがあった。
「これは……間違いない。宇宙船の気密ハッチだ」
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