第四話「祟り」

 翌朝、トーマとリカルドの目覚めは爽快そのものだった。

 飲み慣れぬ酒をしこたま浴びたので二日酔いが心配だったが、どうやら無事に体内ナノマシンが解毒してくれたらしい。

 どちらかと言えば、硬い布団のせいで体中が痛いのが困りものだった。村の中でも上等な布団を用意してくれたようだが、そこは宇宙時代の快適ベッドに軍配が上がった。

 と――。


「おはようございます。もう、起きてらっしゃいますか?」


 二人の目覚めを見計らったかのように木戸が叩かれ、ホタルが声をかけてきた。

 もしや、二人が起きた気配があるまで木戸の前で待っていたのだろうか。


「おはようホタルさん!」


 昨日の今日ですっかり仲良くなったのか、トーマが気安い雰囲気で答える。

 朴念仁の相棒にもようやく春が来たか、等とリカルドが苦笑していると、木戸が開きホタルが姿を現した。

 が、一人ではない。彼女の傍らには、十歳くらいの男の子が立っていた。酷く痩せた色白の少年である。


「ホタルさん、そっちの子は?」


 何気なく尋ねたトーマに対し、少年が少し怯えたような表情を見せる。どうやら人見知りらしい。


「私の弟で、モモトと申します。ほら、トーマさんとリカルドさんにご挨拶を」

「……モモト、です」


 少年――モモトが消え入りそうな声で挨拶する。精悍な印象のある村長とは似ても似つかない。目鼻立ちにホタルの面影があるので、もしかすると二人とも母親似なのかもしれなかった。


「弟は宇宙の生活に興味があるらしくて……もしよろしければ、お二人にお話を聞ければと」

「もちろん、かまいませんよ! リカルドもいいだろ?」

「僕もかまわないけど、ほら、村長からの頼まれごともあるから」

「頼まれごと?」

「村の人達を診て回るってやつさ」

「あー」


 どうやらトーマは、酒を飲んでひと眠りしたら忘れてしまっていたらしい。困った相棒だった。


「ホタルさん、村の人達の診察は、早速今日からでも回っていきたいんだけど」

「それでしたら、私がリカルドさんをご案内しますね。トーマさん、申し訳ありませんが弟のことをお願いしても?」

「もちろんです!」


 トーマが鼻息を荒くしながら答える。そこに、ホタルと一緒にいられないことを残念に思う影はない。

 こういうところは、この青年の数ある美徳の一つだった。


   ***


 トーマを残して、リカルドはホタルの案内のもと、村へと下っていった。ちなみに、ナビも一緒だ。

 昨日は気付かなかったが、村長宅から村の方に向かって電線が伸びている。恐らくは送電線だろう。ホタルの話では、電気は照明くらいにしか使っていないらしいが、それでもほぼ全戸に行き届いているのだという。

 リカルドが驚いたことは他にもあった。この村には電気だけでなく、上下水道も通っているらしい。かなり原始的かつ簡易的な水道ではあるが、これもほぼ各戸に整備されているそうだ。


(上水はともかく、下水はどうやって処理しているんだろう?)


 まさか湖に垂れ流しという訳ではないはずだが、宇宙港まで下水管が通っている様子もない。となると、残る可能性は――。


「リカルドさん? どうかしましたか」

「ああいや、この村は清潔に保たれているなと、感心していたんですよ」

「そうなんですか? 私はここしか知りませんから、よくは分からないのですが」

「ええ。自然主義の村と言うのは地球にもありますが、文明の殆どを否定しているせいで、衛生状態が悪く環境への悪影響も強い場合があるんです。でも、この村は違う」


 実際、リカルドは「自然派」の人々が運営する村へ往診に行ったことがあるが、それは酷い有様だった。

 自然分解を称する、ただ垂れ流しの便所。

 化学農薬を使わないせいで、虫による食害や病気が蔓延した畑。

 井戸水や川の水に頼っている為に、飲用水は不潔そのもの。

 それで取り返しのつかないくらいに健康を害してから医者に頼ってくるのだから、たまったものではなかった。


 しかし、この村は違う。

 衛生状態の悪い集落に特有の悪臭は感じられないし、何か質の悪い感染症が蔓延しているようにも見えない。

 原始的な見た目に反して、衛生管理が行き届いている証拠だった。


 その後、リカルドはホタルの案内の元、各戸を回って簡単な診察をこなしていった。

 幸いなことに、大きな病気や感染症の気配はなく、リカルドはほっと胸をなでおろした。

 だがやはり、栄養状態はすこぶる悪い。特に動物性たんぱく質が足りていない印象だ。

 それと、気になることもあった。


(……この村、子どもの数が極端に少ないね? やれやれ)


   ***


「おう、おかえり」


 夕方。往診を終えて離れに戻ると、トーマが上機嫌といった感じで出迎えた。

 彼の前にはモモトと、更にもう一人見知らぬ少女がいた。モモトと同い年くらいの、おかっぱ頭の女の子だ。


「トーマ、そちらは?」

「おう、モモトのダチでヒャッカって言うんだよ。ほらヒャッカ、こいつが相棒のリカルドだよ」

「は、はじめまして! わぁ……本当に髪の毛が金色なんですね!」


 金髪が珍しいのか、ヒャッカがその大きな瞳をか輝かせてリカルドを見上げる。

 新鮮な反応で、なんだか気恥ずかしかった。


「あらあら、ヒャッカまで。トーマさんに宇宙のお話を聞いていたの?」

「うん! モモトくんと一緒に、いっぱい! いーっぱい! お話してもらったの!」


 病弱そうで大人しいモモトとは対照的に、ヒャッカは身振り手振りも大きく、元気そのものと言った感じだ。

 だがその一方で、やはり栄養状態が悪いようにリカルドには見受けられた。村で見かけた子ども達と同じだ。


「あのねあのね! 宇宙には、まるっきり水しかないお星さまもあるんだって!」

「まあ、そんな星があるのね。今度お姉ちゃんにも教えてね? ……さあさあ、ヒャッカ。もう夕方だからおうちに帰りましょうね。お話はまた今度」


 ホタルが空を指さしながらヒャッカの頭をなでる。

 空は相変わらずの薄曇りだが、その色は橙と紫の中間のような、何とも言えない夕暮れの色に変わっていた。


「は~い。モモトくん、トーマおにいちゃん、またね~」


 元気よく走り去るヒャッカを見送ると、ホタルとモモトの姉弟も母屋へと戻っていった。

 後にはトーマとリカルド、ナビだけが残される。


「――さて。リカルド、何か気になることはあったか?」

「この村が清潔だってことくらいかな? あと、子どもの数がやけに少ないね。モモトとヒャッカを含めても一桁だと思う」

「なるほど? ……ナビ、船の方はどうだ?」

『既に宇宙港のシステムからマテリアル・キューブを受領し、修理に入っています』

「オッケー。修理に必要な期間は?」

『順調にいけば、二週間ほどで完了します』

「二週間、か……」


 急ぐ旅ではない。各所への連絡もナビがやってくれたらしいので、問題もない。

 だが――。


「『ホタルさんとは、あと二週間しか一緒にいられないのか~』かい?」

「茶化すなよリカルド」


 トーマは頬を染めながら抗議したが、リカルドはニコニコと笑うばかりだった。


   ***


 電気は有れど街灯のようなものはないらしく、村の夜は家々から漏れ出る営みの明かりによって淡く照らし出されるのみで、ひどく暗かった。

 店屋の類もなく、夜に楽しめる娯楽も殆どないので、就寝も早いらしい。この僅かな明かりも、ぼちぼちと消えていくそうだ。


 母屋で野菜と雑穀ばかりの夕餉を頂いてから、トーマ達は離れへと戻ってきた。

 その表情が浮かないのは、何も食事に満足していないからではない。

 食事は村長一家と共に済ませたのだが、そこには一家だんらんの和気あいあいとした雰囲気が皆無だったのだ。

 シンイチは仏頂面で黙々と食べるのみ。

 ホタルはトーマ達に「お味はどうですか?」と尋ねるくらいで無駄口は叩かない。

 モモトにいたっては、父親の顔色を窺うようにして一言もしゃべらなかったのだ。

 重苦しい事この上なかった。

 

「どうやら、村長は厳しい父親みたいだね」

「厳しい、つーか、モモトに興味がない? ようにも見えたな」


 離れの中で粗末な――しかし村で用意出来る最上級の――布団を敷きながら、夕食の席を振り返る。母親――シンイチの妻の姿が見えなかったのも気になったが、軽率に訊いていい話題でもなく、訊けずじまいだった。


「……この村では、子どもは貴重だと思うんだけどね。いやはや」

「はっ? どんな場所でも子どもは大事だろ? 何言ってんだリカルド」

「もちろん、それはそうさ」


 トーマの純粋な反応に、リカルドは思わず嬉しい苦笑いを浮かべてしまった。

 

「でも、僕が言っているのはちょっと意味が違うんだ。多分だけど、この村は――」

『お二人とも、誰かがこの離れに近付いているようです。成人男性が……複数』


 リカルドの言葉を遮るように、ナビが警告を発した。

 といっても、声は出していない。マルチプル・スーツの通信機能経由で、二人の聴覚に直接音声を送ったので、周囲には一切音は漏れていない。


 二人は頷き合うと、木戸へと忍び寄った。

 この離れには木戸以外に出入り口はなく、他は明かり採りの小さな窓くらいしかない。壁は決して厚くはないが、それでも簡単に叩き壊せるものでもない。

 外の連中が良からぬ目的でやってきたのだとしても、木戸以外から侵入してくる可能性は薄かった。

 そのまま、ややあって――。


「俺だ、トウリだ。秘蔵の酒を持ってきたんだ。村長には内緒で、一杯やらねぇか?」


 木戸の向こうから聞こえてきた潜められた声に、トーマとリカルドは思わず苦笑した。


   ***


 やってきたのはトウリとゴサク、それと見知らぬ青年だった。トウリと同い年くらいの男で、宴会の時には見かけなかった顔だ。


「紹介するよ。こいつはマンタって言ってな、俺の弟分だ。ほれ、お二人に挨拶しろ」

「マ、マンタっす! えへへ」


 何故か照れ笑いする青年――マンタは、純朴を絵に描いたような青年だった。

 精悍なトウリとは対照的に丸顔で、人の良さそうなうすら笑いが張り付いている。


「こいつ、こう見えて手先が器用でね。トーマさん達は、桟橋近くの『はやにえ』は見たかい? あれを作ったのもこいつさ」

「ああ、あれかぁ。俺、本物かと思ってビビったよ」

「え、えへへ。そう言っていただけて、嬉しいっす」


 照れ隠しするように頭をかくマンタ。その手は顔に似合わずゴツゴツとしていて、いかにも職人の手といった風情だ。


「つーかさ、なんであんな人形を木の上に刺すんだ? 村長はオオカミさまがどうのこうの言ってたけどよ」

「ええ。オオカミさまへの畏れを忘れないようにって、村の風習なんすよ。なんでも、掟を破った者はオオカミさまの祟りで、『はやにえ』にされちまうって話でな」

「なるほど。掟を破った奴が天罰……いや、神罰か? ともかく神の怒りを買った姿を模してるって訳か。しかし、豪い残酷な神様だな」

「村人を怖がらせる為なんでしょうねぇ。――まっ、オオカミさまなんてモンが本当にいれば、の話ですが。掟を破った奴が実際に『はやにえ』にされたって話も聞きませんしね。なあ、ゴサクさん」


 トウリから話を振られると、ゴサクは手にしたぐい呑みをゆっくりと空にしてから、口を開いた。


「おうよ。オラ達が獲っていい獣の数は村長が決めてるって話は、したよな?」

「ええ、そう仰ってましたね」


 隣に座るリカルドが、ゴサクのぐい呑みにおかわりを注ぎながら首肯する。


「でもよ、わざとじゃねぇにしろ、間違って多く仕留めちまう時がさ、やっぱりあんのよ。けどよ、それでバチが当たったなんて話は、聞いたこともないんよ」

「そそ。そもそも、俺らの先祖は宇宙を渡ってこの惑星に来てこの村を作った訳だしよ。そんな村で神様だとか祟りだとか、意味が分からんのさ」


 ゴサクの言葉に相槌を打ちながら、トウリもぐい呑みを一気に呷る。二人とも既にかなり飲んでいるはずだが、どうやら底なしらしい。 

 そんな二人とは対照的に、マンタはチビチビと飲んでいる。酒の楽しみ方は人それぞれなのだろう。


「だいたい、村の掟が厳しすぎるんだよ。やれ、アレをしちゃいえけねぇ、これをしちゃいけねぇって。年々人だって減ってるのによ」

「やっぱり、そうなのかい?」

「ああ、リカルドさんは村を見て回ったんだったな。子どもが少ねぇだろ? 俺らの世代の半分以下なのさ。このままじゃ誰もいなくなっちまうよ」


 吐き捨てるように呟いてから、トウリが大神村の現状を語り始めた。

 曰く、イトコ以内の近親婚が禁止な為、そもそも夫婦になれる男女が減っている。

 曰く、食料を田畑に頼っている為、何年か周期で深刻な食糧不足が起こっている。

 曰く、トウリ達若者が森の獣をもっと獲らせてほしいと村長に直談判しても、聞く耳を持ってくれない等々。


「森の獣を獲り過ぎちゃアカンってのは、オラにも理解出来る。この島の獣達は地球から一緒に越してきた連中だからなぁ、数も種類も限られてるんよ。でもな、まで獲っちゃイカンってのは分からんのよ」

「対岸の……獣? この惑星の原生生物のことですか?」

「おうよ」


 リカルドの問いに、ゴサクがぐい呑みを空にしながら答える。すかさずリカルドが酒を注ごうとしたが、酒瓶は既に空なようで、涙の一滴程度の酒がぽたぽたと垂れるばかりだった。


「オラの死んだ爺様がよ、今際の際に教えてくれたんよ。『対岸の獣は信じられねぇくらい美味い』ってな。なんでも、湖を渡った向こう側には、でけぇ鳥みてぇな姿をした六本足の獣がいて、簡単に狩れるんだとさ」

「ということは、ゴサクさんの御祖父様は実際に対岸の獣を狩ったことがある?」

「おうよ。夜中にこっそり舟で渡って、一匹だけ仕留めて持ち帰ったんだとさ。もちろん、当時の村長には内緒でなぁ」

「その……オオカミさまのバチは、当たらなかったんですか?」

「爺様は、はやにえにもならず、七十まで長生きしただよ」

「なるほど」


 ゴサクの祖父の話を信じるなら、どうやら村の掟を破ったところで、オオカミさまにはやにえにされることはないようだ。つまり、バチだとか祟りなんてものは、存在しない。

 だが、ならば何故、ゴサクも祖父に倣って対岸の獣を狩りに行かないのだろうか?

 その疑問をリカルドが口にすると、ゴサクから饒舌さが消えた。


「そりゃあ……爺様は大丈夫だったかもだが、オラも大丈夫とは限らんしなぁ」

「ゴサクさんはビビリなんだよ」

「な、なんだとう!? トウリこの野郎! オ、オラだって、やれば出来らぁ!」

「お、言ったな? 良かったなトーマ、リカルド。近い内に『信じられねぇくらい美味い肉』が食えるかもしれねぇぞ」


 ケタケタと笑いながら、トウリがそんなことを言う。どうやら、少し悪酔いしているらしい。

 ゴサクはゴサクで、「見てろよ~」等とブツブツ言いながら、コックリコックリし始める始末。

 見かねたマンタが二人をいさめて、この場はお開きということになった。


   ***


「トーマ、さっきの話、どう思う?」

「どうって、何がだ」

「対岸の獣の話。この村の食糧事情は悪い。それなのに、対岸に生息する食べられる動物に手を出すどころか、村の掟で湖を渡ることさえ禁じている」

「ああ、それか。あれじゃないのか? 自然保護の精神ってやつ。原生生物は殺さない主義なんだろ」

「……それだけ、なのかな」

「んなこと、俺らが考えても仕方ないだろ。村のルールなんだ。郷に入ってはナントヤラってやつだよ。ほら、もういい加減寝ようぜ」


 言うや否や、さっさと布団に潜り込んで、驚くべき速さで寝息をたて始めるトーマ。

 仕方なく、リカルドもようやく横になる。


(何かが引っかかってるんだよね……)


 モヤモヤとした何かを感じつつも、リカルドもやがて静かな寝息をたて始めた。

 こうして、二人の村での二日目の夜は、安眠と共に過ぎていった。


 これが二人にとって最後の安眠であるとも知らずに。

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