28Peace 「未知と対決」

 私はオレクくんと手を繋いで教会に向かって歩いていた。

「トントン」

 私のひざ裏を、軽く揺するような強さで衣類をつまむ力が加わる。いつぶりか、教会にいた時の家事的に姉の役をしていた時に慣れ親しんだ仕草だった。

 振り返るとニコルがいた。朝のような無邪気さが少し曇っていて、どうやら落ち込んでいるようだった。

「はい……」

 そう言って手渡したのは、小綺麗に整った白い便箋だった。――手紙だ。紅い美しい蝋の封が目を引いた。

「ありがとう」

 そう言って受け取ると、受け取らない理由がなかったことを若干意識してお礼を言った。妙な気分になってしまった。

 内容はなんだろう――。

 ふと横を見ると、オレクくんはまるでイタズラに失敗したような邪魔されたような子犬の悔しげな顔をしていた。

「どうしたの?」

「お姉ちゃんごめん、用事があるから行くね」

 私がオレクくんに聞こうとした時に、ニコルくんがさも忙し気に去って行った。

 去っていった背中をただ眺めた私はニコルくんと診て連想する。ニコルは10歳になっていると。

 私は足を忙しくしなければいけないことを私に義務付けた。ニコルくんがいくらいじめっ子だったとしても、死んでいいはずがないからだ。


 急に私はスッとなって周囲を見渡すことになった。電撃的な感覚が冴えた頭を呼び起こした。すると視線の先にカレがいた。これは僥倖かもしれない。

 それは発作だった。

「おい!!!」

 言ってしまってあっと気づく。初めてを名前で呼んだ。しかも怒鳴り声で呼び止めた。

 私は肩で息をするように勢いを張ってディミトリのほうへドシドシ歩いた。

「おいディミトリ!」

 これでもうやけクソになって、ノドに出来た吹き出物のような罵声をそのまま吐き出し続けた。

 私は身長で負けて居ながらもディミトリの髪の毛を鷲掴みにして、私のいた元の方へ行き、ディミトリを引きずっていった。

「子守りの経験はあるのかロマンチシストめ!」「おいこの御童輩ごどうはいが目に入らぬか!」

 言いながら、オドオドと戸惑うオレクサンデラの顔の前に、もう眼前眼下にひざまずかせた。

「――返事は!!?」

 ひと呼吸を吐き出し尽くす勢いでディミトリを僥した。ディミトリは迫力がそうさせているのか知らないが、されるがままにやられていた。

「……見えてます!」

「じゃあ分かるな!?」

「なにがですっ?」

 そう聞いて私がディミトリの頭を髪の毛ごと左右に揺らしてみせる。

「子供は宝か?」

「はい!」

「じゃあ、宝を守るのはなんだ!?」

「龍やろ!」

「違う!!! お前の頭は木偶の坊か? このロマンチズムの傀儡め!」

 また、さっきより強く揺らす。そして髪の毛が何本かブチブチとちぎれる音がした。

「宝を守るのは騎士だろ!!」

「せやな!」

 それを聞いて私は満足に至ろうとしていた。

「せやかて……」

 また何か言おうとしていた。

「なんだ!」

「せやかて、俺はダンジョン攻略と要塞攻略を間違えただけやて!」

 ディミトリは切羽詰まって早口に言った。

「関係ない!!」

 私から出た切り捨てる言葉は実から端的だった。

 それからすぐに私は跪かせたディミトリに顔を寄せて、ガ鳴りの調子で言い放つ。

「お前が守れ! ロマンチシストが!」

「子供を守れ! さすればキスの一つもしてやろうわ!!」

 私はもうめちゃくちゃなことを言っていた。

 それから私はオレクサンデラに目を向ける。そして中腰にしゃがんで近づいた。

 そして私の様子の変わり様に戸惑って視線をあちこちに泳がせるオレクくんだったが、いつもの声色に変えて言った。

「オレクくん、 このお兄ちゃんが守ってくれるんだって良かったねっ!」

 オレクくんは小さく頷いた。そして私はドレークを睨んだ、それから意識して勢い調子を落として言った。

「ドレークは着いてきて、念の為に……」

 ドレークもまたオレクくんと瓜二つに、小さく頷いた。


 正直、鬼に金棒だった。吸血鬼だけに。

 私にはとても有り難いタイミングだったし、話を端的にして緊急性を示す意味でもあの態度をする必要があっただろうことが、冷静になってから考えられた。

 ただ、無意識の中で私がそんな荒っぽいことを考えていたかと思うと、意外さに恥ずかしくなる。

 ただ本当にオレクくんには護衛役が必要だったし、私にはこのあと危険が待っているかもしれない。だから強いほうを引っ張ってきた。

 

 走っているなかで考えたのは、呑気にも神父様の健在についてだった。御達者でいるだろうか、と考えるところで姿がありありと浮かんでくる。

 私が直面しているこの失踪事件の渦中に、神父様もいるのだということに気づく。

「ねぇドレーク、神父様には会ったんでしょう?」

 息継ぎをしながら聞く。ドレークが神父様にレッスンをしてもらったことは聞いていた。

「すごく芸才の達者な方だったよ」

「それは知ってる、それより健康だったかしら」

「とても健康そうだったよ」

「よかった、そういえばドレークは十字架は平気なの?」

「平気だ。あれは迷信じゃないかと思ってる」

「そうなの、十字架って悪魔祓いに効果ってなかった?」

「人による。じゃなくて種による」

「そう」

 ドレークは走ってしゃべってるのに息を切らさなかった。

 ふと、神父様の十字架のペンダントが頭をよぎる。白銀の、純青銅のペンダント。

  

 ここは西区中枢の市場。海が近くて海産物の栄える商業地の、買い物客として人の行き交う市場の大通り。

 私たちは人の波を掻い潜りつつしばらく走ってやっとニコルくんの背中を見つけた。

「ニコルくん!」

 呼ぶと、ニコルくんは振り向いた。が、しかし間を置かず走り出した。

「ちょっと!」

 私は声でもって追いかけるがまるで止まる気配はない。

 そしてニコルくんは狭い裏路地に入っていく。それで私たちを撒こうとしているのだと思い、すぐに視野から失わないように警戒する。

「ニコルくん早い!」

 とても10歳と思えないほど早かった。アスリートのような走りだった。

「ちょっとドレーク、吸血鬼パワーでなんとかならない!!?」

「え、良いのか?」

「おい!」と思った。「まるで緊張感が足りてない」とも思ったが、今は私も同罪だった。

「ほーら捕まえたぞ」

 ドレークは子供をあやすように嬉しい奇声を上げてニコルくんを抱きあげた。

「なんで逃げたんだ?」

 ドレークはその調子のまま、胸に持ち上げて離さない様子だ。

「…………」

 なにかしいのか、それともべつに理由があるのか、話そうとしなかった。

「ひとまず、今はニコルくん確保ね」

 保護。に成功したと言っていいだろう、他の子は……とりわけ10歳の子たちを一箇所に集めなければいけない。


 カラン……?

 いや……ジリリ?

 ただその音のリズムは聞いたことがあった。それはとても愛情深い思い出に根付く生き物の足音で、つまりそれは犬のタカタンというリズムに似た足音だった。

 しかしどうにも妙な音だ。犬ではない、ましてや他の生き物でもあるはずがない。なぜなら音から察するのは四足歩行でありながら肉球のクッション的な音がしないことだ。つまり爪か、もしくは――な四足歩行の生き物……。

「ドレーク! 何か来る! 人間じゃないのは確かよ、動物とも確証がない! 警戒して! 音からは四足歩行で肉球がない! ドレークなら分かる!?」

 そうして警戒を促しながらも、その足音は数をふやして金管の楽器よりも物騒に数を増やしていく。そして恐怖を助けるように近づいてくる。

「ヴチャッ」……。

「今の聞こえた?」

「……いや?」

 そうしてドレークがする返事の中に唸り声のようなものが混ざっていた。グルルゥ……。

「聞こえないの?」

「なにが」

「ウソ」

 私の耳が壊れてしまったのか、それとも吸血鬼と違う第三勢力の出現か、ただの……獣か。

 ヴチャッ。

「今の音だよ」

「俺の耳には聞こえないぞ」

 捌いた雌鳥の臓腑が、濡れたまま台所から落ちる音のように似ている。

 冗談でしょ、と言いたくなる。なぜかって吸血鬼なんだから聴覚は人間の私より鋭いはずでしょう?

「なんで私だけ聴こえるの? また近づいてきた」

 近づいたのは分かる、だって足音が大きくなっているから。でも距離が分からない、反響し過ぎているように感じるから。まだとても見える距離ではない。

「私今焦ってる! ごめん距離が分からない、しかもあんたの実力も分からない!」

「俺は自分で分かってる」

「でしょうね!!」

 つい怒鳴ってしまう。私には戦闘力がまったくないのもその理由だ。ドレークは私の焦りに引っ張られてしまわないだろうか、そう考えても分かっていても、理性を効かせたって焦りは止められなかった!

「ドレーク! 複数よ! 4、5匹いるけど2人守れそう?」

 私はついに叫ぶようになってしまってしどろもどろにたじたじ動く。

 とりあえずニコルくんの近くに行こう。

「やるだけはやる、ただ、逃げろと言ったら逃げろ!」

 心強い返事はもらえた。けどもう、足音の近さを特定できる位置までその怪物は来ていた。

「ヴゥーードゥゥヴゥゥヴゥゥクッ」

 唸り声? 威嚇の声? クシャミ? どれとも分からない。見えない。この唸り声は凡そ目の前の壁のなかから発せられたものだ。

 尚も足音は近づいて来る。

「聞こえた?」

「そうだな、ハッキリと」

 横を見るとドレークもやっぱり同じ場所をみつけて睨んでいた。

 私は背筋の汗を感じながら冷ややかな外気が吹きすさぶのを感じた。「応戦するぞ」とドレークの声も届かない。

 ――――――――ヴチャッ。

 何かはいったい分からないが、激臭を放つ青い液体が地面に垂れていたのか壁の奥から沁み出てくる。

 しかし先に足が出てくる。

 目の前で見ていた壁の中からではなく、すぐ隣りの角の中から出て来た。

「カラン」「カラン」

 遂に姿を表す。

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