25Peace 「男と鬼」
何を求めてか、クレア嬢は「なあ、そうだろうティネス君」なんて迷惑な共感を求めてきた。「疑問に鎌首がもげるかな?」「ヘビのように」
「この村にとっての、どんな疑問もいい事だ」
私に頼るといいだろう。そうクレア嬢は言った。
「この世は人の世だ。例え話をしようか、名を古代ギリシャ神話というものがある、その主クロノスという神が支配していた黄金時代があったという、紆余曲折を経て今は鉄の時代が長く続いている。血と剣による鉄の時代だ」
そういう話もあるのか。と聞く。
「ここまでのさわりくらいは掴めているか?」
「……ああ」
俺は頷く。
「今は正に鉄の時代、もとい錆色の時代とも言えるかもな、何故なら吸血鬼という概念が人と近い場所にいるのだから」
ここからは、お前にとって難しい話をしているのだから3割も理解すれば良い方だろうと、それだけを前提に置いたような俺に気を使わない話し方で続けられることになる。
「話を戻そうしかし。黄金時代もまた、この世に沿っているのだ。お優しいことだ」
そこは皮肉か。
「しかしこまった事に、話題に出した古代ギリシャ神話の他にも様々な神々が数多の信仰へ祝福を持って
ここでつまらなそうにクレア嬢は片手をつかってその長髪をいじる。
「祝福とはローラの使うSaintなんちゃらなどそういった類いの呪文を言う。呪いと書いて
「細かく言えば祝福には相性がある、生き方や出自などが影響する例えば吸血鬼の全般はキリスト教には弱くまた祝福を受けることは叶わない、なぜならそういう生き物だという図式になる」「吸血鬼に生き物というのも変だと思うが、そうだろうティネス君」
「その相性が、ティネス君は欠如しているように見えるから、興味深いのだよ」
「分かるかな?」
言い終えて剣を首から逸れさせ左手の腕の周りでグルンとしてみせるクレア嬢。
「理解した」
「どうだか」
「ついでに言えば、私が作るものは、私へ重さを適応しない」
そこで私に許される優位性とはなんだと思う? と俺に問う。それは投げナイフを得意とする俺には簡単な質問だ。
俺がそれに答える前にクレア嬢は俺の周りをグルりと歩き出す。
「武器の重さに振り回されない、重さを利用することにスタミナの消費や動作の遅れが発生しない」
「そうだ、重さとは質量だ。適応されない質量は攻撃する時イコールで攻撃力に転換される」
答えるとすぐさま長セリフが挟まれた。
これを剣術に置き換えたらどうだ、戦っていたら。とまた問われる。
「戦いにくいだろう、丁度俺と戦う吸血鬼と下人や輩たちはそう感じていたはずだ」
「そうだろう、私の戦い方とティネス君の戦い方は似ていると言える、だから分かる」「同じだ」
と言われる、何が同じなのか。
「お前の操るのは、クトゥルフ神話のなかでも災厄の神、アザトースからなる
「なぜ言える?」
「信仰の対象ではないからだ、キリストや神道のように歴史がない。それ、つまりクトゥルフ神話は創作物にすぎないはずだから存在しない」
「話が見えない、なにが同じなんだ」
「異物だという意味でも、私とティネス君は似ている。だれと戦ってもきっと気持ち悪いだろうな」
「そんなあからさまな事いう……」
恐らく、俺はこのクレア嬢から嫌われている、あの「ローラを愛している」「お前はどうだ?」と聞かれたやり取りから尾を引いているのだろう。
「私の悪口はいつものことだ、気にするな」
言ってクレア嬢はその剣の先でバンと床も叩くとそのまま床の中へスルリと落ちていく。それを見送るとこの部屋のドアが開く。
ドアが開いたことにより一気に外気が入り込む。そしてクレア嬢の透き通る白い長髪を揺らすのだ、暗い場所で目が慣れていたのもあり、それだけで少し魅力的に見えた。
この簡素な空間から外へ続くドアだ。帰れという意味だろうか?
「この操作はワイヤーを操る原理と一緒で、単なるカラクリによるものだから、苦い顔をするものでもない」
苦い顔と言われてつい俺は顔を触ろうとしてしまう、そうしてからこの挙動はまるで子供のようだと気づいて動作を停止する。
クレア嬢と話すと疲れる。それも多分、気にすることではないのだろう。
「さあ出ようか」
「そうだな」
外へ出ると、もう夕時になっていたことに気づく、赤い日差しが少しヒリヒリとさせるからだ。昼の日差しよりいっそう強く肌が反応している。
「私の知識ではニャルラトホテプもといナイアーラトテップは多彩な芸を持つトリックスターであり完全な夜でしか稼働しないのだが、どうだ」
と言われる。そのまるで10年来の上司のようなセリフに、俺はまた疲れを感じながら確認する。
「……出せないな」
「そうか、ソロプレイヤーとは聞いていたがヨグソトースが顔を出せばインポに成り下がるか」
ハッハッハと、クレア嬢は笑う。神の話をしているからか少し下品な言葉を使っている。あまり良い記憶がないのだろうか。笑い方がローラと似ている。
「なぁそうだろ、ティネス君?」
そんな下品な話題で共感させられようが意味のないことだと無視しようとした時。
「おい! ティネスと言うたな! 俺はグロー・リー・ディミトリというんや! ぽっとでを俺は気に食わん! やから実力を示しやがれ阿呆! ここに決闘を申し込む!!」
背後からそんな大声を言われていた。
俺は、その呼びかけへの返事に戸惑っていた。正直をいうと気疲れしていたからだ。本当に、この隣にいるちびっこい白髪が疲れさせてくれていた。
トンッ、肘を叩かれる。隣りの白髪ちびが何か言いたいようだ。
「おい、あいつはアレでなかなかの男だ。同時に馬鹿だがお前より見込みがあるかもしれん男だ」
「だからあの男に免じて決闘を受けてやれ」
と言われた。だからここからは前哨戦、のつもりだった。
それは門前の時とは違い、広場を借りた戦いだった。この村にいくつもある訓練をするためのある軍事施設の横にある広場だ。
始まりはただ普通にお互い構えての始まりだった。
「いいか? 俺はこれから初撃に上段から切り下ろしする、やから避けろ」
などと言われた。実力を示せとは言われているが、まさかこんな手加減をされるとは思ってもいなかった。と思った。しかし相棒に教わった経験の賜物か、可能性のひとつが脳裏に浮かび上がる。それは「心理戦かもしれない」という疑惑だった。俺はそれに俄然、笑む。
「分かった。興が乗るものだな、受けよう」
「勘違いはしない方がええ、この言葉も、よく咀嚼して飲み込んだらええ」
妙にテンポの良い言葉だった。
そして俺は受けて立った。素手で構えている。なぜかって、本気を出す理由もないからだ。
最初、本当に心理戦を仕掛けられているのだと思っていた。それも少し後悔することになった。
心理戦というのは、ジャンケンではパーを出すぞと宣言してグーにされるかどうするのか、と相手に悩まさせるものだと思う。そこは今後も覆されることはなかった。ジェシカだって心理戦では右に出る者はいない、決してこのグローリーディミトリという男がジェシカを上回ってはいなかった。それはその初撃で明らかになる。
「シュッ」
その音は上段から振り下ろされた音ではなかった。しかし確かに上段から下ろされたその剣は、その音を立てた時、俺の喉を捉えようとしていた。
俺はそれを髪一重にかわすことになる。身をかがめながらの首の側屈を余儀なくされる。ただ最小限に回避できたのはこの決闘、白兵戦では良いことだった。
遅れて、ディミトリがどう剣閃を振ったのかと、それを察するように直感が理解させようとした。思考の中に見解が沸いてくる。ディミトリは確かに上段から切り下ろした、その剣はお手本のように綺麗だったと感じる、そして俺の頭の高さから拳ひとつ高いところで挙動が突きの動きに変わったのだ、見きっていた俺が事前に剣の間合いを出ていたからだ、それを示すようにディミトリはまるでスピアーを突き刺すような片手剣の姿勢をしていた。その姿勢を見ればディミトリが右利きだということが分かる。
俺はディミトリのその姿勢でもっとも隙になりうる右の脇下を狙う。
半歩間合いを詰め、少しだけ手加減をして、ディミトリの
「ッ……」
すると屈んだ姿勢だということもあり想像より威力が乗ってしまった。グググッと鉄鎧に手が沈み込むのを感じると、ディミトリの身体は上後方のやや左側に打ち上げられる。そして空中ではいように回転している。
「そうか」
小声がもれる。そうか、と思った。ディミトリは空中で受け身を取って姿勢を整えているのだ、身体へのダメージや飛ばされすぎないように。
結果、ディミトリは三、四メートル離れた場所に着地するようだ。着地直後地面に剣を突き刺して体重を預けた。たぶんそうやって落下の衝撃を地面に逃がしているのだ。
なかなか基礎の出来た武人なのだと図り知ることができた。ただ、さっきの動きはもう見切れている、次俺に通じることはない。
ただ、ディミトリの動きは想像を絶した。
ディミトリは駆け出した。初めは両手で構えていた剣を、今は片手で持っている。見れば確かに刃渡り八十はあるロングソードだが片手で物にしている。両手で構えたのは初撃の為のブラフだったと知る。
ディミトリは片手で持った剣を走りながら背後で素早く右と左と何度も投げ渡して持ち替え続ける。なんて精密な動きをするんだと思った。
あと一歩で間合いに入るという時だ。剣はディミトリの右手にあった、しかし左手は空に掲げられ今にも左手に剣が投げ渡されるように見えた。しかし、残り一歩を踏み込むタイミングで何故か。左手に剣が現れない、それは左手では十分な威力を発揮できるタイミングを逃していることになる、それを俺は違和感に感じると、俺は安全を取って一歩後ろに退くことを選択する。どんな攻撃を仕掛けられるのか分からなかった。それによってこちらから打って出る選択肢を俺は保留していた。
そして答え合わせの時が来た。それに上手く反応できなかった。
ディミトリがあと一歩を踏み出す時、右手の剣はなんと自身の足に投げ渡された。この時俺は左手に注目していて、一歩退くその瞬間だった。足に投げた剣は絶妙に塚が下を向いていて足ではトラップすることなく蹴り上げられる切っ先が俺の胸を目掛けて飛び込んでくる。
反応が遅れる。
俺は危機感を感じると、一瞬の間に腕全体の諾歩陰をしていた。剣が俺の胸を捉えた時、俺は退いた足を着地させていた。
剣は俺の胸を捉えたままだ。しかし剣を手放してフリーになってしまったディミトリは何をするだろう。左手に注目して油断した俺は教訓にして、それを洞察した。
けれどおかげで俺は、意表をつかれてから冷静さを取り戻すことができて、そのまま剣に諾歩陰した腕を当てる。腕に飲み込ませる。
剣と粒子がぶつかり合い、メシメシと甲高い不気味さのある音がなり始めた。
ディミトリは言った。
「これで決まりや!」
そう言ったディミトリは一瞬、勢いよく背を向けた。
「グワッ」
俺の悲鳴が短く響く。飛び後ろ蹴り。
剣の塚を蹴って、止まりかけた剣を更に押し込む。俺の右腕を押し切るように。
俺は後ろに足を回して重心を支えるようにして
ディミトリは着地する。おれは剣の対処に精一杯だった。
ディミトリは続けざまに、俺の胸から剣を抜け取って同時に、左手から右手に投げ渡すと身を屈めた姿勢からまた剣を胸に突き刺そうと振りかぶる、いやエアで振りかぶり終えていた右手に投げていたのだ。だから。すぐ、来る。
しかし俺も、フリーになっていた。
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