8Peace 「出会いと少女」

 それは山道をしばらくまっすぐ行った頃。

 どんな劣悪な山道もティネスは、吸血鬼であれば軽々渡り歩くことができると発見してまた1つ、吸血鬼であることで内々に僅かな愛着が湧いていた時のことだ。

 ニワカ雨だったのか、雨はジメジメとした世界を残して雲り空を奪い去っていったようにも見えた。そんな綺麗に月光の届く夜になっていた。

 ティネスは崖からの眺めを楽しんでいた。そんな眺めの綺麗な崖下から突然、野党らと思える悲鳴が聞こえる。

「人だな」ティネスは思っても口に出さなかった。期待してもさっきのようになったら惜しいと思ったからだ。そのかわり、ティネスは自ら真っ逆さまに崖を落ちていった。

 ティネスは見えるだけで1ダースの盗賊が倒れていること、出血は見当たらないことを空から確認する。他の人影はないと思った。そしてティネスは着地する。

 ズダンッと、湿った地面を掘るような音が鳴った。その勢いは盗賊の髪を揺らした。

 降り立ってひと目見ると、すでに死んでいることが分かる。呼吸をしていなかったからだ。

「鼓動の音が聞こえない」

 匂いを嗅いだ。ティネスにとって何年振りか石鹸の匂いだと気づいた、清潔で落ち着くようだと感じていた。

「惜しいな、僅かに古い血の匂いがする」

 血の匂いが簡単に払うことはできないことをティネスは知っていた。戦いは陰を落とすものだからだ「必ず」と。ティネスはその"匂い"を纏っていることが何よりの"戦士である証"だと知っていた。そして何かが喉まで出かかって分からなくなった、変な感じだとティネスは思った。

 すぐに気を取り直すとそこで匂いの素を辿ることにした。その少女はなにか不思議な歩き方をしている。不思議に感じるほどの、見本的な少女らしい歩き方をしていた。見た目に相応しいような軽くて、おぼつかない落ち葉の足音が聞こえた。匂いは言うまでもなく変化ない。

 ティネスは気配と足音を消して、少女のあとを追った。もちろんこの時はタイミングを見て気配を示し優しい言葉をかけるつもりでいた。

 足音は、ティネス自身不思議なくらいだと感じていた。盗賊を倒すような実力者の歩き方ではないのだと。

 

「!」

 ただそれは気配を発し始めた時のことだった。ティネスは驚いた。並の速度ではないものをティネスは視認できていた。そのうえで驚いた。

 少女はまず、しゃがみこんだ……ティネスに背を向けたまま身体を挟んだ死角で砂利や落ち葉のまざった土を掴むと片手を着いて俺に足のヘリを見せ、後ろへ上半身を屈曲させるように片手で砂利を投げる「目くらましか」と思っていた。だが凄まじかったのだ。砂利の舞う速度といいそれ以上に早い攻撃と言い。

 少女は砂利や土落ち葉が不規則に浮いたその最も死角になった部分から蹴りを喰らわせに来た。凡そ、金的と呼ばれる部位を音速に近い速度だろう、命中した。

「ジュグズッ」

 一瞬のイヤな破裂音。ティネスは悶絶した。

 少女は次の蹴りを放った。半ばうつ伏せの姿勢から左足から右足へ攻撃の足を切り替えながら、蹴りと言うにもその蹴りは、蹴りというよりは砂利をティネスの顔や首に当てる為のくわだてだった。

 砂利は、ティネスの身体にめり込んで侵入していく。刺さるというよりはそう、入り込む様だ。砂利は体内に完全に入り込んだ。ティネスは少女の方へ手を伸ばした。差し伸べるかに見えた手は、少女の動きを躊躇させる。しかし少女は知鑑していた、見ている場合では無いことを。つぎの瞬間にその手から鋭い速度で石が排出された、まるっきり攻撃しているように見えた。

 

 少女は身を転がして避けた素早く姿勢を移動させ拳がこの吸血鬼の脇腹を捉えたように見えた瞬間、少女は腕を引き込まれた。少女はこの時冷静でいながら戸惑っていただろう、しかし少女が目撃したのはその後反転した視界に映る月と、戦闘をしていた吸血鬼の胸板と覗かせる顔だった。さながら紳士がするようにお姫様の扱いをするあの抱っこだった。

 少女は反射で身体を動かして無理やりにその手から逃れると慣れた手ぎわで両足の太ももでこの吸血鬼を挟み込む。顔を固定すると垂れ下がった胴体を一気に起こして両の手を手刀にし石を割るように頭蓋骨へ振り下ろす。


 わたしはたしかに脳髄を破壊したはずだった、しかしまた視界が暗転していた、そのなさけない有り様に、わたしはこの未知の敵との遭遇に焦っていた。焦っていることを自覚したからこそ、冷静になり視野を広げることが出来た。戦場で生きられる人間はいつだって冷静な人間だと知っている。

 わたしは再び吸血鬼を目の前に対したとき、両手で服の背中をまさぐった、落ち着いて仕込んでいたホルダーを外し、手斧を2振り取り出す。構える。

 右手にはまっすぐ刃を敵に顎の高さにひと振り、もうひと振りは腰の高さで胴の影に隠す。どちらも順手で力みは消して、わたしは敵の塔のような全身を漏らさず視界に納める。どちらの身体が先に動くか、それが開戦の合図になる。

 ところがこの吸血鬼はこの空気感の中で、いけしゃあしゃあと明け透けなことを言い出した。

「すまない、戦う気はないんだ」「友人が欲しい、仲間が」

 それが相棒の望みだからと。

「良い身分だ、やけに温厚じゃないか吸血鬼くん」

「何人食ってきた? 何年生きた? 無謬むびゅうだなんてワケないよな?」

 私は挑発する、その程度の言葉はペテン師でも言えるからだ。構えたまま本性が現れるのを待った。

「俺は、人間を殺さない。約束する」

「どうだか」

 私は否定する。「……」その様子を見て私は不思議な気分になった。なにか、この頑なさをみて試してみたい気持ちになった。私は理性を用いる故にキリングマシーンではないということだ。

「なぜ否定されるかは理解しているか?」

 場合によっては激しいダメージを覚悟しなければいけない。問答の如何によっては…………。

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