5Peace 「孤高では」

 時雨しぐれ。俺には寒暖の違いがわからない。けれど判断することはできる。たとえば寒い場所では霜が下り、暑い場所では土地が光を照り返す。

 雨が降って視界が跳ね返りを起こした水滴でいっぱいになり、樹木の雨垂れが激しく俺を打つ。そのせいで服が重たくなっていた。そして真夜中だ。

 この閉鎖された景色から。いやでも今が寒いのだということが伝わってくる。北に向かっているのは確かだ。雲の上に見える月は真上にあった。3月だとわかる、もう春になるのだと思った。

 一人時雨の森を歩いた。


 少し先に洞窟が見えた。その奥に明かりが見えた。人か? 同じようななり行きで洞窟を見つけたのかとおもった。ただ気掛かりが起きた。

「……チ」

 脚がペースを上げた。木の根を潜った地面を踏み抜くように森の中を抜ける。それは若干の親近感を憶えたところで虫唾が走ったからだ。

「抜けが多いのも大概だ」

 胸のうちで怒鳴る。と、洞窟に着く。明かりの元は人間のものだ、しかし洞窟は別だった異常だった。おそらく奥の人には逃れられない罠になる。

 俺は洞窟を夜目に頼って走り抜ける。荒い足音が聞こえる。

 蛇足にひねられた通りの先から悲鳴が聞こえた。その方へ走った。……声は近くにあった。

 分岐と言えようか、横道があった。声の方とは違う道だ足音の主は横道から現れた。血走った目とミイラのような骨ばった体が俺を襲う。飛びかかる。

 俺は腰を引く。それでいて姿勢を低くし同時に左の腕を伸ばししょうの底をあて人中に添った胸を弾き飛ばした。相手は女だった。

 もう生きてはいなかったが女は洞窟の穿った壁に激しく体を打った。鈍くひしゃげた骨の音が鳴る。その時尋常ではない悲鳴が洞窟を支配した。阿鼻叫喚だ。それは痛々しくも吸血鬼になってしまった女の姿だった。女は青い綿の服に真珠の耳飾りをした装いで、服の汚れを見れば血などはついていなかった。

 その服をみれば人殺しをしていないことがわかった。

 そんな女の姿をみていた矢先、さらに女が出てきた横道から小さな少女が出てきた。あまり手入れのされていない服だった。それをちょうどその時俺は女を殺そうとしていたところに間に入って仁王立ちをしたのだ。状況が変わりその手を止める。代わりに影を操作して女を壁に手足を縛り付ける。少女は見たところ無事な人間のようだった。

「痛いことしないで!!!」

 少女は涙を振り絞って言った。後ろでは人ならざる声でエレナと叫ぶ女がいる。

 俺はよく観察するようにしていた。

「カノジョは私のお姉ちゃんなの!」

 幼い姿の少女は見たところ10かそこらの年のようだった、その声が女を擁護する。俺は微動だにせず観察していた。

 俺は相棒の言葉を思い出す。教えたことは、必要な時に思い出せるようにと。

「わたし! ここでお姉ちゃんと暮らしているの!」

「ごめんなさい焚き火をしていて、お姉ちゃんが火に触れないように気をつけていたんだけど……それで驚いて、出ていって」

「本当にごめんなさい」

 少女は俺の前に立ちはだかったまま、たどたどしく最後には涙ながらに謝罪していた。

「本当に、もうお姉ちゃんには暴れないように、お兄さんには危害を加えないように言います。洞窟の中に良い物はありませんが、好きなだけ持っていってください、そのあと出ていっても大丈夫ですし作っていた料理を食べて休んでいっても大丈夫です。どうか、わたしとお姉ちゃんを引き裂かないでください!!」

 とても、勇気のいる言葉だった。鼻は赤くなっていて涙は寒さもあって冷たく顔にあとをつけていた。

「どうか、もう私たちを割かないで。……どうか」「こんな姿でも家族なんです、姉なんです」

「関係ない」

 俺は少女の涙を右手ではたき落とした。

 …………え、と少女は腫れた顔を俺に見る。

「やっぱり、お兄さんも悪い吸血鬼なんだ! お姉ちゃんを殺しに来たんだ!」

「人殺し!!!!」

 少女は甲高く叫ぶ。

 おれは少女の脇腹を掴んで振る。がびくともしない。今度は女に近づくために強く、少女を遠くへ押し投げた。

「痛い!」

 少女は悲鳴をあげた。

「ウアアァァーーーーーーア゛!」

 女もまた少女の身を心配していた。

「人殺し! この人殺し!」「お姉ちゃんに触るな!!!」

 少女は。叫び続ける。俺は影をナイフにし、女に近づいていく。

 その時俺の頭に軽い痛みが走る。少女の投げた小石のせいだった。俺は少女を見た。

 その時だ、女は拘束されていた手首を力任せに引きちぎって俺の首に、襲いかかった。

 女の牙は、なんということもなかった。しかし深く刺さってもいた。それを退屈な攻撃だと思った。

 吸えないはずだ。

「お姉ちゃん、やったね」

 少女は笑って。勝ち誇った顔をしていた。

 しかし俺から吸血することができない事実を少女は知らなかった。女は、絶望的な顔をしていた、それはまさに死人の顔をしているようだ。

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