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目を閉じて、ドナは自分の最後のときがやってくるのをまった。(それが生贄であるドナの役目でもあった)
……、でも、いくら真っ暗な闇の中で待っていても、ドナに最後のときは訪れなかった。
ドナはゆっくりと目をあける。
すると、そこにはちょこんと床の上に座り込んで、じっとドナのことを真正面から見つめている、一匹の黒い狼がいた。
「どうしたの? あなたはお腹が減っているんでしょ? 私を食べてもいいんだよ」とにっこりと笑ってドナは言った。
黒い狼は無言。
「さあ、私をお食べ。そして、私の魂をこのままあなたの暮らしている世界まで運んで行って。大丈夫だよ。私はあなたのことを恨んだりはしない。私は私の人生を精一杯生きていた。村の役目を果たすために。自分の夢のために。できる限りのことはしてきたつもりだよ。だから大丈夫。安心して、私を食べてもいいんだよ?」優しい目をして、ドナはいう。
でも、やっぱり、その黒い狼はドナのことを食べたりはしなかった。
その代わり黒い狼はそっとドナの体にその体を寄せてきた。
まるで母親に甘えてくる小さな村の子供のように。
ドナの膨らみはじめたばかりの小さな胸にその顔を埋めるようにして、黒い狼はその全身をドナの白い体にぴったりと寄せてきた。
そんな黒い狼の行動をみて、ドナはとても驚いた。
文献で読んだあの怖い狼とはずいぶんと違うな、と思った。(やっぱり、文献と現実の世界での出来事の間には、とても大きな違いがあのものなのだと、そんなことをのんきにドナは思ったりした)
「よしよし」
ドナはたまに村の子供たちにしているように、黒い狼の頭をそっと撫でた。すると黒い狼は本当に気持ちよさそうにしてその目を細めた。そんな黒い狼を見てくすっと笑った。
それは、そんな風に安心したせいなのかもしれない。
黒い狼が思ったよりも怖くなくて、自分が食べられないと思って、もしかしたら命が助かるかもしれないと思ったからなのかもしれない。
ドナの瞳から、とても綺麗な、一粒の透明な涙は自然とその白い頬を伝って、黒い狼の頭の上にぽつんと溢れて落ちた。
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