第8話

24年 8/19 4:00:陸上自衛隊:品川区 某所


未だ闇が姿を表しているビル外に、複数台の日産 セレナが停車し人員が降車する。

手に持っているのは豊和工業 89式小銃である。

小銃を構え、暗闇の中を前進する。

その目的は、過激派組織の検挙である。

その後方には警視庁より派遣されたSAT特殊急襲部隊が続く。


[クロウ1よりネストへ、1から4までの配置完了。送れ]


無数に存在するビルの1つを陸上自衛隊第一普通科連隊の第一中隊とSATが包囲する。

クロウ1が正面1階に、クロウ2が屋上より2から4階へのエントリー突入、クロウ3が建物周辺を包囲しクロウ4が支援部隊となる。

制圧対象はビルの1階から4階である。


[了解。ネストよりクロウへ、カラスよ飛び立て、カラスよ飛び立て]


その合図と同時に、1と2が閃光俗に言う発音筒スタングレネードを投げ込み、エントリーを開始する。

交戦規定は、見つけ次サーチ・アンド第無力化・デストロイである。

戦闘を行く隊員がエントランスにいる見張りを無力化する。

エントランスを制圧すると、その先のメインルームの更に閃光発音筒を投げ込み、一斉に突入する。

一部の敵は小銃を持ち出していたが、CQBを日頃から訓練している自衛隊のスピードについてこれず、射殺される。

武装していない敵は足を射撃し逃走を阻止する。

メインの部屋はそのひとつだけであり、既にクロウ1の任務は遂行された。

ビルに階段が無いため、残りは屋上からエントリーしているクロウ2の仕事である。


[クロウ1よりネスト、ゴミ漁りが終わった。繰り返すゴミ漁りが終わった]

随分と品のない暗号であるが、最悪意味が分かれば良い。

[クロウ2よりネスト、こちらもゴミ漁りが終わった]


どうやら2の仕事も終わったようだ。

ここまで来れば残りはSATの仕事である。


[ネストよりクロウへ、残りは突入屋SATの仕事だ、総員帰還せよ]


既に部屋に入ってきているSATを残し、各階から自衛隊員が降下し、バンに乗車する。

冒頭からおおよそ20分の話である。


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24年 8/14 8:00:海上自衛隊:さわぎり


海蛇を討伐してから16時間が経過していた。

艦載機によって"洋上"の護衛艦から首都へ向かうところであった。

既にヴァクマー共和国海軍の基地のある、デブレツェン到着していたが、勿論のこと問題が発生していたのだった。

ベルント曰く、深夜には到着しヴァクマー共和国海軍御用達という宿に宿泊し、翌日に首都へ向かうというつもりだったらしい。

だが、そもそも港に入れないという問題が発生したのである。

尖閣の件から海軍技術は最も進んでいて、1900年代最初期と思われているわけだ。

そこで疑問が出てくる。

1900年代最初期に現代の護衛艦や巡視船のサイズの船舶は存在するのか?

答えは部分的にYESである。

この時代の船舶において同等のサイズであるのは、主力艦や重巡洋艦相当の艦艇である。

それらよりも大きい艦艇が6隻同時に停泊できる港など殆ど存在しないかった。

それをどうにか出来ないか800人の叡智を結集し案を出したが、最も現実的なのは沖合に停泊して一夜を過ごすことであった。

実際、住み慣れた護衛艦の中で沖合に居たほうが精神衛生的にもよろしいという結論となったのだ。

そんなことをしている間に、ベルントが海軍の総司令に話を通したらしく、直ぐにでも外交官との会談が持てるとのことだった。


「赤坂さん、ベルントさん!離陸準備が完了しましたので搭乗ください!」


整備士に呼ばれたベルントは、ヘリのダウンウォッシュに放心していた。

帝国も共和国も、ワイバーンのような貧弱な推進力しか経験したことがない。

そんなところに、約3,550馬力の強烈なダウンウォッシュを食らえば、放心状態にもなるだろう。


「あ、ああ。ここに乗ればいいんだよな?」


そう言いながら、席に入る。

どうやら内部の平穏さにも驚愕しているようだが、それを気にせず機体は離陸する。

搭乗者は赤坂と木坂、ベルントに護衛のSBUが3名である。

首都までは歩きで約5日、おおよそ200kmぐらいであろう。

SH-60Jの最高速は276km/hであり、巡航速度でも1時間はかからないだろう。

そんなことを考えていると、さわぎりに別のヘリが着陸・離陸するのが見えた。


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24年 8/14 9:00:ヴァクマー共和国:セゲド 海軍中央指揮所


実に憂鬱であった。

ベルントが海軍の総司令に話を通したとき、その総司令殿がこう言ったらしい。

派遣されてきた艦隊の指揮官と話したい、と。

そんなわけでヘリで駆り出されて来たわけだが、目の前の総司令殿との会話が非常にしにくいのである。

何を考えているのか分からないのだ。

ここまで来た手段を聞いてきたかと思えば、突然艦艇の兵装について聞いてくる。

更に言えば、アルバンといったか、会話の切り口からして優秀な将官であるだろう。

つまりは階級的には上級者なのである。


「水中を走る爆弾にそれを飛ばす機械、それに機械仕掛けの高速飛竜か…

これだけの技術があるのであれば、その他の兵器も素晴らしい物だろうな。

他に何か紹介できる兵器はないのか?」


こんなウキウキなような言動をしているが、表情が一切笑っていないのである。


「既に見られているものは仕方ないですが…一応機密情報ではあるので、これ以上は…」


そう言うと、アルバンが組んでいた足を崩し、立ち上がりながら言う。


「まあ、そういう物だろうな。

わざわざご足労ありがとう。有意義な時間になったよ」


立ち上がると、手を差し出してくる。

どうやら、握手はこの世界でも通用するらしかった。


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ヘリは、予想通り1時間程でヴァクマー共和国の臨時首都であるペーチに到着していた。

情報を把握していなかった首都の防空部隊がスクランブルしてくる些細なトラブルはあったが、平和的に首都へとたどり着いたのである。

ここまで来ると、あとはヴァクマー共和国の外交官をねじ伏せるだけの簡単な仕事である。

そんなことを考えていると、首都の中枢施設であるペーチ宮殿に辿り着く。


「赤坂さん、先に言っておきます。

軍の上位者は比較的聡明な人間が多いですが、政府中枢は家柄だけで成り上がってきた既得権益者も多い。

一筋縄では行かないかもしれません」


その言葉を聞いて少し落胆する。

だが、そんな相手なぞ地球でも大量に相手にしてきた。

それと同じことをするだけだ。

宮殿に入り、廊下を突き進んでいく。

ものの数分で対面する外交官のいる部屋に辿り着く。


「貴国とは剣を交えたくない。幸運を。失礼します」


そんな激励をし、ベルントがその場を離れていく。

ここからは木坂との2人での戦いである。

目の前のドアをノックすると、中から嫌な雰囲気のする声が聞こえる。

どうやら、ベルントのような聡明な人間は来てくれなかったようだ。

そう思いながら部屋に入ると、そこにいたのは如何にも既得権益を極めたであろう男であった。


「失礼致します。この度日本国より会談を行うため派遣されました、赤坂と申します。

こちらは同様に日本国より派遣されました、私の補佐の木坂と申します」


その言葉に何も答えず、椅子の上でふんぞり返っている。


「座れ。俺はアコス。貴様ら下等国家と会談してやるんだ。感謝しろよ」


実に横暴である。

本当にこれが外交官なのか疑うレベルである。


「えー…早速本題に移りたいのですが、単刀直入に申し上げますと、我が国としてはこの会談を機に貴国との国交の樹立を行いたいと考えております」


目の前の男が思考しているようだ。

こんな男に思考するほどの価値のある能力があるのか不明だが。


「ふん、国交ねぇ。国交っちゅーもんは対等な国家同士で結ぶもんだろ。

貴様らとうちの国が対等だとでも思ってるのか?

せいぜい属国が関の山だろう」

そう言い、アコスクソ野郎が笑い飛ばす。

「うちの国の要求はこうだ。

まずあんたらの国の併合、もしくは属国化。

次に国家収入の50%の上納と陸戦兵力の供出だ」


馬鹿げてる。

そうとしか言いようがなかった。

属国化に収入の50%上納、おまけに軍事力の供出なぞ、ただの併合と同じである。

話しにならないし、時間の無駄である。

だが、仕事は平和的に接触と国交設立である。


「それは併合と同意義ではないでしょうか。こちらとしてそれをそうやすやすと受けるとでも思っているのですか?」

机を叩く音が、部屋の中に木霊する。

「ふざけてんのか!?あぁ!?我々は列強国だ!離島の野蛮人共が口答えする権利はねぇだろうが!」


列強でなければ外交する権利もないとでも言っているのだろうか。

それならば、会談など持たずに軍事併合すればいいものを。


「まぁ、落ち着いたらどうでしょうか。あなたと同じく、私も国家の代表として今ここにいるのです。

国を滅ぼせと言われて、はい分かりました。となるわけ無いでしょう」

クソ野郎を宥めるが、怒りは収まっていないらしい。

「……‥貴国は現在、隣のヴァクマー帝国と内戦状態にあると伺っております。

その内戦に対し我が国が軍を派遣し、その活躍次第で処遇を決定する、という条件で如何でしょう」


クソ野郎が顔を歪める。

どうやら、こちらが要求を呑まないのが気に入らないらしい。


「軍の派遣…ねぇ。蛮族共の軍隊なんざあてにもならねぇよ」

「あてにもならないと言うならば、お得意の特攻戦術の駒にでもいたしたらどうでしょうか?」

煽りを込めて言い放つ。

「はっ!自国の国民を特攻させろねぇ。野蛮人が考えそうなことだ」


顔がニヤつく。

どうやらこっちの話に乗ったらしい。

まあ、どうせ特攻隊と属国が増やせるとでも考えているのだろう。

だが、こちらからすれば関係ない。

あとは自衛隊が全てを破壊してしまえばお終いだ。


「いいだろう。その条件で貴様ら下等国家に譲歩してやる」

「その代わりと言ってはなんですが…貴国は農業も盛んだとお聞きしました。

そこで、農作物の方を購入致したいのですが…」


気が変わらぬうちに、要求を投げつける。

及び腰に言ったのが功を奏したのか、クソ野郎が機嫌を良くする。


「……そうか。ならばこちらの言い値で買い取って貰おうか。いいな?」


こちらの勝ちだ。


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24年 8/15 8:00:ヴァクマー共和国:デブレツェン


あの忌々しい会談クソ野郎との交渉が終わったあと、どうやら直ぐに決裁が通ったらしく、ヴァクマー共和国と日本国は仮の関係国交成立を持つに至った。

その報を持って1時間後には、デブレツェン沖に停泊している派遣隊にも情報が届いた。

そこからの話は早かった。

まず連絡役に据えられたベルントがアルバンに直談判し、海軍基地の自由な措置が認められた。

もともと、ベルント指揮下の海防隊ぐらいしか停泊していなかったらしい。

そうなれば施設科の出番である。

持ち込んだ物資とデブレツェン近郊で採取した素材、更に暇な海自隊員を動員し一日にして小規模基地を大型基地に作り変えたのだ。

デブレツェン住民や海防隊員達がなんの騒ぎだと大挙して押し寄せてきたので、施設科の工事現場戦場を見せてやれば大騒ぎになっていたそうだ。

同乗していた研究者は研究者で、SBUの護衛のもと生態系やら地質だの、疫病だのとそこら中で大暴れ調査していた。

既に、本土との連絡のため速力の出るあさぎりが出港している。


「にしても、施設科とやらは素晴らしいな。一日でここまで大規模な海軍基地に生まれ変わらせるとは」


一応、その裏には壮絶な突貫工事があるのだが、直ぐに本土の土木業者が作り直すであろう。

あとは時を待つのみである。


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24年 8/21 10:00:内閣府:危機管理センター


何度も見ている危機管理センターの風景であるが、それが今回は全く持って異なるものとなっていた。

センター内には5名ほどの自衛官が、資料を持ちながら話を進めようとしていた。


「既に帝国の海軍戦力は大損害と言えるほどになっており、制海権は奪取したも同然であります。

そのため、第二護衛隊4隻による護衛の元、帝国の海軍基地が存在する都市近郊に上陸を行います。

これの戦力は水陸機動団より抽出し、後詰めに複数個連隊を派遣いたします。

ただし、現状我が国の補給線維持能力は低いため、大戦力の投入は不可能でしょう」


ヴァクマー帝国との戦争を終わらせるには、本土侵攻が必要だと判断していた内閣府の指示により、自衛隊では既にヴァクマー侵攻計画が練られていた。

最終目標はヴァクマー帝国の降伏無条件かは問わず、そのために必要な権限はいくらでも要求しろという指示であった。

そうとなれば、自衛隊の能力はフルで活かされる。

いくら防衛戦が主体の自衛隊といえど、本土奪還の為の侵攻訓練は積んできていた。

ヴァクマー帝国は平野が多く、更に言えば技術的優位も存在する。

勝利は確実のように見える。

が、それでも周到に用意するのが自衛隊である。


「これで降伏が実現すれば良いですが、おそらくそれはないでしょう。

そのため、上陸後は各地の重要拠点のみを電撃的に占領し、短期決戦を狙います。

現状の陸上自衛隊では、ヴァクマー帝国のような広大な領土を支配するには無理があります。

補給に関しても長期間は維持できないため、短期決戦に持ち込まざる負えないでしょう」

神木がその説明を聞き、苦い顔をする。

「短期決戦というと、太平洋を想起するな……統幕長、勝算はあるのか」


太平洋戦争や対中戦争では、旧軍は短期決戦による戦争終結を軸としていた。

実際、戦争は泥沼化し降伏に至るし、短期決戦でも勝利できたかは未知数である。


「今まで我々は陸空海の統合運用を訓練してきました。

この戦争は我が国の興廃を分けるでしょう。

全自衛隊の全力を持って、半年以内にヴァクマー帝国を粉砕いたします」


その声には確たる信念と意志が宿っていた。

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