第24話 歪なる進化
『報告いたします! ターゲットの確保に失敗! 連中はまっすぐ執務室に向かっております!』
警備員の慌てた声と映像がカダスマに届けられた。耳を疑う報告に、グラスを持つカダスマの手に力が入る。
「なんだと? まだ一時間も経っていないはずだ。なにがあった」
カダスマが問いただす。
『奴らは強すぎます。我々の装備では歯が立ちません!』
警備員の悲鳴に、カダスマはイラついた。わめいてどうにかなるのか? 報告をする時間を使って今できる対応策を考えるべきではないか。怒鳴りつけたい気持ちをこらえ、カダスマは警備員に退路を確保するように指示を出した。
「状況はわかった。動ける人員を二つに分けろ。一つは実験体の足止め。私の秘書とカムノを回す。もう一隊は避難経路の確保だ」
カダスマが手振りで秘書に迎撃に向かうよう指示を出した。それを受け、秘書は一例をして退室した。足止め役の警備隊と合流するために。
「あとはこちらで対処する。追加の指示は追って知らせる。それまで待機していろ」
『し、承知いたしました!』
警備員が言い終わる前に、カダスマは乱暴に通話を終了した。
「どいつもこいつもどうして嫌がる」
カダスマは執務机表面のホロキーパットを叩いた。執務机の隠し棚の蓋が開く。保管していたアンプルを注射器に装填する。それはアンチエイジングのための薬品ではない。肉体を改造したおりに造設した腕の注射点に針を刺す。シャント手術痕にも似ている注射点から薬品がカダスマの体内に流れ込む。
「熱い。筋肉がみなぎる。感覚が研ぎ澄まされる。きもちのわるい感覚だが、仕方ない」全身の血管を浮き上がらせ、カダスマは苦しそうなうめき声を漏らした。
***
「はぁあああ!」
クイーンの見舞ったきりもみ回転キックで、カムノ主席研究員謹製の合成生物が悲鳴を上げて倒れた。
カダスマの秘書が両手のナイフでジャックを切りつける。ジャックは上体を反らして攻撃を避ける。秘書がナイフを一本投擲した。ナイフの狙いは外れて壁に突き刺さる。
ジャックの視線が一瞬投げられたナイフに向く。そこに衝撃を受ける。チクチクとした痛みを感じた。秘書がジャックの腹部にナイフを突き刺していた。投擲したナイフはブラフだった。体重をかけた一撃。普通の人間ならば重傷だ。しかしジャックは普通ではない。彼の肌は生半可な刃物も弾丸も通さない。今回もそうだ。
ジャックの手が乱暴に秘書の背中を掴む。そしてそのままボールかなにかのように投げた。人間とはこうも勢いよく飛んでいくものなのか。見れば誰もがそう思ったことだろう。写真や絵でお見せできないのが残念でならない。
投げ飛ばされた秘書がカダスマの執務室の扉を打ち破りゴールインする。続いてクイーンとジャックのエントリー。
「どうやらここみたいね。他に比べて明らかに浮いたスイートみたいに豪華な部屋。ここで間違いない」
姉弟は施設内の部屋を片っ端から見て回っていた。かなりの時間をかけ、二人はようやくカダスマの根城を発見したのだ。
部屋は名画や名物のレプリカが飾られ、小さな美術館のような空間になっていた。その最奥にはマホガニー材の執務机とゆったりとしたチェアがあった。この部屋の中で机とチェアのみが唯一の本物だった。
チェアの背中がくるりと回った。
「お待たせ。待った? このクソ野郎」
椅子の上でふんぞり返るカダスマに向けて、クイーンが言い放った。
「ああ、待ったとも。何年も何年も待った。だがそれもこれまでだ。もはや君たちの助命はないと思ってもらおう」
カダスマが立ち上がり前に出てきた。
「随分、鍛エ直シタナ……」
近づいてくるカダスマの姿を見たジャックはそうこぼした。
皮膚は筋肉が膨張し若者のハリを取り戻していた。血管が浮き出て、心臓が脈打つのに合わせて力強く血液を全身に行き渡らせていた。
歪な逆三角のボディから生えた腕が近くのダンベルを掴んだ。若々しい肉体を保つために使用されていたダンベル。それももう不要であるというかのようにカダスマは姉弟に向けて投げつけた。
姉弟は向かってくるダンベルを半歩下がり回避した。
「これは一度きりのとっておきの強化だ。二度はない。効果が切れれば、私は命が危うくなるほどに衰弱するだろう。だから、そうなる前に終わらせてやる!」
老人は筋骨隆々となった肉体の力を遺憾なく発揮した。纏っていたローブが床に落ちるのと同時に、老人の飛び蹴りがジャックに命中した。
ジャックは寸前に防御していたためダメージはなかった。だが腕に痺れが残る。老人の蹴りは、戦いとは縁遠い企業の重役が放ったとは思えぬほどに重かった。
カダスマが両足を開き腰を落とした。上半身を捻り握った拳をクイーンにぶつける。
クイーンは自分の体が浮き上がるのを感じた。技術もなにもない動き。それでも彼女の小柄な体を吹き飛ばすには十分すぎた。
「このっ!」
ムチが唸る。カダスマを切り裂かんと蛇が向かう。
「甘いわ!」だが届かない。カダスマが自身の腕を差し出してムチを絡ませた。痛みは感じない。老人の注入した薬品はアドレナリンを過剰に分泌する効果もあった。老人にとっては嬉しい誤算だ。
カダスマはムチの絡まった腕をぐいっと引っ張った。この場では最軽量の体重であるクイーンは耐える暇もなく宙を飛んだ。
クイーンは咄嗟に手を離し回転着地。事なきを得たが武器を失ってしまった。
「今日何度目よ!」
ジャックが攻撃するのに合わせてクイーンも飛び膝蹴りをカダスマの背後から放つ。
しかしカダスマの視界には二人の素早い動きがゆっくりに見えていた。肉体の反応速度も上々。老人は姉弟の同時攻撃を防御した。
「は! ハハハッ! 素晴らしい! 力がみなぎる。神経が研ぎ澄まされる! ヒメコ、君に産ませる体には最初から同じ強化を施すとしよう!」
振り向いたカダスマの拳がクイーンの腹にめり込む。胃液がせりあがり、クイーンはたまらず嘔吐した。
「いかん。薬のせいか、どうも力加減が上手くいかない。注意しなければな」
肉体強化に使用した薬品は、カダスマの精神を害していた。
「君も昔はこんな風に苦労したのか? ジャック」
ジャックは答えない。返答代わりに手刀で切りつける。カダスマの皮膚が裂けた。続いて素早く回って後ろ回し蹴り!
カダスマが大きくよろめいてクイーンとの距離を離した。老人の狙いはクイーンだ。何を狙っているかは知らないが、近づけたくはない。可能な限り目の前の老人をクイーンから遠ざけて戦うべきだとジャックは判断した。
そして老人は目論見通りジャックの誘いにのってきた。
「会話に付き合ってはくれないのか。嫌われたものだ」
<その通りだ。おまえはクイーンを傷つけその尖兵としてこの俺を洗脳して仕向けた。許せるものではない。姉の手は煩わせない。ここで仕留める!>
ジャックは吠えた。一歩も引くわけにいかない。二人の巨体が部屋中を暴れまわる。調度品が割れ、壁や床が傷ついてゆく。
カダスマがジャックに馬乗りになって殴り付ける。重い拳だ。ジャックの口内を血の味が満たす。
拳が振り下ろされる。何度も、何度も、何度も! その威力はコンクリートブロックを叩きつけるに等しい。
「君の、役目は、終わったんだ! 抵抗しなければ痛みを少なく殺してやる! そしてその後は、解剖して全身すみずみ検体行きだ!」
カダスマの拳が再び振り下ろされた。その拳はジャックの額に命中。皮膚が裂けおびただしい出血を起こした。
ジャックの視界は真っ赤に染まる。引き戻される拳に引き寄せられるようにジャックは上半身を起こした。口を大きく開ける。そしてその牙でカダスマの拳に噛みついた。
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