第7話 研究所
現在
麻酔の効果が切れ、クイーンは目を覚ました。白い箱。それが最初の印象だ。上下左右、清潔な白い壁に囲まれている。目の前には透明な壁が立ちふさがっている、四畳半の独房。そこにクイーンはいた。
空調の風がクイーンの背中に当たった。ぞくりとした感覚に、クイーンは勢いよくクシャミをして身を震わせた。そこで初めて、自分が下着のみの恰好になっている事に気づいた。武器も服も、すべて没収されていた。
肌を摩りながら、クイーンは透明な壁に近寄り外の様子を伺った。向かい側にも同じような独房がある。灰色の皮膚をした動物らしき物体が寝そべっている。硬そうな見た目で、サイかゾウのようにも見えた。動物はクイーンの存在に気付いたのか、低音の鳴き声をあげた。それに呼応するように、あちらこちらからも動物の鳴き声が聞こえてきた。
自分と向かいの動物だけでなく他にもいる。クイーンは不安に襲われた。自分は今一人だ。身につけているものといえば安物の下着のみ。身を守る術は限られている。
〈あたしのせいだ。あたしが油断したからこんな事に。ジャック……〉
兄弟は無事だろうか。そのことばかりに考えがいく。苛立ちから透明な壁を叩くがびくともしない。「当然だよね」クイーンは座り込み、部屋の外を見た。監視カメラが天井に設置されていた。レンズはクイーンに向いており、作動していることを示す緑ランプが灯っている。
誰かが見ている。そう思うと、嫌悪感の混じった怒りがこみ上げてきた。クイーンは、監視カメラ越しの誰かに向けて中指を立て、反抗の意思表示をして見せた。
※※※
「大きくなったな、ヒメコ。少しはしたない気もするが、元気一杯なのはいいことだ」
モニターに映るクイーンの姿を、カダスマは愛しそうに撫でた。永遠に喪失したかにおもわれた己を形作る大切なピースが、健康状態良好な様子に育ち姿を現したのだ。喜ばずにはいられない。
「ずいぶんと上機嫌ですなあ。ご老体」
苦いだけのコーヒーを啜りながら、メガネをかけたコモド博士は、笑うカダスマに冷ややかな視線を向ける。
「ああ、嬉しい。とてもとても嬉しい。若く強靭な体。命の宮殿。あと少しで手の中へ、わたしの元へ」カダスマが口角を吊り上げる。真っ白でしわ一つない皮膚の端が醜く歪む。
「襲撃者を捕らえたというのは本当か!」
肩を怒らせ、怒号と共にタカミ所長が部屋に入室してきた。
「ああ、耳が早いな。ちょうど今、招集をかけようとしていたところだ。見てくれ」
カダスマは手元のスイッチを操作して、映像をモニターからホログラム投影に切り替えた。青白い腕を上げ、映像の中のクイーンを、タカミと遅れてやってきたカムノ主席研究員に指し示した。
「彼女は……」
「やはりそうだったか!」
張り上げたタカミの声が、カダスマの言葉を遮った。
「ちょっと、自分だけ理解した風なのやめてよ。誰なのよ一体」カムノが抗議の声を上げる。
「見てわからないのか。それなら、これでどうだ!」
タカミは手首のリストバンド型スマートデバイスを操作。映像内のクイーンの顔が切り取られ、その横に少女の顔が並ぶ。コンピューターにコマンドが入力され、画像診断が実行された。ホログラムの少女の頭部は年数のカウントが進むにつれ成長していき、そしてある地点で加齢が停止。そして映像の中の顔と重なった。ビンゴ! 一致率99.8パーセントだ!
「あら、あらあらあら、ヒメコちゃんじゃない。生きていたのね」
カムノの驚く声に、タカミは得意げになった。
「そうとも、我々を脅かしていた存在。自分たち自身が生み出した存在だったのだ。そして、カダスマさん。あんた前からこの事を知っていて黙っていただろ」
「そんな事はないが、なぜ聞く?」
まるで身に覚えがないといった態度をとるカダスマに、タカミが食って掛かる。
「この数ヶ月、あまりにも進展がないので、個人的に調査部に依頼を出した。そしたら言われたよ。会合のあった二日前にあんたの秘書から依頼された調査を完了していたと。ありがたいことにファイルもその場で閲覧させてくれた。そして写真を一目見てすぐに気づいた。生体部品を製造する際に刻むシリアルナンバーが、この娘の網膜にもあることを、この目ではっきりとな!」
映像がズームアップ、網膜がスキャンされる。目を凝らさねば気づかないほどの細かい数字の羅列が浮き上がった。
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