第2話 月影の谷への道 ~失われた故郷の記憶~
月明かりの下、青霜とリュオンの旅が始まった。青霜はリュオンから借りた古い外套を羽織り、リュオンは杖を手に、静かな夜道を歩く。白い狐の面は、青霜の腰で静かに揺れていた。
「月影の谷は、この地図の示す方角にある。だが、長い道のりになるじゃろう……」
リュオンは地図を広げながら言った。地図は古く、所々破れているが、辛うじて道筋を読み取ることができる。
「道中、危険な場所もあるかもしれん。気を付けて進もう……」
二人は言葉少なに歩き続けた。夜が明け、太陽が昇ると、周囲の景色が徐々に明らかになってきた。緑豊かな森、険しい山々、そして、遠くに見える雪を抱いた山脈。
「美しい……」
青霜は思わず呟いた。後宮では見ることのできなかった、雄大な自然の景色が、彼女の心を癒していく。
「ああ、自然は偉大じゃ。そして、時に残酷でもある……」
リュオンは遠くの山々を見つめながら言った。その言葉には、深い意味が込められているように聞こえた。
旅の途中、二人は小さな村に立ち寄った。村人たちは親切で、二人に食事と宿を提供してくれた。村の長老は、リュオンを見て驚いた。
「リュオン殿!? まさか、こんなところでお会いするとは……」
長老はリュオンと旧知の仲だった。二人は昔話に花を咲かせ、青霜は静かにその様子を見ていた。
夜になり、青霜は一人、村の外に出て、月を見上げていた。故郷の月も、今見ている月と同じだろうか。遠い故郷を思い、少しだけ心が締め付けられた。
その時、背後から声が聞こえた。
「お嬢さん、何を考えているの?」
振り返ると、村の若い娘が立っていた。彼女は青霜に優しく微笑みかけた。
「故郷のことを考えていました……」
青霜は正直に答えた。娘は少し悲しそうな顔をした。
「私も故郷を離れてここに来たの。寂しいよね……」
二人はしばらくの間、故郷について語り合った。娘の言葉は、青霜の心に深く響いた。故郷を離れた人の気持ちは、同じように故郷を想う人にしか分からないのかもしれない。
翌朝、青霜とリュオンは村を出発した。長老と村人たちは、二人の旅の安全を祈ってくれた。
旅を続けるうちに、周囲の景色は徐々に険しくなってきた。山道は険しくなり、森は深くなっていった。
ある日、二人は深い森の中で道に迷ってしまった。あたりは暗くなり、獣の咆哮が聞こえてくる。
「まずいな……日が暮れてしまった……」
リュオンは焦った様子で言った。このままでは、野宿を余儀なくされる。
その時、青霜は腰に下げていた白い狐の面を見た。面は、微かに光を放っているように見えた。
「もしかして……」
青霜は面を手に取り、周囲を見回した。すると、面の光が特定の方向を指し示していることに気づいた。
「リュオンさん、こっちです!」
青霜は面の指し示す方向へ走り出した。リュオンも後を追う。
しばらく走ると、開けた場所に出た。そこには、小さな洞窟があった。
「助かった……今夜はここで一夜を明かそう……」
二人は洞窟の中で火を焚き、暖を取った。疲労困憊だった二人は、すぐに眠りについた。
夜中、青霜はうなされていた。夢の中で、後宮での出来事が蘇ってきたのだ。蘭雪の悲しげな顔、そして、自分の無力さ。
「うっ……」
青霜は飛び起きた。汗びっしょりだった。
「……大丈夫か?」
リュオンが心配そうに青霜を見ていた。
「夢を見ていました……嫌な夢を……」
青霜は震える声で言った。リュオンは青霜の肩に手を置いた。
「辛い過去かも知れんが、乗り越えなければならん。お前さんには、進むべき道がある……」
リュオンの言葉に、青霜は頷いた。過去に囚われていてはいけない。前に進まなければ。
翌朝、二人は再び旅立った。白い狐の面は、相変わらず青霜の旅路を見守っていた。そして、青霜の心には、故郷への想いとともに、前に進む強い意志が宿っていた。
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