第15-1話「酒蔵、作ってみようかのぅ」
「さて……新しい街での暮らしも、そう悪くはないのう」
ネイマンは、いつものようにバイスを預けた倉庫から出て、大通りへ足を運んでいた。
先日、商工会長のリシュモンドから商業権を得て、この街でも“ネイマン酒”を卸す準備が始まったばかり。ただ、卸す量が多くなると、ネイマンの旅先醸造だけでは追いつかなくなる。
今までのように亜空間へ仕込んでおくだけでは限界があるわい。
「よし……そろそろ本腰を入れて、酒造りの拠点を作らんとのう」
そう呟いてから、少しだけわしの胸が高鳴った。
酒蔵――それは、わしがずっと思い描いていた一つの夢でもある。旅がメインじゃが、この街ほど活気があれば、正式な醸造施設を構えて量産に挑戦してみる価値があるじゃろう。
とはいえ、土地の手配やら従業員の雇用やら、やるべきことは山積みだ。まだ資金に余裕があるわけでもない。
「ゲルムントでの定期収入もあるし、商工会長も力を貸してくれるかもしれんが……甘えっぱなしも良くない。わし自身、もう少し金を稼がんと」
わしは頭を掻きながら、リシュモンドに相談すべく、また商工会館へと足を向ける。
今日はさっそく彼らと“酒蔵建設”の可能性について打ち合わせしようという段取りじゃ。
新しい街で“ネイマン酒蔵1号店”を開く――わしの旅における大きな転機が、いま幕を開けようとしている。
「ネイマンさん、お待ちしておりました!」
商工会館の玄関ホールに入るなり、リシュモンドがにこやかな笑みで出迎えてくれた。周囲には書類を抱えた秘書や部下らしき人々がおり、忙しい雰囲気が伝わってくる。
わしは軽く会釈をし、さっそく本題に入る。
「実はのう、わし……この街に“酒蔵”を作ってみようかと思っておる。量産するには、やはり正式な施設が必要じゃからのう」
「おお、それは素晴らしい。まさに我々が期待していた展開です! ぜひお手伝いしたいところですが、土地や資材の確保には相応の資金が必要でしょう。そのあたりは大丈夫ですか?」
リシュモンドの問いに、わしは苦笑いを浮かべる。
「いや、まだまだ資金が足りんのじゃ。わしが持っとる蓄えと、ゲルムントからの定期収入だけじゃ大きな工房を作るには不足しそうでの。……まずは稼がねばならんわい」
「なるほど。それなら、わたしからいくつか商売の“仕掛け”を提案しましょう。ネイマン酒の評判をさらに高め、高値で売れる場面を作れば、資金調達がはかどりますからね」
さすがは商工会長。話が早い。
リシュモンドは秘書を呼び、一枚の地図をテーブルに広げる。そこには街の各エリアと、近隣の交易ルートが描かれていた。
「この街にはいくつか大きなイベントや市場が定期的に開かれます。そこに出店していただき、試飲会や限定販売を行えば、かなりの利益が見込めるかもしれません」
「ふむ……わし一人の行商では限界があるが、商工会がバックにあるなら、規模を大きくできるかのう」
話が弾むうち、リシュモンドはわしの肩をぽんと叩き、「具体的にはいくつかの案があるんです」と続けた。
彼が示す最初のプランは“定期市への出店”。さらには街の大きな“お祭り”にも特設ブースが設けられ、それを商工会が優先的に手配してくれるという。
それから高級志向の客向けに限定ボトルを売り出すなど、実に多彩な販売チャネルがあるらしい。
「いやあ、助かるわい。これなら短期間で資金を貯められそうじゃ」
「ただ、ネイマンさんが一人で対応するのは難しいでしょう。あらかじめ信頼できる従業員を雇っておくべきです。量産も視野に入れるなら、人手の確保が急務ですからね」
わしはうんうんと唸る。
確かに、いまのわしは醸造のほとんどを自分でやっとる。樽洗いから瓶詰めまで、一人でやるには手が足りなすぎるわい。
従業員を雇って“ネイマン酒”の作り方を教え、わしがいなくとも酒造りが回るようにせんと、酒蔵を作る意味も半減してしまう。
「なるほどのう。まずは、やる気があって真面目な人材を探さねばならんか。そちらは、リシュモンドの知り合いにも聞いてもらえんかの? わしも酒作りの内容を知られすぎるのは怖いが、信用できるなら問題ない」
「もちろん、わたしも推薦できる人材は何人かいます。ネタマンさんの言う通りで、“酒造り”という特殊な技術を学んでもらうには、それなりの信頼関係が必要ですね。そこはお任せください。誠実な人材を探してみましょう!」
そうして、わしとリシュモンドの“大まかな方針”が固まった。
1. この街のイベントや市場で大きな収益を狙いつつ、酒蔵を建てるための資金を短期で貯める。
2. 並行して、信頼できる従業員候補を探し、醸造技術を伝えられる体制を整える。
3. 醸造所(酒蔵)を建てる場所や許可申請を進める。
「やることが多いのう……ま、わしも忙しいほうが性に合うかもしれんが。ハハッ」
リシュモンドと打ち合わせを終えた後、わしはさっそく“第一の稼ぎ場”である市場へ足を運ぶことにした。商工会の紹介で、定期市の一角に出店スペースを確保できたのじゃ。
さほど広くはないが、ネイマン酒を試飲販売するには十分なブースじゃろう。訪れる客は地元の住民だけでなく、旅の冒険者、ほかの商人など多彩らしい。
「さあ、皆寄ってくれ! 珍しい香りの“ネイマン酒”じゃよ。試飲は無料、買うのは自己責任じゃが、美味さは保証するぞ!」
わしの呼びかけに、人だかりができ始める。特に珍しいもの好きな青年や、酒好きのご老人が目を輝かせて近づいてくる。
これまで幾度となく試飲会を開いてきたが、この街では初お披露目。期待と緊張がないまぜじゃが、客の反応は上々のようだ。
「なにこれ、すっごく香りが高い……!」
「甘いけどコクがある……こんな酒、初めて飲んだ!」
「おお、これは良い。旅の土産に何本か買って帰るぞ!」
一度飲んだ客が、その場で追加購入していくケースも多く、短時間で在庫がぐんと減っていく。商工会が用意してくれた木箱も、みるみる空になる。
わしは笑みを浮かべながら丁寧に対応し、客との会話を楽しむ。すると、隣の出店でアクセサリーを売っている女性商人から「あなた、すごいわねぇ」と声をかけられる。
「こんな短時間で一気に客を集めるなんて……噂の“ネイマン酒”ね。うちの店が霞んでしまうわ」
「いやいや、お宅のアクセサリーも綺麗じゃのう。酒と一緒に贈り物にすれば、プレゼントには最適かもしれんぞ?」
「なるほど……コラボしましょうか、フフッ」
思わぬ連携も生まれそうな気配。こういうのが商売の面白さじゃよな。
定期市が終わるころには、わしの懐は銀貨でかなり重くなっていた。久々に稼いだ実感があるのう。
「資金は少しずつ貯められそうじゃが、問題はやはり“人材”じゃのう」
定期市で好調な売上を得た翌日、わしは商工会館へ出向く前に、街の小道を散策していた。人通りが多い大通りから外れ、庶民の生活感が漂うエリアへと足を進める。ここで勤勉で実直な人材を探せるかもしれん。
リシュモンドからは「数人ほど、紹介したい候補者がいる」とは言われているが、わしとしても“じかに街の雰囲気を知りたい”思いがあった。どんなところに住んで、どんな仕事をしている連中が多いのか……。
「……ん? なんだ、あれは。妙に騒がしいのう」
裏通りの一角に、行列というか人だかりができている。どうやら職人を募集する掲示が出ているらしく、そこに多くの若者たちが集まっている。
鍛冶屋か織物工房か、どちらにせよ街には職を求める人が多いのかもしれん。わしは興味本位で近づくが、すると突然、誰かの怒鳴り声が響いた。
「くそっ、店主め……紹介状がない奴は門前払いだと? ふざけるな!」
「しょうがないよ。職に就きたいなら誰かの推薦がいるんだってさ……」
若者たちが不満そうに顔を寄せ合っている。どうやら無所属の求職者には厳しい制度らしい。
わしは心の中で「この街の商工組合はしっかりしてるが、逆にいえば“門外漢”には敷居が高いのか」と感じる。
つまり、わしが雇いたい人材も、似たような事情で仕事が見つからず困っている有能な人がいるかもしれん、ということじゃ。
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