第17話・呪武

 リヒトは揺れる荷台から、御者に言った。

「もう少し、なんとかならんのか」

 隣で魔王ゾルグの魂が抜け去った一体のリザードマン。成体とほとんど変わらない大きさ。この中に勇者バルスの魂が眠っている、ライオットはにわかに信じられなかった。

「なぁ、青年。バルスの噂は耳にしたことがあるのか?」

「ええ、学校で習いますから」

「あぁ、立身出世物語としてだな」

 リヒトは荷台の縁を掴み、揺れる馬車でバランスを取っていた。


「そうではありません。俺たちは勇者バルスを正義の使者としては習っていません。彼は、殺戮者。殺さなくていい命を奪った愚かな男として、習うんです」

「あぁ、お前そうか。エルフか。リネーリア法科大だな」

 リネーリア法科大、魔法を科学として学ぶエルフ屈指の教育機関。ライオットは、リヒトの鼻が利くことに少し驚いた。


「そうです。リヒトさんの前では隠しきれませんね」

「最近は外見でエルフとわからなくなっちまったからな。耳長、面長、切れ長の眼、長三拍子だったんだが。ハーフエルフが当たり前に産まれているからな」

「はい、僕もハーフエルフです。母が人間で、父が…」

「リブイング・ブレイドだな。第二回エルフ調査団、団長」

 馬車が揺れる。リヒトの住むグランド・コフからオーギュスター公国までは半日はかかる。馬車を走らせても、翌朝にしかつかない。夜道の馬車は危険だが、道中には宿屋などない。リヒトは御者に野営の準備をするよう指示した。

「どうしてそれを?」

 ライオットの驚きの眼差しを予見していたかのように、見透かした表情でリヒトが火起こしの準備を始めた。


「その三叉の槍、そりゃぁ忌み武器だ。穢れしか手にできない。というか、呪いにとりこまれちまうからな」

「だけど、どうして?」

 ライオットは要領を得ていない。

「あのリザードマン、たしかに魔王ゾルグだった。その三叉の槍はなぁ、魔物たちの呪いがしみ込みすぎて、魔王クラスじゃないと手にできないんだ」

 リヒトは御者が集めてきた小枝を受け取り、背丈の半分程度の山状に組み上げ、大火の魔法で火をつけた。


「それがどうして、俺の父がそのリブイング・ブレイドだって、思うんですか?」

「三叉の槍は、エルフの鍛冶屋ダダィとデディ兄弟が作ったものだ。エルフの聖印って言ってな、ほらそこ、槍の切っ先に小さく刻印されてるだろ。そこに、殺した魔物たちの怨念が吸収されていくように仕掛けられている。殺せば殺すほどに、武器の性能は向上するってわけだ。だがな、手にするものにもその呪いは伝播する。穢れだ。魔王ゾルグほどの魂を持つものなら、無効化できるだろうが。勇者レベル、バルスぐらいならダメだな。呪いに取り込まれちまう」

「それとどういう関係が」

「いいから、聞きな、青年」

 リヒトは火にあたりながら続けた。

「そのダダィとデディが切っ先に刻んだ聖印はエルフの血脈を認識する。持ち主を呪わせないためだな。初代の所有者、リブイング・ブレイドが第二次エルフ調査団で、バルス暗殺に失敗したあと、つまりバルスの返り討ちにあったあと、ジェムがそれを研究するといってな、持ち帰った。ジェムもそれには相当手を焼いたらしく、リブイング・ブレイドの血脈以外の者が手にすると、呪いで穢れることまでしかわからなかったってわけだ」

「だから、僕がそのリブイング・ブレイドの子だと?」

「そうだ。青年は、第五次エルフ調査団の団長だな。おそらく、仲間にいたワシの姪、セイレンとつながりがあるということだな」


 リヒトは剣を置いた。ライオットは戦闘の意思がないと、リヒトの意思を感じ取った。

「剣聖にして賢者リヒトと言われるだけありますね。その洞察力と観察力、おみそれいたしました」

 ライオットは三叉の槍の切っ先に印された聖印をじっと見た。

「私の名前はライオット・ブレイド。第二次エルフ調査団団長の息子です。いまは、第五次エルフ調査団に属していますが、副団長です」

「目的は?第五次エルフ調査団なんて、バルスはとうに勇者を引退してたんだぞ。実質勇者不在、あいつを捕獲するなり暗殺するなり意味があるのか?」

 リヒトが核心を突いた。御者は姿を消して闇に紛れた。何かあれば、ライオットの首を落とすぐらいの殺気だけは残していた。

「まず、我々のオーナーはアシュフォード家およびアシュフォード王国によるものではありません。エルフはアシュフォード家への借りを返しています」

「借り?」

「ええ、リヒトさんもご存じのはず。話を戻します。私たち第五次エルフ調査団のオーナーはオーギュスター公国・オーギュスター・スン国王です」


「やはり」

 リヒトの眉が上がる。パチパチと焚火が音を立てる。殺気は変わらず、ライオットのまわりに音もたてずに絡みついている。

「目的は、魔王ゾルグの復活」

 リヒトが剣に手をかけようと体を半回転させる。闇の中からの殺気が気配をあらわした。御者はダガーのような小刀を両手に持ち、一気にライオットの背後を支配した。

「落ち着いてください。リヒトさん、と御者の方」

 ライオットは続けた。

「魔王ゾルグの復活は、アシュフォード王国に対抗するためのもの。このままでは、人類も魔物も、アシュフォード家に滅ぼされてしまいます」

 ライオットは片膝をつき、王に謁見するかのごとく姿勢でリヒトに対峙した。


「ジ・連の結界か」


 リヒトがそう言うと、御者に合図しライオットへの殺気を解かせた。

 周囲の木々が風で擦れ、音を立てる。こういうときは、アンデッド系の魔物が現れやすい。

「五百、といったところでしょうか」

「あぁ」

 リヒトがそう言うと、ライオットは

「私が三百、リヒトさんが二百、御者さんが百でいかがですか?」

「生意気な青年だな」

 リヒトは鞘から剣をすうぅっと流れるように抜き、ノーモーションで振り抜く。隙が無い剣聖の動き。御者は簡易詠唱を始めた。

 ライオットが三叉の槍を片手で軽々と持ち、振り上げ、横一閃に薙いだ。

 悲鳴のようなおそろしい音。声ではない、音だ。

「呪いの歌か。厄介な」

 リヒトがそう言うと、周囲を取り囲むアンデッドたちがライオットたちに襲い掛かった。

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