第13話・執着
収穫された小麦を脱穀し、乾燥させる。最も神経を尖らせる工程であり、最も喜びの工程である。ギャザリンはバルスとライオットを見送ることなく、自身のルーティンに追われていた。敢えて見送らなかったのだ。自分たちをアンデッドという状況に追いやった勇者。ギャザリンにとって殺戮者であるという意識は変わりなかった。
「ギャザ、ここにいたのか」
「ルイ様。何用で」
「そっけないな、バルスと会ってどうだった?」
「底の見えない男ですね、相変わらず」
「まぁ、リザードマンだからな。瞳が細すぎて怖いけどな」
ルイは脇腹を抑えて、笑った。
「ギャザが第四次エルフ調査旅団、セイレンが第三次とはな。知ってたのか?」
ルイは収穫が終わった麦畑に腰かけた。
「はい、同じ感覚がしました。ルイ様にも似た」
「私のことを話そう」
ルイはギャザリンの手を取った。ギャザリンの骨と腐り落ちかけの肉体は、ローブに練り込まれた魔力で生前の姿を保っている。ルイは続けた。
「私は、第一次エルフ調査旅団、団長だ」
憑き物が落ちたように、スッキリした表情でルイは独白した。麦畑の周りをコガラが飛ぶ。
「ハハハ」
ギャザリンが脇腹を抑えて笑った。
「何がおかしい」
「いえ、私たち第四次エルフ調査旅団は、それまでの先人の功績は魔法学院で学びます。だから、セイレンもルイ様のことは、学院で教わりました」
「そうか、第一次だったからそういうことは知らなかったな」
ルイがバツの悪そうな顔で、ギャザリンの手を握りしめた。
「我々エルフはバルス・テイトに翻弄され続けてきました」
ルイ・ドゥマゲッティたち第一次エルフ調査旅団は、数百年ぶりに復活した魔王を討伐することが目的だった。途中魔王直下の精鋭ゴーレム部隊との遭遇により全滅させられ、命からがら生き残ったルイは責任を取り調査旅団を退団。
ルイは魔王討伐の志を秘めつつ、百年近い時を経てバルスのパーティーに加わったとされている。
「バルスを愛した、それだけのこと」
ルイは落ちる陽が稜線と重なるのをじっと眺めながら言った。その横顔には笑みが見えたが、ギャザリンはそっと目を逸らした。
「ただ、気になることが」
ギャザリンは続けた。
「あのリザードマンの中にいるバルス・テイトは、私たちが追いかけたバルス・テイトなのでしょうか?」
ルイは黙っている。
「私の部下は、バルスの匂いがすると山のふもとで出会ったときに、感じ取ったようですが、私にはどうも。同じ匂いに感じられないのです」
「それなら、本物のバルスはどこにいると思う?」
ルイは敢えて、ギャザリンに問うた。薄明るい空が広がり、コガラの群れが逃げるように飛び去る。
ギャザリンはルイの耳元で囁いた。口元を隠し、細心の注意を払う。
「あの眠っている方、リザードマンの魂、あれこそがバルス・テイトなのではと思うのです」
「ギャザ、それは私も思っていたことだよ。そんなことができるのか、わからんが。だが、だとしたら、セイレンが導いたということか」
ギャザリンは頷いた。
――バルス・テイトの魂を強制的にライオットの魂とともに蘇生させたセイレン。ライオットと魂の癒着による同化を恐れ、リザードマンに魂を移したバルス・テイト。そうなのだ、疑問があったのだ。リザードマンと魂の同化は起こらないのかということ。魂のカタチが近いと、魂同士で癒着が起きる。机上で学んだ事だから、ギャザリンは観たことはない。ルイも同じだ。
リザードマンの子となら、魂の癒着は起こらないと考えたのだろうか、ギャザリンはバルスの立ち振る舞いを思い出していた。――
「バルスと話したが、確かにリザードマンの魂にバルスを感じた。だとしたら、セイレンは【誰の魂】をバルス・テイトと称して、ライオットとともに蘇生させたのか、という疑問が残るが」
ルイは不満そうに言った。
「第二次エルフ調査団の隊長をご存じですか?」
ギャザリンはルイに尋ねた。
「私の後任、たしか名はリブイング・ブレイド。第一次から漏れた男だな。エルフであるのに武術も極めたと。だが、その思想に問題があったと」
ルイはギャザリンから一つのメモを受け取った。
第一次エルフ調査旅団:
団長:ルイ・ドゥマゲッティ
目的:魔王の討伐
勅命:スレイ・アシュフォード国王(ジレン・アシュフォードの祖父)
第二次エルフ調査団:
団長:リブイング・ブレイド
目的:勇者バルス・テイトの暗殺
勅命:スレイ・アシュフォード国王
第三次エルフ調査旅団
団長:セイレン・スタンウェイ
目的:勇者バルス・テイトの捕獲
勅命:ドレル・アシュフォード国王(ジレン・アシュフォードの父)
第四次エルフ調査旅団
団長:ギャザリン・ダルトン
目的:勇者バルス・テイトの捕獲
勅命:ジレン・アシュフォード王国
エルフが一介の人間である国王の勅命を請ける、その理由は調査旅団には知らされていない。団長であってもだ。エルフがアシュフォード家になんらかの弱みを握られていると、まことしやかに言われている。
ルイは常々疑問に思っていた。アシュフォード家がここまで三代に渡って、執拗にバルス・テイトを追ったこと。第二次調査旅団ではスレイ・アシュフォードにより、調査目的がバルスの暗殺だったこと。いきなりの暗殺。しかも勇者を。以降、再び捕獲に代わったこと。その変遷はなぜなのか。
第一次調査旅団は魔王討伐であった。だが、第二次調査旅団以降は魔王討伐にあたっていたはずのバルスを暗殺や捕獲しようとした。これも疑問だった。そして、なによりバルスの命が長すぎることも疑問だった。
エルフは長寿なら七百歳ほど生きるが、最近の平均寿命は三百歳。人間はせいぜい百歳だ。バルスが人間だとして、祖父・祖母・父・子とアシュフォードの王座は在位三十年ほど、ジレン・アシュフォード国王はまだ現役だ。第二次調査旅団が派遣されてから、九十年は過ぎている。バルスの実年齢を考えると、百二十歳ぐらいだろう。そしてまだ若々しく、身体も動く。
ルイは自身が調査旅団を退団後、バルスのパーティーに拾われた時、バルスは二十代にしか思えなかった。エルフ特有の人間との寿命格差による“若さ”の感じ方ではなく、単純に若いと思えたのだ。
――ハーフエルフ、まさかな。ルイの中にバルスへの疑念が残る。勇者と名乗るものは、人間種でなくてはならないとされているからだ。――
魔王を討伐したのは、剣聖リヒトであるがそのパーティーのリーダーはバルス。魔王討伐ができたのは、ギャザリンが団長を務めた第四次調査旅団の派遣時だった。そこでも調査旅団は、魔王討伐の命を受けたバルスを支えることなく、バルスの捕獲を目的とした。
なぜか、そのあたりの真相は調査旅団を束ねていた、ギャザリンにもわからないだろう。ルイは考えるほどに虚しく息を吐き出す。
「もし、あのリザードマンの魂が本物のバルスだとしたら、いまバルスと名乗っているあの男は誰なのか。そしてそれは何のためなのか、といったところだな」
ルイは言った。
「そうですね、そしてなぜ殺されたんでしょうね。剣聖ほどではないにしても、そうやすやすと殺せる相手でもありませんし」
ギャザリンはそう言って、立ち上がるとルイの手をとりを城内へと歩いて行った。
「あぁ、あの男は強いからな。剣聖リヒトより弱いと思っている者も多いが、その力こそ底が全く見えんからな」
バルスとライオットは一路剣聖リヒトの住む東の国へと向かっていた。道中には、あのゴーレムたちの巣があった。魔王亡きあとも、その精鋭部隊たちは解散することなく、自身の勢力を拡大していた。バルスの義父、東の国・オーギュスター公国オーギュスター・スン国王の悩みのタネでもあった。
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