第10話・再会

 デレク山山頂に、それは質素な丸太小屋が軒を連ねていた。ひときわ大きい建物がルイの居城であった。丸太小屋とは違い、石造りの城は城門も備え、さながら地方国主を凌ぐ城構えであった。

 

 山頂をアンデッドたちで開拓し、階段のような小麦畑は、収穫時を迎えていた。畑の周りには、ふたたび肉体の「肉」を失い白骨化したアンデッドたちが小麦の狩り入れに精をだしていた。死んだモンスターたちを使役している、ネクロマンサーであるルイへの忠誠心は高い。狩り入れた小麦は精製され、パン生地として練り上げられる。階段状の小麦畑の最上段で、横一列で並ぶ窯にパン生地を入れ込み、焼かれる。そのパンの香ばしいにおいは、山のふもとまで届きそうであった。

 

ライオット、バルス、セイレンはルイの城、客間のベッドで目が覚めた。三人ともパンの香りに反応した。

「なんだ、この旨そうなにおいは」

「パンですよ」

 バルスのマヌケな問いに、ライオットは答えた。ライオットはずいぶん前に目を覚ましていた。耳に入れていた小石が当たって、目を覚ましたのだ。セイレンはいびきをかいて寝ていたが、自分の巨大ないびきでバルスよりも早く目を覚ましたようだった。

「ここは、ルイの城…なのね」

「なのね、じゃないよ。あのまま戦闘に入っていたら、俺たち全滅だったんだよ」

 ふもとで自分たちを取り囲んだあのリーダー格のアンデッドが客間に入って来た。


「バルス、目覚めましたか」

 そのリーダーは自分の名をギャザリン・ダルトンと言った。

「聴きたいことはたくさんあるが、どうやら僕のことを知っているみたいだけど、あなたは誰なんだ?」

「お忘れですか、私はあなたにパーティーを全滅させられたエルフの一団。そのリーダーを務めていました」

 バルスは思い出そうと記憶をたどろうとしたが、諦めた。なんせ、リザードマンの身体を間借りしている。身体能力はリザードマンそのもの。さっき「笑い」から睡眠へと落ちたのは、リザードマンの聴覚の良さが災いしてのことだ。同じく、記憶を司る前頭葉、リザードマンは格別に小さい。リザードマンは鳥類のモンスターよりも記憶力が低いと言われている。


 思い出せない、バルスはそう言うと、ギャザリンが話し始めた。

「私はエルフ十二法師の一人。魔王討伐に派遣されました。東の国の王からも、討伐勅命を賜ったのです。道中、魔法を中心とする部隊は先制攻撃を主とし、魔王まであと一歩のところに差し掛かっていたのです」

 ギャザリンのローブの袖から白骨化した腕が見える。骨だけでどうやって肉体がつながっているのか、ライオットはギャザリンの話が頭に入ってこなかった。

「目の前で、キメラ五体に取り囲まれ窮地のパーティーを発見しました。それがバルス、あなたたちです。ガル・ハン、ルイ様の三名では無謀な戦いかと思い、我々は助太刀を。ですが、あろうことかバルスあなたは私たちに錠前の封マ・ドルチェをかけたのです」

「え?なんで、そんなことを。錠前の封って、なかなか解けないんじゃないの?」

 セイレンはそう言うと、髪留めを口に咥えながら、手際よく乱れた髪を結んだ。

「あぁ、それか。思い出した、この小さい脳で思い出せた。それは、キメラはマジックシールドを発動してた。エルフはパワープレイが多いから、マジックシールドを魔法火力で粉砕しがちなんだけど。あのキメラはルイもガルも、僕も魔法は通じなかった。むしろ、跳ね返されて、ルイとガルは瀕死だった」


 バルスはベッドに腰かけながら、ギャザリンに言った。

「だからって、錠前の封って。言えばわかるでしょう。こっちは、四人パーティーで、三人がなすすべもなく死に、私もキメラに速攻で倒されましたから」

 ギャザリンは恨めしそうに、三年ぶりの不満をぶつけた。

「だが、あのまま君たちが魔力で強引に突破しようとすれば、キメラに魔法は弾かれ、瀕死のガルとルイは即死し、もちろん君たちも死ぬ。僕は魔法耐性があるから弾かれた魔法でどうこうなるわけではなかったけど、一人で五体のキメラは難しい」

「だから、だから私たちに錠前の封を」

「そうだね。それが最善だと思ったから。あの頃は」

 死んだ仲間とギャザリンはルイによって不死の魂として操術され、アンデッドとして甦った。せめてものの、ルイの詫びだったのだろう、とライオットは考えた。

 客人の間の開いたままの扉から、すっと美しい生足が見える。


「その辺にしておいたら。ギャザリン」

 ルイが現れた。はじけそうな胸を抑えつけるワンピースドレスは、太ももからスリットが入っている。褐色の太ももと真っ白なドレスのコントラストが強い。

「ルイ様。私ったら、口が過ぎたようで」

 ギャザリンは片膝をついて拝礼した。大理石の床は冷たく硬く、ギャザリンの膝の骨がカチッと当たる音がした。

「バルス、久しぶりね。三年ぶりぐらいかしら」

「ルイ、生きてたんだね」

「生きてるに決まってるでしょ。私はあなたに捨てられてから、その恨みを晴らすことだけを生きがいにしてきたんだから」

 いきなりの修羅場だ、ライオットはセイレンを見た。気まずそうに結んだ髪を解いては結わえている。この場から離れたいのは、セイレンも同じようだった。

「あなたに捨てられた理由、聴いてなかったわ。東の国の王女と結婚するためなんて、バルスらしくもない。そんな理由じゃ私納得できないから」

 ルイの怒りがいきなり頂点に達したように見えるが、これは三年越しの怒りだと誰が見てもわかった。だが、バルスは悪びれもしていない。

「わかった、僕がルイを捨てて東の国の王女と結婚した理由を説明するよ。悪いがルイと二人だけにしてくれないか」

 バルスがそう言うと、ギャザリンに促されるようにライオットとセイレンは一緒に客間を出た。


 ルイはバルスの隣に腰かけた。殺気にも似た憎悪の念を感じる。リザードマンは相手の感情に敏感だ。言葉の数が少ない分、感情を感じるセンサー・器官が発達している。相手が怒っているのか、悲しんでいるのか、そういうものは表情からもくみ取れる。それ以上に相手の心情を理解できる、テレパス・相手の心を透視するかのような感覚。バルスはリザードマンの身体に魂を移動させてから言葉にできないこの不思議な感覚をようやく理解できるようになってきた。ルイの憎しみは殻のようなものだ。その内側には、愛情のようなものが見えている。バルスは静かにルイに話し始めた。三年前の顛末を。そして、自身が誰に、なんのために殺害されたのかという仮説も。

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