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第1話・プロローグ・東の国の勇者、バルス・テイトが死んだ

 東の勇者が死んだ。エイム・リバウムを詠唱できるものがおらず、蘇生も叶わなかったらしい。自然死したのか、殺されたのかはっきりとした情報は、西国にまでは聞こえてこなかった。魔王はとうに討伐されていたし、その配下たちも殲滅されたと聞いていた。一部の残存する魔物たちは、魔王の庇護がなくなったことで生息地を追われ、街にあふれかえった。魔王から噴き出るフェロモンのような魔力をまとわない魔物たちは、弱かった。そのため、そのほとんどが下級戦士のメシのタネとなり、素材収集のために狩られていった。だがライオットは違った。そんな弱体化した魔物にすら勝てずにいた。厳密にはライオットの率いるパーティーだ。戦士のライオット、魔法使いのメルフ、僧侶のセイレンの三名。彼らが狩る魔物といえば、他のパーティーが逃がしてしまった手負いのものばかりだった。


「ほら、ライオット!最後の一撃頼む」

 手負いのメルフを回復しながら、セイレンが叫んだ。

「ぉおおぉ!」

 甲高い声でライオットが瀕死のグールに突撃した。足もとがぬかるんでいた。

「ライオットぉ、滑るからちゅういぃぃ!」意識を取り戻したメルフがライオットに大声で警告した。

「アホか!こんなところでコケるヤツが」

 ライオットはグールの二歩手前あたりで足を取られて、盛大に転んだ。その拍子に右手に持っていた剣が宙を舞った。メルディック鋼の剣、防具一式を売って手に入れた剣だ。メルフとセイレンは必死で説得したが、一度決めたライオットは曲げない。結果、防具一切なし。ライオットの装備といえば、手袋は軍手、ブーツはスニーカー、長袖シャツにジーンズといった素っ頓狂な出で立ちだ。


 勢いよく回転しながら落下したメルディック鋼の剣は勢いよく落下し、運悪くライオットの背中から胸を貫いた。

「うっっそぉおおおおおおお!」

 それがライオットの最後の言葉だった。セイレンには蘇生魔法エイム・リバウムは使えない。メルフは魔力をセイレンに移管し、セイレンは回復魔法レタムを詠唱した。だが出血が止まらない。瀕死のグールはその場から逃げ出し、戦闘は終了。パーティーはライオットを失った。

「えぇえええ!ライオット死んじゃったじゃん」

 メルフはライオットに駆け寄り、メルディック鋼の剣を引っこ抜いた。

「あぁ、抜いても血がでないねぇ。もう出きったんだね」

 セイレンはライオットを半回転させ、顔についた泥を自分の服で拭った。

「教会連れてく?」

 セイレンはいった。

「いやあ、西の国じゃぁ蘇生魔法使える人いないって」

 メルフは空っぽになった魔力をセイレンから返してもらった。

「埋葬するしかないか」

 二人はライオットを引きずり、広い草原に穴を掘った。

「ほんと、ドジで馬鹿で頑固で」

 セイレンの頬に涙が伝わる。メルフの目からぽたぽたと、大粒の涙が太ももに落ちる。

「マヌケでアホでヌケサクで」

「非力で臆病で怠惰で」

「卑怯で小ズルくてスケベで」

「確かにスケベだったね」


 二人は穴を掘り終え、埋葬の送り語を詠唱しライオットを穴に投げ入れた。草原の咲くマニューレーの花が一瞬キラリと光った。

「あぁ、ここマニューレーの地だったんだ」

「え、あのマニューレーの」

「ほら私たちの魔力、回復してるじゃん」

「ここなら魔力切れすることはなさそうだから、エイム・リバウムさえ知ってたら詠唱できるのにね」

 蘇生魔法エイム・リバウムは禁呪ともされていたが、そもそも膨大な魔力を必要とする。それゆえに、術者のレベルが相当高位でないと魔力切れを起こす。魔力切れとは、魔力ゼロとは違う。魔力がゼロになっても、体内備蓄の魔力は残存している。予備電池のようなものが体内に残っているのだ。魔力切れとはこの予備電池までも使い果たした状態だ。それゆえに、身の丈に合わない魔法を詠唱した場合、下手をすると魔力切れを起こす。そして魔力切れは死にもつながるのだ。

「え、セイレンってエイム・リバウム知ってるの?」

「まぁ、おじいちゃんの魔棚にあった魔法本にあったから」

「おじいちゃんって、あのガープ・スタインウェイだよね。え、それじゃぁライオットを蘇生できるじゃん」

「えぇええ、やってみる?」

「やってみてよ」

「私死んじゃうかもよ」

「魔力切れしそうになったら、私が詠唱を止めるから、お願い。ライオットを生き返らせて」


 メルフはセイレンに懇願した。セイレンはメルフの気持ちを知っていた。メルフもまたセイレンの気持ちを知っていた。二人ともライオットへの想いは同じだった。

「じゃぁ、やってみる」

 セイレンはマジュの杖を地面に突き刺した。杖にも魔力は宿る。マジュの杖は大地からマニューレーの魔力を吸い取りはじめ、一回り大きくなった。

「ヌ・ムラモ・ベルト・グ・スレイド。ライオット…、ねぇ、ライオットの苗字って?」

 セイレンは詠唱を中断した。

「テイトじゃなかった?」

「もっかいやり直す。ヌ・ムラモ・ベルト・グ・スレイド。ライオット・テイトの血と肉、そのすべて、その骨、そのすべて、皮膚と心、そのすべて。エイム・リバウム!」

 草原一面に咲いていたマニューレーの花がマジュの杖を中心にして円状に枯れていった。白銀に輝いていたマニューレーの花は五つの花びらを持つ。国宝クラスの花ともいわれており、他国との交易にも使われる花だ。ただし繊細な花ゆえに、輸送する際は土壌ごと運ばねばならない。メルフはこれほどのマニューレーの花を見たことがなかった。そしてそれは、ボロボロと崩れるように枯れ落ちる。マニューレーの花が身代わりになったようなもので、セイレンは魔力切れを起こすことなく詠唱を終えた。息は荒く、その場にうずくまっている。大丈夫のハンドサインをメルフに送り、セイレンはライオットの様子を見るようにメルフに促した。


 メルフは一メートルほどの深さに掘った穴に投げ入れたライオットをそおっと見た。明らかに血色が戻っている。背中から胸に向かって大きく空いた傷跡は、塞がっていた。どこか身体が一回り大きくなったのか、ライオットの身体が逞しく見えた。長袖シャツとジーンズが窮屈そうだった。


「ああああああ、よく寝た」

 ライオットは定番、お決まりの蘇生から生還の言葉で目覚めた。

「おかえり、ライオット」

 メルフはライオットに手を伸ばした。

「あ、なんだよ。俺、死んでたのか?」

「まぁ、話せば長い。ライオット、手を掴んで」

「ん、ああ」

「どうかしたのか?」

「ん、蘇生なんて初めてだからわかんないけど、何か今までと違う感じっと」

 ライオットはメルフの手をとって、埋葬されていた穴をよじ登った。ライオットは不思議な感覚に包まれた。いつもより力が入る。

「いたいっ」

 ライオットが握る力が強く、メルフが思わず手を離した。滑り落ちるライオット。だが、もう一方の手をサッと伸ばして掴めそうなくぼみを握り、片手で半身身体を回転し穴から飛び出た。

「ライオット!」

 残ったマニューレーの花から魔力を吸い取り、回復したセイレンが叫んだ。その声は驚きと喜びが入り混じったものだった。

「おお、セイレン!蘇生してくれたのか」

 ライオットは空中でセイレンに声を掛け、クルクルッと器用に身体を回転させながら着地した。

「なんか、デカくなってない?」

 セイレンはジロジロとライオットを舐めるように眺めながらいった。

「そぉ?まぁ、蘇生されたからかな。身体が軽いし、力がみなぎってんだよね」

「さっきなんか、私の手握り潰れそうになったよ」

 メルフが不満そうにいった。


 セイレンはライオットに遺品となるはずだったメルディック鋼の剣を渡した。と同時に背後に魔物の気配を感じ取った。瀕死で逃げたグールが味方を連れてきたのだ。その数五十。メルフとセイレンは魔力を回復したものの、体力は回復しきっていない。メルフにいたっては、先ほどの戦闘の傷がまだ治りきっていない。戦士のライオットは蘇生仕立てだ。弱体化した魔物とはいえ、五十体のグール相手に立ち向かうにはかなり手厳しい。

 グールたちが隊列を整えて襲い掛かる。囲むように散り、前横背後から同時に襲い掛かろうとしていた。グールの口からは獲物を食い殺すという殺気で満ちていた。

「俺に任せて。二人とも下がって」

「え?ライオット?」セイレンは違和感を覚えた。

「ライオットってなんかリーダーぽくない?」

メルフは魔法を詠唱しながら訊いた。

「なんか人格も変わったみたい」


 セイレンは防御の魔法陣を描きながらいった。そして続けた、どうも気になることがあったからだ。セイレンは優先順位をつけるのが苦手だ。訊きたいことをどうしても訊いてしまう。

「ねぇ、ライオット。アンタの苗字ってテイトだよね?」

「え?聞こえない」

「苗字って、テイトでしょ?」

「違うよ、ウェルだよ。ライオット・ウェル。テイトって、あのバルス・テイトじゃないんだから」

 ライオットはグールのボスを探している。五十体を倒すよりも、ボスを倒せば士気が下がり逃げ出すかもしれないからだ。

《右から三体目の、ほらヨダレダラダラ垂らしてる。カウントするぞ、一のタイミングで踏み込んで斬り上げろ》

「え?誰?誰?」

 ライオットは心の中で響く声に戸惑った。

《いいから、いけ。三、二、一》

 ライオットは右から三体目のグールに向かって踏み込み、心の声に従って剣を斬り上げた。ボスらしいグールは左目が白く濁っていた。戦闘によるケガだろう。心の声はボスの視界の狭さを一瞬にして把握し、剣が消えて見えるように下からの斬り上げを指示したのだ。ライオットは瞬時に心の声の意図を理解した。

 ボスを失ったグールたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。



【あなたは、誰なんですか?】

 ライオットは心に問いかけた。

《僕はバルス・テイト。死んだはずだが、蘇生されたのか魂だけ戻って来た。だがどういうわけか、身体は違うようだが》

【バルス・テイトって、東の国の、あの勇者の?死んだ勇者の?】

《そうだ。下手クソなエイム・リバウムを詠唱されたせいで、魂だけ連れてこられたみたいだ》

 バルス・テイトはセイレンを忌々しい目で見た。

《常時顕現できないみたいだ。僕は眠る》

【ねぇ、勇者さん、バルスさま!】


 バルスはライオットのなかで眠りに落ちた。


東の国の勇者バルス・テイトと弱虫のライオット・ウェルとの同居する物語がいま始まる。

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