第6話 前哨戦。それはハッキング。

 作戦の決行日となった。


 黒い大型のバンが雨の降るハイウェイを走り、目的地である高級ホテルに向かっている。運転しているのは有馬だ。後ろの座席に亜美花が、さらに後ろの座席に未来がそれぞれ座っていた。車内には、通信用設備、複数の大型モニター、ドローン、アサルトライフルや拳銃などの銃器類など、まさに秘密基地と呼ぶに相応しいほど様々な物が置かれている。


 亜美花はいつもの制服に、防弾繊維で造られたネイビー色のミリタリージャケットを着用。さらにその上に、黒いタクティカルベストを装備。手に所持しているのはH&K MP7A2。Heckler & Koch(H&K)社が開発したPDW(Personal Defense Weapon:個人防衛火器)だ。近距離戦闘に特化した設計で、コンパクトながら、口径が 4.6×30ミリ弾という高速・貫通力が高い専用弾薬が撃てる強力な性能を持っている。亜美花のMP7はカスタマイズされており、垂直グリップとマイクロドットサイト、消音機(サプレッサー)が取り付けられている。二丁のF・Nファイブセブンは今回はヒップホルスターで両腰に装備。両太腿のレッグホルスターにはそれぞれ電流が流れる特殊警棒(スタンバトン)を装備した。タクティカルベストのポーチには、予備のマガジンを入れてある。


 未来は亜美花と同じ制服の上にそのまま同様のタクティカルベストを装備。手に所持しているのはスナイパーライフルのVSS(愛称はヴィントレス)だ。サプレッサー内蔵型の狙撃銃となっており、消音性を重視したものである。右足のレッグホルスターには、サブウェポンのベレッタナノを装備している。小型で非常に軽量な9×19ミリパラベラム弾を使用する拳銃だ。


 今回の作戦については、既に有馬から説明を受けていた。亜美花がホテル内に突入。未来がハッキングでのバックアップと狙撃による援護となっている。目的は取引を行う裏社会組織の壊滅と、現場に現れた場合には武器商人ヴィーナス・オルベルトの殺害。


 車の窓から見える、高層ビル群を亜美花はボーっとしながら見ていた。雨でさらに暗くなったビル群は、より一層ネオンが輝いている。仕事前には、余計なことを何も考えないのが彼女の流儀だ。思考は動きを鈍らせる。自分に与えられているのは、ターゲットの殺害といういたってシンプルなことのみなのだから。


 車がハイウェイを降り、巨大なホテルの近くを通過する。炎のような赤いネオンが映す文字は『鳳凰HOTEL』。ここが今回舞台となる場所だ。外見は他のホテルとそこまで変わらないように感じる。


「作戦は事前に伝えたとおりだ。豊崎が所定の位置に着く間、鬼灯がハッキングでホテルのセキュリティ内部に侵入。取引場所を特定。その後豊崎が内部に突入、鬼灯はハッキングを行いつつも、必要であれば狙撃で援護。俺はこのバンに待機しながら周囲の警戒と指揮を執る」


 有馬が告げる、作戦の最終確認だ。それは即ち、開始が近いことを表していた。二人は何も反論することなく、ただ頷いた。これが今まで有馬と共に仕事をする中でできたルーティンワークだ。


 車がホテルの裏側から少し離れた場所で止まる。武器を持った亜美花が、車から出ていこうとする。


「先輩……! 気を付けてくださいね……!」


 後ろから未来の声。亜美花は振り返り、大丈夫と言わんばかりに少し微笑み呟いた。


「任せて、いつも通りにやりましょう――援護頼んだわよ、未来」


 そう告げて車を去り、ドアが閉まった。有馬が続ける。


「――それじゃ、始めるとするか。鬼灯、ホテル内部のセキュリティにハッキング開始だ」




 未来は目を閉じ、全神経を自分のブレインリンクに集中させる。


『ブレインリンク:接続開始。』


 視覚拡張デバイスに文字が映る。自分の脳内をバンのネットワークと接続。そこから今度はホテルのネットワークへとアクセスする。このバンのネットワークには、逆探知を防ぐためのプログラムが何重にも張られている。逆探知を行うのは相当な手練れのハッカーでなければ不可能だ。


 視界の中心に建物全体のホログラムが映り、内部構造が見えてくる。鳳凰HOTELは、高層階にはスイートルームや会員制バーが設けられている高級ホテルだ。会員リスト・宿泊者リストにはVIPな上流階級の大金持ちから、裏社会の幹部などありとあらゆる人物の名前が出てくる。


 ホテルの内部構造を把握すると同時に、今度はセキュリティシステムに未来は侵入する。監視カメラやドアのセキュリティ内部に侵入し、監視カメラのログにアクセス。今のところ特に、向こう側に察知された様子はない。比較的ネットワーク対策に対しては脆弱なのだろう。監視カメラの映像の中から、事前に有馬から聞いていた人物の特徴で検索をかける。タレコミがあった情報と酷似した人物がいないか、過去数十時間分の映像記録をほぼ一瞬で掌握――見つかった。


 数ある映像の中から、二つが拡大される。片方は、派手なスーツを着た日本のヤクザに見える強面の男たちがロビーを出入りしているのを記録していたもの。もう片方は、黒いスーツを着た同じく強面の男たちが廊下を歩いている映像だ。顔つきから中国人のように見える。間違いない、今回取引を行うノートカムイ・シティのジャパンタウンをシマにしている暴力団と、最近勢力を広げてきているチャイニーズマフィアたちだ。取引場所もすでに割れている。ホテル高層階のデラックススイートルームだ。


「先輩、有馬さん、敵の位置が判明しました。高層階のデラックススイートルームです。日本の暴力団とチャイニーズマフィアで間違いありません。ホテルのサイトも調べてみましたが、『本日貸し切り』となっていたので、おそらくこの二つの組織で貸し切りにしてるのだと思われます。まとめた情報をそちらに送ります。先輩はそこから近い従業員用出入口から中に侵入してください。今は周囲に従業員はいません。セキュリティは切っておきます」


『了解、よろしくね』


 バンが動き出し、今度は未来の所定の位置に移動する。今のハッキングはあくまで前哨戦に過ぎない。3人の本当の闘いはここからなのだから。





 








 

 

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