第4話 標的は死の商人。

 翌日の昼、今日は土曜日である。未来から連絡を受けた亜美花は、目的地へと足を進めていた。世間は休日なので、学生服を着た女友達のグループやカップルの姿もちらほら見かける。亜美花も本来であれば自分の時間を過ごすのだが、今回の連絡は所属する組織からの呼び出しであったため、自分の時間よりも受けた命令を優先しなければならなかった。


 繁華街のメインストリートは、昨日の夜ほどではないが人が行き来している。太陽の日差しと空高くそびえ立つ高層ビル群や3Dホログラフィックの広告が視覚を、電子音が強めな流行りのシティポップと、近くの大型ビジョンで流れるニュースを読む女性キャスターの淡々とした声、車のエンジン音、信号機の音などが耳をそれぞれ刺激してくる。


 ノートカムイ・シティとはそういう街なのだ。あらゆる刺激が脳に入り込んでくる。静かにすることなどは、この街が許さない。雑踏に塗れた町。これは「まるでお前の人生そのものだ」と言われているかのように、亜美花は時折錯覚することがある。


――人を殺した。


 そのような非日常的な出来事に対して、もうずいぶんと場数を踏んできたが、未だに慣れることは決してできない。人殺しの仕事をした後に残るのは膨大な疲労感と、虚無感だ。それが夜であれば、そこに孤独感も加わってくる。自分にはまだ人の心というものが残っている証拠なのだろうか?


 ふと頭の中でそんなことを考えながら歩き続けると、目的地へと着いた。目の前には、他のビルと同じような巨大な高層ビルが天に向かって建っている。一面ガラス張りとなっており、正面玄関の入り口には、ホログラムで『東重工あずまじゅうこうコーポレーション』の文字が表示されている。ここが亜美花の所属する組織の拠点だ。


 入り口の自動ドアを抜けると、空港にある金属探知機のようなゲート型の機械がいくつも置かれていた。そしてその周囲を固めているのは、アサルトライフルを構えた複数の警備兵だ。個々が重装備の防弾アーマーやヘルメットを着用し、身体のパーツも機械化(ネオギア化)している。その姿は、まさにゴーレムのようであった。この機械はセキュリティスキャナーであり、通行者の情報を読み取るものだ。会社にとって敵とみなされた者には、容赦なくゴーレムのような警備兵たちが襲い掛かってくる。


 亜美花はゲート型機械の中で立ち止まる。赤や青のレーザーが当てられてすぐに、「認証シテイマス」と無機質な機械がアナウンスをする。数秒してすぐに「豊崎亜美花 インターン学生 入館許可あり どうぞお通りください」の音声。それを聞いた亜美花は再び歩き出す。


 エレベーターを使い、地下20階へと降りようとする。行先ボタンを押した際、セキュリティの網膜認証が行われたが難なく通過する。エレベーターが動き出すと同時に、右手に設置されている液晶ディスプレイからは、東重工コーポレーションののCMが流れ始めた。軽快な音楽と共に流れるこのCMも、すでに一字一句覚えるくらいには何回も見ている。


 しばらくするとエレベーターが止まり、ドアが開いた。目的の20階に着いたのだ。目の前には、会社のオフィスのような廊下が奥まで広がっており、左右それぞれに規則的にドアが配置されている。亜美花は足を進め、廊下の一番奥にあるドアの前まできた。ドア右手に設置されたキーパッドのカバーを開き、暗証番号を入力。手首をかざして体内のマイクロチップを読み込ませ、最後に全身スキャンが行われてから、ドアが開いた。


■■■■


 中は小さな会議室ほど広さの部屋となっており、二人の人物が立っていた。一人は女性だ。暗い紺色のセミロングヘアーに、金色の目が特徴的な、亜美花と同じ上下黒色のブレザー制服を着た少女――鬼灯未来だ。身長は亜美花よりも低く、155センチほどにみえる。未来は、入ってきた亜美花の姿を見るや、微笑みながら胸元で手を振っている。


 もう一人は男性だ。180センチほどの高身長の体を、上下シックなブラックスーツで包んでいる。俳優のように精悍な顔立ちをしており、ミディアムな長さの髪はセンターパートで分けられている。瞳の色は左右で異なり、右目が茶色、左目が浅葱色のオッドアイだ。左脇下には、ショルダーホルスターで拳銃を携帯している。一目見るだけでも男らしさと真面目さを感じさせる彼の名は有馬誠也ありませいや。亜美花や未来と同じ組織に所属する人物であり、彼女二人の上司である。


「ブリーフィング開始の10分前にはきっちり到着するとは、さすが豊崎だな。まあ、鬼灯は俺よりも早く1時間前には来てたみたいだが……」


 と、有馬が苦笑いを浮かべながら言った。


「だって、亜美花先輩に少しでも早く会いたくて……!――それに、私ここのセキュリティが苦手なんですよ。なんだか体の隅々まで見られている感じがして気持ち悪くて……。私、嫌なことは先に終わらせないと気持ちが落ち着かないタイプなんです」


「まあ未来の言いたい気持ちもわかるよ。あの厳重なセキュリティは何回やっても慣れないよね」


 少し涙を浮かべる未来をフォローするように、亜美花は同意した。

 『東雲機関しののめきかん』それがこの三人が所属する組織の名だ。彼らは『尊政攘資そうんせいじょうし』という、政府の正統性を尊び、資本主義や企業勢力の干渉を排除するという思想の下に集まり、現在の各企業による独裁的な都市の支配ではなく、かつてあった本来の日本の姿――日本政府が統治する国家の姿を取り戻すことを目的とした日本の秘密組織である。同時に、東雲機関は都市の秩序の回復も目指している。亜美花たちは、敵対する企業や犯罪者に対して、暗殺や破壊工作を行う実働部隊なのである。東雲機関は隠れ蓑の一つとして、この東重工コーポレーションを持っており、拠点として活用している。


「そんなもんなのか……俺はあんまり腑に落ちないが。」

 

 有馬が一人呟いた。


「有馬さんも、乙女になればきっとわかるはずですよ」


 と未来も返した。亜美花からすれば、いつもと変わらないやり取りである。


「――時間だ、さっそくブリーフィングを始めるぞ」


 有馬が再び声を発した。しかしその表情は、先ほどとは異なり真剣な顔つきだ。それを見た二人も、真剣な表情を浮かべ、仕事モードへと切り替える。「まずはこいつを見てくれ」と有馬が発した直後、三人の目の前にあった巨大なスクリーンに一人の男の顔写真が映し出された。肌は白めだが堀が深く、まるで彫刻で造られたかのように整った顔立ちだ。『美しい』という言葉がとても似合うほど。女性のように長い髪の毛の色は金髪で、シャープなツリ目の瞳の色は、髪の毛と同じ黄金だ。


「誰ですこれは?」と亜美花。 


「ヴィーナス・オルベルト。武器商人だ」


亜美花と未来は再びモニターに注目する。有馬が続ける。


「小さなギャング組織から巨大企業、果ては一国の軍隊に至るまで、ありとあらゆる組織相手に武器を売っている。その商品ラインナップも様々で、旧式のマスケット銃からAK47、最新の小型レールガンまでとにかく世界中に武器をバラまいている男だ。ここ最近、こいつが商売で頭角を現し始めてから、世界中でギャング同士の抗争や企業間戦争、民族紛争に内戦など、あらゆる争いが急激に増加傾向。正直、個人で動いているのか組織なのかも不明な点が多く、その情報の多くが謎に包まれている人物だ」


 武器商人は別名『死の商人』とも呼ばれている。戦争を利益獲得の手段とし、兵器などの軍需品を生産・販売し富を得る人物や組織への批判的な呼び方だ。武器は主に、相手を殺すことを目的としている道具だ。殺すことを目的とした道具が増えれば、必然的に人間の死も増える。「この男が今回の標的なんですか?」と今度は未来。


「そうだ。近々、このヴィーナス・オルベルトが、ノートカムイ・シティに来るという情報が入った。目的はまだ不明だが、ある諜報機関の情報だと、ノートカムイ・シティの企業と取引をするために来るという話だ。こいつがノートカムイに武器をバラまけばさらに治安が悪くなるのと同時に、企業が力をつけて俺たちが相手をしづらくなる。そこで、そこの元凶を一気に叩いてしまおうというのが今回の目的だ。さらにこいつには多額の懸賞金もかけられているから、それも同時に頂こうってわけだ」


 亜美花はただひたすらスクリーンを見つめていた。これは今までの暗殺とは格段にレベルが違う。そこら辺のチンピラを殺すのとは分けが違う。緊張か、不安か、それとも恐怖か。ぐちゃぐちゃな感情が脳内をよぎる。やや呼吸が乱れ始め、額から汗が出てくる。


「先輩、大丈夫ですか? 具合が悪いですか? あまり顔色が良くなさそうに見えますけど……?」


 未来に声をかけられ亜美花はふと我に返った。横に立っていた未来が心配そうに顔を覗き込んでいた。それを見た亜美花は一言「いいえ、大丈夫よ」と返した。


「ひとまず、まずは情報を集めるのが先だ。何か分かったことがあったらすぐに連絡するから、二人はいつでも動けるように準備だけしておいてくれ」


「了解しました」


二人は同時にそう返事をし、その場を後にした。







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