あの丘の木の下で
夏音
第1話 思い出
よく晴れた昼下がり、その丘の上の、大きな木はあの日と変わらず明るい太陽の光を透かして立っていた。
「うわー、なんも変わんないなぁ~」
ひとり誰にともなく言いながら木の下まで行って、遠く、眼下に広がる瀬戸内海を見下ろした。
ここは小さな見晴らしのいい墓苑を抜けた先の小高い丘の上で、そのロケーションのせいか、こんな絶景が広がっているにも関わらず、ほとんど人が来ることはなかった。
それでも墓苑の敷地内だからだろう、いつ来ても芝は綺麗に刈り揃えられいて気持ちよかった。
ここに初めて来たのは、確か高校1年の夏の事だったか、写真部に所属していた自分は夏休みの部活帰り、いつも高校へ向かうバスの窓から見える坂道の行く先が気になって、気付いたらバスを降りて、どこまでも続く坂道を見上げてた。
昼過ぎのアスファルトの照り返しは厳しく、セミの声が遠くに聞こえる。
車が行違えるくらいの道を人工的に整えられた小川に沿って歩く。
途中には今まで気づかなかったのが不思議なくらい大きな病院もあって、その近くには小川を挟んで整備された公園や小さな東屋、名前の知らない草花が揺れていた。
時折そんな風景をファインダー越しに覗きながら登ってゆくと、フイに涼しい風が耳元を通り抜けていった。
顔を上げると眩しい陽光の下に開けた空間が見える。
広い駐車場にきちんと掃き清められた水場、そしてその向こうには、緑の芝生にどこまでも整然と石で出来たモニュメントが並んでいた。
その光景はセミの鳴く真夏とは思えないくらいに静かで、いつまでも眺めていたくなるくらいにきれいだった。
ぼんやりとそんな光景に見とれていたら、少し行った先に小高い丘と大きな木が見えた。
「あそこまで行ったら今度はどんな景色に出会えるだろう?」そう思うと自然とそちらへ足が向かう。
その墓苑の中を見た時から気付いていたけれど、ここはまだ新しい場所だからか自分の記憶にあるお墓参りで見る墓石とは違って、大きさや色なども基本的に揃っていて、書かれている名前のフォントだけが少しずつ違っていたりした。
さすがにここでシャッターを切るわけにもいかず、小高い丘の上の木の下まで行くと、そこには見下ろす緑の向こう、きらきらときらめく瀬戸内海が見えた。
思わずカメラを取り出して時間も忘れてシャッターを切る。
みずみずしく広がる木の葉の緑と枝の色をいかに鮮やかに撮るか、足元に落ちる木漏れ日の柔らかさを、時々耳元をくすぐる風の匂いを、どうしたらひとつの画の中に収めることが出来るか。
気付いたら日は傾いていて、時刻は夕方近くだった。
その日、少し涼しくなった坂道を、なんだか少し穏やかな気持ちで降りて行ったのを今でも覚えてる。
それからも時々そこに行った。
写真を撮る時もあったし、駐車場にひとつだけ置いてある自販機でジュースを買って、ただ何となく木の幹に寄りかかって海を見ていたこともあった。
そんなある日、期末試験が迫った12月だった。
写真部が試験期間中無いのが退屈で、ふといつもの場所に行こうと気まぐれにバスを降り、カメラ片手にブラブラと坂道を登り出した。
坂の途中の公園は、冬なのにめずらしくツツジが咲いていて、枯れ葉の中のツツジがどうやったら際立つかなんて考えながらシャッターを切った。
こうして目的もなく散歩をするのが好きだった。
試験勉強からの現実逃避もあったけど、こうしている時はいろんなものがクリアに見える気がした。
いつもの丘の上、木の下から冬の空を見上げる。
今日は鼻先がツンとしていて寒いけれど気持ちがよかった。
「なるほどなるほど、ここが榊君のとっておきの場所なんですな?」
後ろから突然、からかうようにかけられた声に驚いて振り向くと、そこには予想通りの相手がにやにやしながら立って居た。
あの丘の木の下で 夏音 @natuno_oto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。あの丘の木の下での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます