第3話 ヒモ



俺はどうやら狼を撫でながら少し寝てしまっていたようだ。



俺はふと狼のミツを見る。が、どこにもいない。



逃げちゃったか……。



いや、テイムしたことになっていたはずだから呼べば戻ってくるんじゃね?



とりあえず呼んでみることにする。



「ミツ~いる~?」



俺は声を出すが、悲しい事に洞窟に響くだけだった。



ふと、喉が乾いたなと思い立ち上がる。



洞窟を出ると、最初にあった透明の膜がなくなっていた。



別にどうでもいいので忘れる。



少し眠ったせいか、地面が濡れていて空は晴れていたが少し赤味がかっていた。



「寝すぎたか」



そう考えていると目の前の茂みが揺れる。



「主。やっと起きたか」



そう言って着物を着た黒髪美人が俺を呼ぶ。



「誰?」



黒髪美人はすごい悲しそうな顔をする。



「ミツじゃ。お主の従魔のミツじゃ」



そう言われて俺はポンと手を打つ。



そういえば、ミツの人間形態、こんな感じだった気がする。



ミツはそんな俺を見て深くため息をついていた。



「なんで……こんな奴の従魔に……」



「いや。なんでも何も……ねえ」



俺はそんな感じで適当に誤魔化す。



「そういえばミツさ、この辺詳しい?」



「いや、妾はここに封印されておっただけで、ここの森で育ったわけではないからのう」



「そうか~。水飲みたかったんだけど」



俺がそう言うと、



「川ならそこを真っすぐ進むとあるぞ。というか音が聞こえるじゃろう」



そう言われてみると、確かにさらさらと川が流れる音がする気がする。



本当にある?あんまりはっきり聞こえないんだけど。



「んー。ミツ案内して?」



「わ……わかったのじゃ。ついてくるのじゃ」



そう言ってミツは後ろを向いて進み始める。



俺もはぐれないようにミツの後ろをついていく。



1,2分くらいすると確かに川があった。



川は太陽の光を反射してきらきらと輝いており、澄んだ水が音を立てながら流れている。川辺には緑の草が茂り、小さな花々が点々と咲いている。どこからともなく聞こえる鳥のさえずりが心地よく、空気はひんやりと清涼だ。



「おお、本当に川があるじゃん」



俺はその美しい景色に感動しつつ、早速川の水をすくって飲んだ。



「うまっ!」



冷たくて喉を潤すその水に、思わず声が出た。



「妾の事疑っておったのか?」



ミツは訝し気な顔をしている。



「ありがとな、ミツ」



俺はそう言って、また一口水を飲む。



俺はふと思いつく。



「そうだ、ミツ洗ってあげる。さっきおしっこ漏らしてたし、涎も凄かったし」



俺はミツを見つめて言う。



「もう。洗ったわ!! 全く。主はでりかしーと女心という物を勉強した方がいいのじゃ」



そう言って顔を真っ赤にしたミツはプンスカ怒りながらこちらに背を向ける。



「じゃあ俺だけ洗うわ。ミツの涎で腕ベトベトなんだよ。あ、ちょっと獣臭い」



「……ぬああああああ。主なんて嫌いなのじゃあああああ!」



ミツは怒りながら洞窟の方へ逃げて行った。



女心と言われてもなー。狼だしなあ。


流石に俺も人間の女性相手ならもう少し考えて発言するよ? たぶん。



俺はそんなことを考えながら、服を脱ぎ真っ裸になって川に入る。



日が落ちて来たせいか水が冷たい。


あんまり長く川に入っていると風邪をひきそうだ。



俺は手早く全身を洗う。



すると、ガサリとミツが消えていった方で音がする。



まずい。俺、今無防備すぎる。今誰かに襲われたら間違いなく死ぬ。


そう思ったが、別に服着ててもあんま変わんないな。



俺は諦めつつ動いた草むらの方を見ると、そこには着物姿のミツがこちらを覗いていた。



なにやってんのこいつ? 離れて行ったり戻ってきたり意味不明だ。



そして、めちゃくちゃ顔真っ赤にしてこっち見てるんだが……。



「何してるの? このエロ狼」



「なっ……ちが……これは違うのじゃ。決して覗きではないのじゃ。主を守るのが従魔の役目なのじゃ!」



観念したのか顔を真っ赤にしながら出てくるミツ。



まあ、守ってもらえることはありがたい。だが。



「そんな顔真っ赤にされると俺も恥ずかしくなるんだけど。下心見え見えじゃん」



「あっ……いや。ええい、しょうがないじゃろう。か……完全従魔契約をしたら従魔は主に絶対服従で、その人を愛するように出来ておるんじゃ!」



へー。そんな風になってるんだ。



っていうか完全従魔契約ってなんだ? 俺、ミツをテイムしただけなんだが?



まあいいか~。



俺は服を着る。



水飲んだら腹減ったなあ。



とりあえず洞窟へ戻るか。



俺はミツと一緒に洞窟へ戻った。



洞窟に戻ったタイミングで俺のお腹がぐぅと鳴る。



「お腹すいたなあ」



「妾は魔素さえあれば食いつなげるが、人間は無理じゃったか」



狼便利!! ご飯食べなくても大丈夫らしい。



「ねえ。ミツ。俺の食べれそうな果物探してきてよ」



「主よ。普通は主が従魔に食べ物を与えるものなのじゃ」



そう言われましても。俺、獣とか狩れないよ? どう見ても普通の一般人だよ?



もう外も暗そうだし、今日は諦める事にする。人間、一日二日食べなくても死なないよ。



俺は諦めて横になる。



「主?」



「ん? いや諦めて明日にしようかなって。でもお腹すいたなあ~」



俺はミツを見ながら最後の抵抗をしてみる。



「チラッ」



「むぅ」



ミツは深いため息をつきながら立ち上がる。



「これも惚れた女の弱みか……」



そう言って洞窟を出て行った。





ミツは戻ってくると俺に大きな果物を渡してくれる。



「大きいねえ。これなんだ?」



俺はミツの持って帰ってきた大きなリンゴっぽい果物を見る。


大きさ的にはメロンくらいのサイズがある。



「ん? 主、知らんのか? これはリーゴじゃ。確かにこの森は魔素が強いから発育がよいのう」



どうやらこの森は育ちが良くなる特別な場所らしい。



俺はそれを袖で拭いてかじりつく。


口の中が甘い果汁で溢れる。



想像していたよりも甘い。俺は種を吐き出しながら食べ進めていく。



ミツも自分の物を持って帰ってきたのか、人間状態でかじりついている。



「ミツは食べなくてもいいけど、食べた方がいいの?」



「まあそうじゃのう。食べても体の中で魔素に変換するだけじゃが」



「じゃあうん……」



「主。食事中じゃ」



俺は途中で言葉を止める。こういうところがデリカシーが無いと言われるところか? ふむ。ちょっと気を付けよう。



俺は食べ終わり、芯を捨てようと外へ向かうと、途中でミツがその芯を凝視しているのがわかった。



「ん? 欲しいの?」



「いや……」



少し顔を赤くしているミツを見る。



俺はミツに芯を渡した。


ミツはそれを見て嬉しそうにガリガリ咀嚼していく。



「ミツってさ、割と変態さんだよね」



「なっ……違うぞ。妾は主の食べた後の……いや違う、これはもったいないからだ。妾は決してやましい気持ちはない!」



いや、あるだろう。もう顔真っ赤じゃん……。



なんか可哀想だからこれ以上の追及はやめておこう。



俺はやることもないので横になる事にした。


するとこちらを見るミツ。



俺は手でおいでと呼ぶと、ミツは少し恥ずかしそうにしながらこっちに来る。



「あの……優しくしてほしいのじゃ……」



「優しくって言われてもなあ」



ミツは狼の姿になって俺の横に来る。


俺は「優しく」と意識しながらミツに触れる。



「くおおおおん」



ミツは気持ちよさそうにこちらを見つめる。



ん? さっきとは大分違う反応だな。



ちょっと撫でていると、寝息を立てて寝始めた。



俺はミツを抱き枕兼布団にして夜を明かした。

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