第3話

 タイムと双子は初対面なので軽く自己紹介をし合った。


「俺はアルトと同じ保育園に通ってたんだけど、二人は同じ幼稚園だったのか」


「うん。アルトと三人でよく一緒に遊んでたんだよ」


「タイムはアルトと長いこと一緒なのか?」


「うん、そうだね。アルトのことはずっと昔から知ってるよ」


 タイムはメロンパンを無言でかじり続けるアルトを見てほほえむ。彼の視線は見ているこちらが恥ずかしくなるくらい優しかった。


「君たちはどうしてここに引っ越してきたの? 中三なんて微妙な時期に。進路とかもあるだろ?」


 タイムの視線に見とれていた双子は話を振られ、同時に肩を跳ねさせた。


「両親に無理言って。俺たちどうしてもアルトに会いたかったんだ。この一年だけでも一緒にいたくて」


「本当に仲良かったんだよ、私たち。アルトのバスのお迎えが来るまでずっと遊んでたの」


「へぇ。いい友だちなんだね」


「……うん」


 肇に言われた時とは違い、アルトは嬉しそうな空気をまとってうなずく。


 すると、彼女は立ち上がってスカートを払った。


「私、ばあちゃんと少し話してくる」


「おう」


「きっとおばあさんなら分かってくれるよ」


「待ってるねー」


 それぞれアルトに返し、彼女は店がある一階へ下りていった。


 彼女の姿が見えなくなると、待っていたと言わんばかりに双子はタイムに詰め寄った。


 ハルヒの目は興味津々に輝いているが、ミカゲは頬を引きつらせている。


「お姫様抱っこしちゃうほど仲良いの? てか付き合ってるの?」


「アルトとはどういう関係なんだ?」


「え……。え?」


 二人の豹変ぶりに、タイムは苦笑いしながら鼻をかいた。


「別に……。ただの同級生だよ」


「あの状況で唯一声かけてたじゃん! それが付き合ってないって……。少女マンガのイケメンなの!?」


 尚も食いつく双子に、タイムは落ち着かせるように手を上下に振る。


「殴られた女子を放っておくわけにはいかないだろ。普通のことだよ」


「タイムって見た目もイケメンだけど中身もめちゃくちゃイケメンなんだ!」


「おう……。めちゃくちゃにモテそう」


「そんなことないけどな」


 後ろ手で頭をかく彼は困惑の表情を浮かべていた。


「ミカゲの方がモテそうだよ」


「べっつにそんなことねぇよ……」


「それがねーそうなんだよねー」


 話に割って入ったのはハルヒだった。ニヤケ面で弟のことを見ると、歯がのぞいた口元を手で隠す。


「まぁまぁイケメンの部類に入るんだけど、どこか残念なイケメンなんだよねぇ……。ずっと心の中で追ってる幼なじみがいるからって告白を断りまくったせいで……」


「バッカ! 余計なことは話すんじゃねぇ!」


 姉の頭をはたいたミカゲはそっぽを向く。そんな彼にタイムはほほえんだ。


「仲良いね」


「「そんなことない!」」


「俺は一人っ子だからちょっとうらやましいよ」


 タイムのほほえみはずっと優しくて、初対面なのになんでも話せてしまう安心感があった。






 時計に目をやるとお昼に近い。この後は部活だ。


 新三年生の担任を受け持つことになった川添かわぞえは、空いている席を順番に見てため息をついた。


 普段はジャージを着ていることが多い彼だが、今日は式典なのでスーツを着ている。


「アルトは全く……。パーフェクト人間のタイムも、転入生の双子まで……」


 しかもアルトは肇とトラブルを起こしたという。彼女をその場から連れ出して消えたのはタイム、と聞いている。双子はその後についていったらしい。


 肇に事情を聞いても、ムスッとそっぽを向くだけ。その幼なじみである華は自分が原因だと言って泣いている。


 何人かの生徒に聞いてみたがアルトが悪いだの肇が悪いだの、華は天使だのと話にならなかった。


 そんなこんなで四人が不在のまま入学式と始業式が終わった。その後は教室で提出物の回収をし、新学年になった自覚持つように……と話した。


「今日からお前たちは三年生だ。最上級生であり、受験の年だ。勉強をしっかり取り組むのはもちろん、学校行事も存分に楽しむこと。ここで過ごす最後の一年だからな」


 今日から受け持つ生徒たちの顔ぶれをゆっくりと見つめる。ほとんどが教科や担任で関わったことのある生徒ばかりだ。


 入学した新一年生と違い、シュッとした顔つきをしている。この学校で楽しいことも辛いことも経験した彼ら。お気楽なところもあるが学校行事が好きで、それを楽しみに辛いテスト勉強を乗り越えてきた。


「せんせー。そのために午後からの部活は休みにしましょう」


「さんせー」


「何が賛成だ! 中学最後の大会で優勝したくねーのか!」


「まぁしたいですけど。ガッツリ練習は明日からでいいと思いまーす」


「明日からでいいやはやめろって一年生の頃から言ってるだろ」


 川添が顧問をやっているサッカー部の生徒が続々とノってくる。彼らはユーモアに溢れている……というか悪ノリが好きだ。


 昔はこわーい生徒指導の川添、と陰で呼ばれていた彼も、今では生徒のおもちゃになりつつある。そもそもそれはアルトのせいであったりする。


「俺は市内大会の後の夏祭りが楽しみだなー」


「今年こそは彼女ほしい!」


「彼女ができないなら彼氏を作るしか……!」


「お前ら……。特に男ども! ふざけるのも大概にしろよ」


「先生だって彼女ほしいでしょ! 独身36歳!」


「うるせーなコノヤロー! 彼女がいたらなんだってんだよ!!」


 このいじりこそアルトのせいだ。普段笑わないくせに、川添の独身ネタを話す時は声がニヤけている。


 それまで静かに話を聞いていた女子生徒たちですら吹き出す。


「でも先生、俺知ってるんですよ。春休みに綺麗な女の人と歩いてましたよね」


「げ」


「あ、マジすか!?」


 川添の暴露に教室中が沸き立つ。生徒たちは隣の席の者と楽しそうにささやきあっている。きっと話すのが初めてな相手もいるだろうに。


 さっそく打ち解け合う彼らのためなら、今だけいじられてもいいかと思う川添であった。


 最後に帰りのあいさつをすると、教室を出て職員室へ向かった。午後からは部活だ。サッカー部の顧問である彼は、さっさといつものジャージに着替えようと考えていた。去年よりもパツッとしたスーツは息苦しい。


 小脇に抱えた出席簿のざらついた感触に、改めて名前と顔を覚える生徒がいないことを思い出す。


 いや、そんなことはない。転校生の双子をまだ見ていない。


 男女の双子でハーフらしい。父親は日本人、母親はフランス人だと聞いている。


「……おはようございます、川添さん」


「アルト!? と、タイムと……ハーフの双子?」


 階段を下りて一階にある職員室前。


 そこには、例の新三年生たちが気まずそうな顔をして立っていた。先頭のアルト以外が。


「アルト? 川添さんってなんだ?」


「先生じゃないの? スーツ着てるじゃん」


「アルトはなぜか川添先生のことだけそう呼んでるんだよ」


 アルトを挟む長身の男女が例の双子だろう。見た目も雰囲気も似ていないが。


 川添は頭をガッシガッシとかくと、重い息を吐いた。


 怒鳴りつける気にはならないが、呆れて物を言えないわけではない。


「お前らなぁ……。とりあえず話はなんとなくしか知らんが……」


「華にちゃんと謝ります」


 珍しくアルトがきまり悪そうな声をしている。表情はいつもと変わらないが、外した視線はバツが悪そうだ。


 無表情でも声の調子から、アルトの感情を見抜くことができる。実を言うと彼女とは中学入学以前から知っていた。


「まぁお前が今まで華にとった態度は褒められたモンじゃないからな。仲良くしろ、とまでは言わないが冷たくするのはやめろよ」


「……はい。肇にも謝ります」


「肇? 今回はアイツの方が悪いだろ」


 アルトの頬には湿布が一枚。肇が殴った、とは聞いていたが女子相手に本気を出したらしい。反対側の頬より腫れている。


「アルトってさん付けなのに敬語使うんだ」


「それな」


 後ろでは例の双子がささやきあっている。ハーフと聞いているだけあって、彫りが深めの顔立ちが綺麗だ。長い手足のせいで高校生に見える。


 さらにその後ろでタイムは穏やかな笑みを絶やさない。ずっとアルトのことを見つめているようだ。


 真面目な彼は学校をサボったことを反省していると思いきや、そうでもないらしい。


(パーフェクト人間の考えることはよく分からん……)






「ばあちゃん、学校に行ってくる。華に……肇にも謝ってくる」


 メロンパンを食べ終えたアルトは、一階にある店に下りた。店先でご近所さんとおしゃべりを楽しんでいる律子に声をかけると、彼女は目じりのシワを一層深くした。


「そうしといで。アルトは優しい子だって、ばあちゃんもじいちゃんも知ってるからね」


 祖母は、アルトの腫れていない方の頬を包み込んだ。シワが多くなった柔らかい手は、アルトを迎えに来てくれた日と変わらずあたたかい。アルトはそのぬくもりに目をとじた。


「あれまぁアルトちゃん。ほっぺどうしちゃったの?」


「こ、こんにちは……」


 ご近所さんはその様子をほほえましそうに見つめている。


 子どもたちは無表情のアルトを恐れるが、大人たちはそうでもない。特に年配の人なんかは分け隔てなく優しく接してくれる。


「今日から学校でしょう? がんばってねぇ」


「ありがとうございます」


「もうアルトちゃんも受験なのねぇ……。大変だけどがんばってね。応援しとるでね」


「はい……」


 優しい声と言葉に心があたたかくなる。こんな自分に優しくしてくれる存在がいることが嬉しい。


 アルトは照れくさくて頬を人差し指でかいた。それが腫れている方だと気づいた時、”いった”と飛び上がって二人に笑われてしまった。

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