⑤ 岩 本・その3

 ナップザックには30センチ四方ほどの平たい機械が入っている。

 ぼくの手製だ。

 大学受験に二度失敗したあと、ぼくは英気を養うため長野の山奥にある施設に入院した。そのときひまにまかせて作ったのがこのマシンだ。

 見てくれは不細工だが、研究用の測定器具としては申し分ない性能を持っている。

 言うまでもないことだけど、超常現象の解明には電磁場の変動測定が不可欠だ。

 会長の大久保に 埴沢はにさわ行きを提案するにあたり、ぼくは老朽マンションの天袋に眠っていた自作の機械を貸し出そうと申しでた


 埴沢の廃鉱山跡地―― 通称 “地獄坑じごくあな ”へゆく話が妙なぐあいにこじれはじめたのは、ぼくが居酒屋でこの電磁波測定器をとりだしてからだった。

 驚いたことに大久保は心霊現象と電磁波の関係を知らず、ほかの連中にいたっては電磁波が何なのか、いや電磁波という言葉さえ知らなかった。

 ぼくは切れた。

 地元の人間さえ名を口に出すと鼻で笑うような五流大学で、ぬるいキャンパス・ライフを過ごすうちに濃縮された、中学生以下の学友に対する憤懣がとうとう爆発したのだ。


 ぼくは超常研のどうしようもなく堕落した現状を糾弾した。

 超常現象研究に対する自分の情熱と理想を熱くかたり、科学を超越した現象を研究・測定するからこそ科学的な合理性が必要なのだ、という持論をとうとうとのべ立てた。。

 この2年でサイズがLからLLになったTシャツの腹のうえで手を組んだまま、大久保はぼくの批難をぼうっと聞いていた。

 中高と、大久保は野球部だった。

 高校時代の先輩後輩のしがらみで、ただ人数あわせのためにだけ超常研にひっぱり込まれて以来、何も考えず会長の座にいすわり続けている。

 ぼくがひと息つくと、眼前で腕組みをして聞き入っていたはおもむろに口をひらき、淡々とした口調で話し始めた。

 あろうことか、ぼくの協調性のなさについての回りくどい説教だった。

 当然のごとく、ふたたびぼくは切れた。

 サークルの将来をおもい、その問題点についてはなしている、というのに、なんでぼくは当のサークルのリーダーから筋ちがいの個人攻撃をうけねばならないんだ!


 いい合ううちに、こんどは美佐が大久保の援護にまわった。おばさんくさいしゃべり方をするこのケバ女は県会議員の娘で、部屋のなかは細木先生と江原先生に宜保愛子先生、それに美輪大先生の本で溢れかえっているらしい。

 まった く、なにが悲しくてぼくは、二つも三つも歳下のイナカモノから人生についての指導なんぞを受けねばならんのだ?

 そしてついにぼくは、われながら思いだしても胸のすくような啖呵をきった。


 いいか。おまえらが後生大事にあがめてる心霊現象なんてものは、まず100%この世に存在なぞしない。たいがいの超常現象は科学的な説明が可能なんだ。まずはその根本姿勢を改めなければ超常現象を〝研究〟することなど、不可能に決まってるじゃないか。そんなことも真剣に考えないで何が研究会だ! とね。


 大久保と美佐はテンパッた浮浪者をみる目でぼくを見ていた。あげく自分がなにを言われたかも理解できぬくせに怒って美佐が泣き出し、大久保が紋切り型のヤンキー口調になった。

 それでなんだかんだの挙げ句、ぼくはいつの間にかこの青葉神社に一泊して、学祭用の体験レポートをかく羽目になっていたのだ。


 こうなったら奴らの言うとおり、この狭苦しい境内で今夜一夜を過ごしてやる。そして夜があけるまでに何がおこったか、細大漏らさずレポートに仕立ててやる。

明日になったら市の資料館から参考資料も借りてこよう。そして、とことん多角的に考察した研究成果を大久保のビール腹に叩きつけてやる。


 そうすれば今後、青葉神社でのネタの焼き直しは一切出来なくなるだろう――どうせ辞めるのならそのくらいのものを置き土産に、颯爽と退会してやる!

 ぼくは小さく笑った。

 途端に――

 途方もない空しさが襲ってきた


 

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