カレイドスコープ

彩亜也

カレイドスコープ

 気がつくと私は白と黒の画面の前にいた。視界いっぱいに広がる一つの画面はどこかの廊下を映している。

 いつからここにいたのだろう。わからないけれど私は明滅するブラウン管を眺めていた。

 彩気あじけ無い景色は変化も無く私はただそれをじっと眺めている。

 ————どれほど経ったのか、背後の扉が開いて私は目を覚ました。

「やぁ、目が覚めたかい?」

 甘い声に私は目を閉じたまま返事をした。すると大きくて温かい手のひらが私の頭を撫でる。ふわりと香る葉巻の香りに心臓の芯が熱を帯びていくのを感じた。

 ゆっくりと目を開けばカラスを思わせる黒髪が揺れる。その奥の黒曜石のような瞳は私と目が合うと細められた。きっと切り揃えられた口髭の下で口角が柔らかく上がっているのだろう。

「食事の支度を」

「いい、今日は私がやろう」

 彼はソファで横になる私の肩に触れ制すと自身は立ち上がってキッチンへと消えていった。それを見送ってから私も体を起こし背筋を軽く伸ばしてから彼の動きに合わせて揺れる明かりを眺めていた。

 しばらくして、ふわりと鼻腔をくすぐる肉の匂いに立ち上がれば彼が私を呼んだ。


「いただきます」

「……いただきます」

 目の前でステーキ肉を頬張る彼の名はロバート・ブッチャー。

「気軽にロビンと呼んでくれ」

 初めて会った時そう言って目を細めた彼は霧の街に突然現れた私を受け入れこの家での二人暮らしを提案してくれた人。基本的な家事は私の仕事だが彼は肉の扱いに長けていて捌くのは専ら彼の仕事だった。とはいえ、私はそれを見たことが無いのだけれど。

「慣れていないと失神するからね」

 彼がそう言うので私も見ないように立ち入らないように注意を払っている。

 私は自分の前に差し出されたホワイトシチューを掬って口に含んだ。まろやかなミルクの甘さの中で塩味が口の中に広がってとても美味しい。

「鮭が手に入ったから使ってみたんだ。どうかな」

「とても美味しいです」

「良かった」

 彼は私に肉を与えようとしない。クリスマスだけはローストされた七面鳥の肉を私も食べられるがそれ以外で私に与えられるのは魚か野菜だった。別に不満はない。そもそも食べなくとも生きていける体なのだから。

「ごちそうさまでした」

「腹は満たされた?」

「ええ、とっても」

 口元についたソースを拭って席を立つ。彼と並んで食器を洗い私達は寝室に向かった。

 ————当然ながら、私と彼はただの同居人なので寝室は別だ。扉の向こうに消える彼の背中を見送って私も静かに寝室の扉を開けた。

 狭い部屋にあるのはベッドと書き物机とキャビネットだけ。私は狭いベッドに寝転がると彼の部屋の方を見て目を閉じた。


 私が瞬きをするといつのまにかまたモノクロの画面の前にいた。ジジジジジッと音が鳴る世界で私は画面に映される廊下を見つめている。それはどこかのお屋敷のようで白い壁に濃いグレーの絨毯が敷かれた床が写っている。壁には白飛びした丸が規則正しく並び、おそらくそこに照明のようなものがあるのだとわかる。

 映像は変化することのないまま私はじっと目が覚める時を待っていた。この映像にどんな意味があるのかはわからないけれどきっと無意味なものだから。

 その時ドアが開く音がした。それは画面から聞こえているようで開いたドアが閉じられ誰かが歩いてくる音がする。右か左か正面か。丁字に伸びた廊下は音の発信源をはぐらかす。やがて音が近づいてきた時突然ブツンと耳の奥で鳴り私は目を覚ました。

 時計を見ると午前四時を示している。私は起き上がると目覚ましを切って背筋を伸ばし着替えを始めた。

 ロビンは朝食に必ずコーヒーを求めた。それから熱々のトーストと燻製肉のソテー、そして煮豆。私はそこに彼の嫌いな生野菜を添えると彼の部屋に運ぶ。

「おはよう、良い朝だ」

 既に着替えを済ませていたらしい彼は笑顔でトレイを受け取ると扉を閉めた。

 これもいつもの事だ。時折夕食を共にすることはあるけれど基本的にバラバラに摂る。最初の頃はそれに寂しさを覚えたけれど今は慣れてしまった。私自身食事を必要としないのでそのまま掃除に取り掛かる。

 棚の上から埃を落として壁や窓を拭き床を綺麗にする。昨日はキッチン、一昨日は水回りを徹底的に掃除したので今日からはリビングに取り掛かろう。ついでに階段も綺麗にしようかと手すりを拭いているとロビンが慌ただしく降りてきた。

「ちょっと今日は遅くなる。先に寝ていてくれ」

 彼はそう言って私の頭を撫でると足を止めることなく出て行った。きっとご友人のサイラスさんのところだ。彼の家に遊びにいくと決まってロバートは数日家を空けた。別にそれで私が困ることなんてないけれど、ただ静かな家の中に寂しさを感じるだけ。

 夕食の支度は必要無いのでその後もシャンデリアの掃除やストックの確認を済ませると私は浴室に向かった。簡素なバスタブに湯を溜めてブラウスのボタンに手をかける。先にシャワーで軽く汚れを落としてから湯船に肩まで浸かった。

 霧の街は一見すると本で読んだロンドンのようだけれど水は軟水だ。それに空気は澄んでいて排気ガスと言うより本当に霧なのだ。等間隔に並ぶガス灯は鈍くぼやけている。

「ロビンはいつ帰ってくるかな」

 彼が起こしてくれないと不気味な夢に囚われそうで怖くなる。湯が冷める前にと私は立ち上がってバスローブに袖を通した。


 …


 私は相変わらず監視カメラの映像を眺めていた。

 変わり映えのしない映像。やがて誰かが歩いてくる音がする。画面から聞こえるその音は前回よりも音が小さい。そして足音に合わせて何かを引きずるような擦れた音も聞こえてくる。

 やがて目の前に真っ直ぐ伸びた廊下の先に影が映った次の瞬間誰かの頭がカットインした。

 その誰かは黒い影に覆われていて表情も、姿形さえ上手く認識できない。ただ肩に担ぐようにして何かを引きずっていることはわかった。影は左の廊下に消えて行き、画面はまた退屈な映像を流す。いつもなら目を覚ますはずだけどロビンがいない今日はこの後もしばらく変わり映えのしない映像を写したまま私を夢に縛りつけた。

 ————突然目の前が真っ暗になって私は目を覚ます。冷たい空気が顔を覆う今は、まだ夜中の二時ほどで口の中の渇きに耐えかねてピッチャーに汲んでおいた水を飲み干した。

「ロビン……」

 ベッドに潜り込むと胎児のように丸くなって彼の名前を呟く。こんな日に限って分厚い雲の向こうから月が顔を出した。胸の奥をざわつかせる不安から目を逸らすように私は布団を被った。

「寝坊助なお嬢さん、早く君の美しい瞳を見せておくれ」

 耳元で柔らかなバリトンボイスが響く。目を開くとそこには天使と見紛うほど白く輝く美しい少年がいた。真っ白な髪に白に近いアイスブルーの瞳、透き通るような白い肌、甘く蕩けるような微笑————彼は、エル。ロビンの古い知り合いだ。

「なぜこちらに?」

「昨夜ロビンに会ってね、君の様子を見てくるように頼まれたのさ」

「ロビンが貴方に?」

 そんなはずないと訝しむとエルは満面の笑みを浮かべた。

「あははっ君は本当に私が嫌いらしい。何故だろうね、人は皆私を切望するというのに」

 ゆっくり近づくと趣味の悪い指輪のついた手で私の顎を掴む。

「このまま君を食べて仕舞えば彼はどんな表情を見せるのだろうか」

 サラリと垂れた髪からふわりと香る果実の香り。反吐が出る。

「スグリにミーミルのことを明かしても良いのですよ」

「……」

 私の言葉にエルは表情を崩さないまま体を離すと踵を返してドアに向かう。

「まあちゃんと目が覚めたようで良かったね、お嬢さん」

 そう言うとエルは扉の向こうで控えていた体の大きな男に抱えられ出て行った。彼の言う通りなのが悔しい。そしてロビンが彼には会ったのに私のところにはまだ帰ってこれない事もまた苦しかった。


 結局ロビンが帰ってきたのはあれから一週間が経ってからだった。エルのことを尋ねれば寝耳に水だったようで私の心配をしてくれるのがちょっと可愛かったのでモヤモヤは幾分晴れた。

「次からはヤコブに声をかけておくよ……全く、あいつは油断も隙も無いな」

 呆れたように頭を掻くロビンから知らない香りが漂って私は意識を失った。


 私の目の前にはいつもの画面が映る。映像は徐々に変化しており最近ではあの謎の人物だけでなく何人かの女が映るようになった。ほとんどは商売女のような出立で男と共に左に伸びた廊下へ消えていく。いつしか充実した夢は私の前にポテトチップスが置かれ私はそれをつまみながら画面を眺める。今日も女が影に腕を絡ませて歩いていく。いつもはそこで画面が切り替わるのだがこの日は違った。影が戻ってきたのだ。影は何かを探すように辺りを見回している。私は思わず咀嚼をやめた。この日、画面の切り替わりを待たず夢は切られた。


 目を開けば心配そうに私の顔を覗き込むロビンがいた。頭の下には弾力のある知らない感触。ほのかな温もりに私は頬が熱くなった。間違いない、これは膝枕だ。

「よかった、目が覚めたんだね」

 ほっと胸を撫で下ろすと彼は私の頭を撫でる。

「ごめんなさい、私……」

「いや、いいんだ」

「……あの、今回もサイラスさんのところに?」

 私の質問に小さな間を置いてからロビンは目を細めて答えた。

「うん、そうだよ」

 嘘だ。でも、それを問いただす関係にはなれていない。手を伸ばし彼のすべすべとした肌に触れる。彼はそんな私の手を取ると髭の向こうに隠れた唇でキスをした。

「……私、最近変なんです」

「変?」

「ええ、変な夢を見るんです」

 真っ暗な空間で煌々と点くブラウン管、白黒の映像の向こうの奇妙な映像、いつか夢が私を手放してくれなくなるんじゃないかと不安に駆られる。あの影が私を————。

「そうか、大丈夫。もう大丈夫だよ」

 ロビンは何か知っているのだろうか。身体を起こして見つめればはぐらかす様に笑みを浮かべる彼。つられて笑うこともできない私に彼は黒曜石の様な深い暗い瞳で私を見据える。

「久しぶりに君の作るご飯を食べたいな」

「……すぐにご用意いたします」

 立ち上がると頭痛がして一瞬よろめいた。ロビンが待ってるからとキッチンに向かう。冷蔵庫を開けると彼がいつも食べる肉が見当たらない。

「ロビン、ごめんなさいお肉がもうないの」

「それじゃあ取ってきておくれ」

「……わかったわ」

 こんな事は初めてだった。頭が痛くなる。いつも気付くとロビンが補充していた。痛い。たしか保存庫は地下。痛い。床下の扉を開けてロビンを見る。気持ちが悪くなってきた。いつも彼は私がこの先へ行くのを阻んだ。頭が割れそうだ。それでも今は私がこの下へ降りていくのをじっと見つめている。

 ————ああ、行きたくない。

 地下へ続く木製の階段を一段一段降りていく。少し体が震えるほど空気は冷たい。階段を降りきった先の扉を開いて私は絶句した。

 クリーム色の壁、床に敷かれた柔らかな赤黒い絨毯、突き当たりで右と左に伸びる廊下。私の視線は自然とあの映像を映すカメラを探す様に移動していく。その時上から音がした。ロビンが降りてきたらしい。私は不安と共に胃液を吐き出して駆け出した。右と左、どちらへ行くべきだろうか。悩んでいる時間は無い。私は向かって左側の廊下を曲がった。簡素な作りの扉を開き中に入って鍵を閉める。けれどこんなものはただの時間稼ぎにもならない。

 部屋の中に何かないかと振り返り私は言葉を失う。薄暗い部屋の中で煌々と照らすブラウン管、白黒の世界が映すのは廊下————ではなく、私の部屋だった。そのすぐ前には食べかけのポテトチップスが置かれている。

 その時足音が近づいてきた。私は息を潜める。扉を隔てた先に聞こえるわけはないとわかっていても呼吸音すら鳴らないよう神経を尖らせた。

 足音は遠ざかる。どうやら向こうの部屋へ消えたらしい。パチンと音がしてブラウン管の中に映る映像が二つに割れた。私の部屋と、あれは向こう側の部屋だろうか。ロビンが歩き回る映像と共に扉の向こうから声がする。

「アリー、どこにいるんだい?ここにいるんだろう?出ておいで、怖い事は何もないからね」

 彼のいる部屋は冷凍庫かとも思ったけれどどうやら肉の解体場所らしい。中央に置かれた台を映している。その時奥の影の中で何かが動いた。ロビンはその何かに真っ直ぐ近づいて行く。

残飯処理係グラトニー、彼女はここに来た?」

 彼の言葉に頭が割れそうな程痛くなった。私は何をしているのだろう。今のうちにこっそり戻るべきだったのに。けれど彼はもう向こうの部屋のドアの把手に手をかけている。そして足早にこちらの部屋へやってきて把手をガチャガチャと鳴らしだした。

「ああ、アリーここにいたんだね!早く開けておくれ!」

 部屋の中に彼が壊しそうな勢いで把手を動かす音が響き私は縮こまって耳を塞いだ。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。

 やがて不気味なほど静まり返りロビンが声をかけてくる。

「今すぐ鍵を開けてくれるなら勝手にこの部屋に入ったことを許してあげる。でもそうでないならお仕置きをしないとね」

 扉の向こうで金属の擦れるようなカラカラという音がする。彼は鍵を持っているのだろうか、いや持っている。いつの間にか頭痛は治り私は立ち上がって鍵を開けた。

 開け放った先には顔を真っ赤にしたロビンがいて私は彼を抱きしめる。

「ただいま、ロバートさん」

 甘い香りに混じって鉄の匂いがした。


 …


 廊下に出ると彼は丁字路の中央で私に少し待つようにと声をかけた。そしてあの扉の向こう消えて行きすぐに包みを小脇に抱えて戻ってくる。

「今日のような素晴らしい日には良い肉を食べたいからね」

 子供のように笑う彼に私はつい顔を顰めてしまった。

「それはドロシーですか?それともアンナ?ああ、キャスでしたっけ?」

 口を尖らせて言えば彼は眉尻を下げ首を横に振った。

「君は知らないよ、彼女は最初の人だから」

「……」

 彼の横顔にとある名前が出かかって私は口を閉じた。彼は扉に鍵を三つかけてから私と一緒に階段を上がる。先程は気付かなかったけれど彼は初めから私にこの先へ行かせようとしていたらしい。いつも彼が降りていくのは知っていたけれど鍵の音を聞いたのは初めてだったから。

 彼が持ってきた包みには肉が入っていた。彼はそれを取り出すと匂いを嗅いでから分厚く切り分けてフライパンに並べていく。

「彼女は中流階級の人間でね、試しに作った熟成肉だがこんなに上手くいくとは思わなかったな」

 そう言うと彼はまだ生のそれを少し削いで口に入れた。

「……うん、悪くない」

「お腹壊さないの?」

「僕はね。君はダメだお腹だけじゃ済まなくなる」

 私は彼の隣で付け合わせと共に自分の食事も用意する。のせいか食べないと言うのはどうも落ち着かない。

「それは?」

「卵焼きとお味噌汁、焼き魚とご飯です」

「……手際が良いね」

「お褒めに預かり光栄です」

 完成した食事をテーブルに並べて手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます!」

 私の言葉に合わせて彼も元気よく手を合わせる。そして大きな口でステーキを頬張った。

 少し前までマナーを気にしてそれなりに品よく食べていたのに私が思い出したと気付いたらすぐにまた以前のような食べ方に戻ってしまった。この光景を見るのはもう十一回目だ。

「喉に詰まらせないよう気をつけて下さいね」

 そう言って頬についたソースを拭うとついヘレナを思い出す。あの子も彼のように手がかかる子だった。

「……食事が済んだら少し話をしようか」

「ええ、そうしましょう」


 食事を済ませそれぞれシャワーを浴びた私達はロバートの部屋にいた。

 ロバートの部屋は私の部屋と違い広くて二人掛け用のテーブルと二脚の椅子がある。普段はサイラスさんとここでよくチェスをしているためすぐ近くの棚にはチェスボードと駒がしまってあるのだ。

 私は入り口側の椅子に腰掛けるとロバートの様子を伺う。彼は微かに微笑むと口を開いた。

「全部思い出したんだね?」

「ええ、お待たせしました」

 座ったまま会釈すると彼はにっこり笑った。

「良かった……念の為確認をしよう。君は誰?」

「私は有坂アリサカヨウ。一つ下のステージで生を受け貴方のギフトとしてこのステージに来ました」

 スラスラと話せば彼は相槌を打つように繰り返し小さく頷いた。私が口を閉じると続きを促すように口を開く。

「それでは、僕は誰?」

「貴方は……ロバート・ブッチャー。かつて私と同じ一つ下のステージに生まれロンドンで多くの女性を殺した正体不明の殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーです」

「……うん、ちゃんと思い出したみたいだね。おかえり、アリー」

「説明していただけますか?今回のことについて、全てを」

 ある日彼からのところへ行くように言われてそこからの記憶はツギハギで曖昧だった。だから記憶の補完をしておきたい。

「……軽い実験のつもりだったんだ」

「実験?」

 思いがけない言葉に聞き返す。実験とは理科の実験のようなあれの事だろうか。

「アリーは狂牛病って知ってる?」

「……牛の餌に牛の肉骨粉を混ぜた事で牛の脳がスポンジ状になるという物ですか?」

「そう」

 なるほど、と理解する。この人はどこまでもこの人らしい。

「……それと同じことが人間でも起こるのか興味が湧いたんだよ」

 実際体内のタンパク質か何かに異常が出ることで起きる病気だから人間にも起こりうるとは思うけど人間で試すなんて倫理的に許されないだろうし彼の性格を思えばまずやってみるというのは自然な流れと言える。

「お父様に予備の君を用意してもらってね、シミュレーションをしたんだ。君の脳がどうなるのか。初めは鯨の肉と言って与えた。君があまりにも幸せそうに頬張るものだから僕はついに良き理解者を得たと思えたんだ」

「……」

 違うことは理解していた。私が生まれ育った日本では鯨食の文化もあるし、父がたまに鯨の刺身を買ってきて食べたから。それでも私が嬉しかったのはロバートがいつも食べているものを共有できたから。そして今こんなにも嬉しいのは彼も私と共有できたことを喜んでくれているから。

「だけどやはり僕は異質らしい。一年も経つ頃には君はまともに動くこともできなくなっていた。だからお父様に予備をまたもらって何度も試したんだよ。……十回に渡る試行実験の結果君とでは共有できないとわかったから馬鹿げた実験をやめたんだ」

「……」

 それまで恍惚とした表情で語っていたロバートは視線をテーブルに落とした。

「それでお父様に預けていた君を返してもらったんだけど暫く眠らせていたらしいから記憶が曖昧だと……怖がらせてしまったかな、僕の事嫌いになった?」

 叱られた子供のような眼差しを向ける彼にどうにも心が満たされる。意思とは関係なく口角が上がってしまう。

「……ああ」

 そんなに不安そうな顔をしないで。私は貴方のためのギフトなんだから。

「?」

「ではここ数日ロバートさんが食べていたのは私なんですね」

「え?」

「貴方が彼の方に貰っていたものは厳密に言うと予備ではありません。私の意識は間違いなくあの肉塊に入っていました。ちゃんと覚えていますよ。貴方と共有できた喜びを」

「……!」

 彼の綺麗な瞳が私を映す。私はなんて醜いのだろう。彼の瞳の中で私は悍ましい笑みを浮かべている。

「安心して下さい。好奇心て抗い難いものですものね。嫌うなんてとんでもない!……今の貴方を形作るのが私だとわかりむしろ満たされた気分です」

「アリーは面白いね」

 当然だ。は食べてもらえなかったんだから。

「あー、それでなんだけどさ……」

「……?」

「あの部屋に入ったって事は見たよね?モニター」

「ええ、まあ」

「あれは違うんだ、君が夢に取り憑かれているみたいだし心配だっただけで君の様子を観察したいとかではなく、心配の一心で……!」

「クスクス、あぁロバートさんは覗きたかったんですか?変態さんですね」

「すまない」

 否定しないのか。驚いて目を見開くとロバートは私をじっと見つめた。何を考えているのだろうかと瞳を覗き込む。私の中で答えが出る前にロバートの手が私の方に伸びてきた。

「アリーは僕専用の特別製オーダーメイドだからさ無事帰ってきてくれてよかったよ」

 無邪気な独占欲の掛け違いに私は作り笑いを浮かべた。

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