第22話
ノートを膝の上に開いたままで置き、リュックを漁る。
一通り漁ったあと前を向いて書くものを忘れた事に気がついた。
勢いで意味もなく立ち上がり足を痛める。
すぐに座り直し、さっきの商店にあったかと目線を商店に向ける。
あるかどうか分からないが立ち上がり商店に向かおうと体の向きを変えた瞬間、バスが目の前に停まった。
どうしようか迷った挙句、ノートをリュックに押し込みバスに飛び乗った。
今日海に向かう理由の一つだった日記が...と残念がりながら無情に海に向かうバスの中で揺られた。
バスの中には二人の女子高生が乗っていて高いトーンで楽しそうな話をしていた。
木々の生い茂る山間の道を抜け、猫の歩く港町を抜け、ようやく海岸のバス停に着いた。
女子高生はいくつか前のバス停で降りてしまい、そこからは静かで何か物足りない気分でエンジン音に耳を澄ませていた。
バスを降りると目の前に広がる海の景色。
潮風が冷たくて気持ちよかった。
前来た時は祖父の車で来たからこの場所からの景色は見覚えがなく、砂浜を歩くことにした。
バス停から右側に歩きづらい砂の上を進んだ。
視界の左側に見える波の押し引き、同じ波は一つもなく歩いている間退屈することはなかった。
三、四分歩くと砂浜に岩が多くなってきた。
大きな岩が何個も砂に埋まっておりどこか見覚えがあった。
辺りをよく見回しながら進んでいると小さな女の子が岩の間を走り抜けていくのが見えた。
見間違いかと思い、目を擦り、頬を叩いた後、女の子が走っていった方に歩く。
見通しの悪い岩場で女の子が一人で遊ぶのは危ない。
親がいる様にも見えなかった。
大きな岩を右に回り抜けると女の子が海の方に引っ張られているのが見えた。
見えない何かに左手を引っ張られている。
右足を引き摺りながら助けに行く。
女の子は頭が見えないほど海の中に入ってしまった。
僕も海の中に入るがゴーグルも何もなく、少女の位置がわからない。
少女は抵抗していたにもかかわらず波はいつもと変わらない。
耳をすましても声ひとつ聞こえない。
腰まで海に入った状態で周りを見渡し続ける。
少女の命の声に耳を澄ます。
風と波の音、そして僕の心音だけが聞こえる。
どこへいった?
遠くまで一回転して全方位を確かめる。
海の方ばかりに注目していたが波打ち際の方を振り返った時、何かの影が見えた。
目を凝らしてみると少女が這いつくばって岩影の方に入って行くのが見えた。
無事であったことに一安心して僕もゆっくりと浜に戻った。
海から出ると無理して歩いたせいか右足がズキズキと痛んだ。
痛む足を引き摺りながら少女の消えた岩影に向かうとびしょ濡れの状態でうずくまって泣いていた。
「あの時と同じだ...。」
思わず口から出た。
祖父ときたあの時と全く同じだ。
「お母さん...。」
泣きながら下を向いて呟いている。
僕は呆然と立ち尽くしていた。
なぜあの時の女の子がここに...あの時と同じ姿で...。
なんで...。
状況が理解できず立ったまま少女を見ていると顔を上げ誰もいない方を向き話し出した。
「お母さんが...海の中に...。」
あの時の言葉だ。
少女には過去の僕が見えている。
「あのさ、聞こえる...かな?」
自信なさげに少女に話しかけた。
少女は何も聞こえない様子で海の方を眺めている。
そのまま何もできず少女を見つめているとだんだんと透明になり消えていった。
僕は少女が消えた後も立ち尽くしていた。
満ちてきた海が左足に当たり我に帰った。
上を向き太陽が西に傾むいている事を確認し岩場を抜ける。
日記の中の君にまた会いたくて、新重浜に来た。
なぜあの少女がいたのだろうか。
分からないことだらけだ。
ずっと浜に立っていたからか服がかなり乾いた。
服の端はまだ湿っているがほとんどの部分は乾いている。
うなじがピリピリと痛む。
右を見ると海に沈んでいく太陽と海に浮かぶ船が何隻か見えなぜか懐かしい気持ちになった。
錆び付いたバス停に着き海の方向を向いた椅子に座る。
目の前に広がる夕焼けと水平線。
後ろ向きな気持ちに浸るのにちょうどよかった。
時間なんか気にせずいつか来るだろうとバス待っていると太陽が完全に沈みきってしまった。
辺りが暗くなってからようやくバス停に貼られた時刻表を見ると最後のバスはとっくの前に出発していた。
心臓が一瞬止まった。
五秒ほど時間が止まり頭を抱えた。
「どうしよ...」
何も考えられないままバスで通ってきた道をフラフラと歩き出した。ここから駅まで距離はかなりある。
この足で歩いていくとなると何時間もかかる。
十二月に開いている港町の宿なんてあるか...?
歩くよりはと思い引き返して港町に入る。
入り組んだ住宅街を歩いて進んでいくと何年も使われてないであろう、錆び付いたトタン壁でできた海の家が何個かあった。
今も生きてそうな宿はひとつもなくただ時間だけが過ぎていった。
結局宿は見つからず海の見える小高い山上の公園で項垂れていた。
こんな馬鹿なミスをしてしまうなんて。
自分に腹が立って仕方がない。
公園には野良猫が数匹おり足に擦り寄ってきた。
ほぼ全ての猫がさくら耳をしていたので地域住民に可愛がられているのだろう。
「ごめんね。なんにも持ってないんだ。」
猫の頭を撫でながら伝える。
猫たちにあげれるご飯なんてものはなく僕が欲しいくらいだ。
どうしようもなく椅子で横になっていると誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。
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