第20話

もう一度顔を下向きに戻し

「大丈夫です。退院はいつ頃になりますか?」

と返した。


「大体一ヶ月ほどかかると思います。完治して退院という訳ではないですが。」


「なるほど。」


「心の方は大丈夫ですか?」


「心?」


「アパートのベランダから飛び降りたと聞きました。何か悩みや辛い事などありましたら話してください。」


「あー...別に辛いとかではなかったんです。ただ鳥が邪魔だったので払い退けてやろうかと思ってベランダにいたんです。気がついたらここにいて、自分でもよく分からないです。」


「鳥?」


「はい真っ赤だった鳥がいたんで邪魔だったんです。」


「なるほど...。」


先生は僕の言ったことをメモに残し

「お大事にしてください」

と言い部屋から出ていった。


よく考えると僕はなぜ怪我をしたんだろうか。

鳥を払い除けようとして...その後は...怒鳴られて...思い出せない。


先生は飛び降りたと聞きましたと言っていた。

飛び降りた記憶なんて...。


ベランダから普通に降りた筈。

あれ...?


頭が痛い。

割れる様に痛い。


両手で頭を抑える。

僕は意識を失った。


目が覚めると右側の窓にかかっているカーテンの隙間から光が差し込んでいた。

時計を見ると時刻は六時五十分。


昨日と同じ景色。

何もせずにひたすら天井を見続けた。


吸い込まれそうになるほどに。

すると、看護師の女性が病院食を持ってきてくれた。


味はしなかったけど、野菜が多くて柔らかくて食べやすい温かい料理だった。

このまま一ヶ月...。


退屈な日々は毎日変わることなく一週間続いた。

段々このつまらなさが永遠に続くんじゃないかと怖くなってきた。

窓の外の雲は自由に流れ続ける。


羨ましくて仕方がなかった。

僕も今すぐ病室から飛び出して空を駆け回りたかった。


死んだらいけるのかな...。

君にも会えるかな...。


味のしない病院食を食べ続け入院してから三週間が経った。

退院が先生の見立てよりも前倒しになり早めに家に帰る事ができた。


入院しても心配する人はいないし、退院しても喜ぶ人はいない。

本当に惨めな人生だ。


タクシーで家の前まで送ってもらいぎこちない歩き方で階段を登り、扉を開く。

埃の匂いがする家の中、机の上に置いてあった花が枯れてしまっていた。


靴を脱ぎ右足に体重がかかりすぎない様に急いで近寄る。

「ごめん...ごめん...。」

花に触れようとしたけど、触るとはらはらと崩れてしまいそうでどうすればいいのか分からないまま謝り続けた。


言葉なんかで許されるとなんか思っていないけどそうすることしかできなかった。

棚からコップを出し、水を入れた後花瓶に優しく注いだ。


「ごめん。まだ居て欲しい。」

枯れてしまった花に涙を浮かべながら懇願した。


そうするしかできなかった。

久しぶりに帰った家は病院と違ってとても静かだった。


僕は机の上にあった日記を手に取った。

日記を開き、続きのページを開く。

「二千七年一月十日

久しぶりに街へ出て、貯金の大半を使い綺麗な洋服を買った。もし、私に運命の人がいたら綺麗な洋服を着た私を褒めてくれるかな?傲慢な私を受け止めてくれる人に会えたらよかったな。残ったお金を使って甘いものをたくさん食べた。初めて食べたチョコパフェが一番美味しかった。三」

運命の人...。


君の洋服を褒めたことはあっただろうか。

当たり前の様に綺麗だった君に言葉にして伝えたことはあっただろうか。


僕は君の運命の人になれていなかったのかな。

話したい。

僕はもう一度続きのページをめくった。

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