第13話
「二千六年十一月十五日
夜の住宅街で子猫を追いかけた。どこまでもどこまでも。このまま走って消えてしまいたい。三日月の淡い光が綺麗で心地がよかった。さて、どう消えようかな?六」
どう消えようか?
それにこの数字、また減っている。
消えてしまいたい...減っていく数字...これって
音の割れたアナウンス。鉄の擦れる轟音。電車がホームに入る。
急いで日記をしまい、傘を持つ。
濡れない様に開いたドアに走り込む。
貸切状態の車両。ドアから一番近くの椅子に座った。
傘は窓と自分の間に挟み車窓から雨模様を見守る。
黄色の電車とすれ違った後、トンネルに入った。
誰もいない車内、少し不気味だった。
トンネルから出ると中途半端な場所で電車が止まった。
十五秒ほどしてからアナウンスが流れた。
「反対車線で発生しました人身事故の影響で電車が遅延します事、お詫び申し上げます。一、二時間程の遅延が予想されます。」
人身事故か...。
誰もいない車内に、起きた人身事故。
雰囲気に飲まれてしまっている。
僕は肩を窄めながら外の雨模様を眺めていた。
雨の勢いは止まる事なく、ひたすらに降り続けた。
車窓から見える用水路が溢れかえる直前に電車は動き始めた。
駅に止まるたび人は増え、僕の最寄りの駅に着く頃には椅子から立ち上がることも困難なほど人が増えていた。
「すいません、通ります。」
人をかき分ける様に車内を進みようやくホームに降りた。
おそらく長い遅延が原因だろう。
玄関の扉を開き部屋の電気を点ける。
シンクに置いたままの皿、机の上に置いたままのカップ。
リュックを背負ったまま綺麗に洗い流した。
皿とカップを乾いたタオルで拭いた後戸棚にしまった。
濡れたタオルを洗濯機に投げ入れ、リュックをソファーの横に下ろした。
そのままソファーに腰掛け机の上に置いてあったリモコンでテレビを点ける。
テレビでは今日あった人身事故のことを取り上げており、二十代の女性が全身を強く撃ち死亡、とのことであった。
自分はその瞬間に同じ線の電車に乗っていたということもあり他人事とは思えなかった。
言葉にしようのないやるせない思い。
テレビを消し借りた服を洗濯機に入れシャワーを浴びた。
シャワーを出てドライヤーをしながら時計を見ると十九時四十五分。
髪が乾きドライヤーを鏡の横にかけリビングに戻る。
お腹が空いた。冷蔵庫を開く。
冷蔵庫を開くと真っ暗で何も見えない。
時間差で黄色い電気がつき中身を確認する。
中には卵が二つ、パックのハムが一つ。
食パンはまだ残っていた筈。
卵とハムを取り出し、コンロの横に置く。
引き出しからフライパンを取り出しコンロの上に置く。
元栓と換気扇を開け、火を点ける。
フライパンの上に手のひらを近づけ温まっていることを確認したら卵を割って入れる。
悲鳴を上げる卵を横目にもう一つの卵を入れる。
卵の悲鳴が段々と弱くなり落ち着いてくるとシンクの横に逆さにして置いてある菜箸を取り黄身を優しくつつく。
ちょうど半熟であることが確認できたら火を切る。
食パンの上にこのまま乗せるはずが取り出すのを忘れており急いで取り出す。
皿の上に食パンを乗せ、その上にハムを置き、卵をかぶせる。
皿をテレビの前に置いてある机に乗せソファーに座る。
テレビの電源は点けないまま食パンを口に運ぶ。
時計の針が進む音だけが部屋を包む。
咀嚼を始めると黄身が少し固まっていることに気づいた。
皿を用意する時間に余熱で固まってしまったんだろう。
美味しいことには変わりないが少し残念だ。
立ち上がり洗濯機から洗濯物を散り出す。
ベランダに干し、室内に戻る。
明日からどうしようか。野良猫でも追いかけようか。
そうだ、彼女に連絡をしておこう。
暇な日でも聞いて恩返しの準備をしておこう。
命の恩人と言っても過言ではない。
携帯を手に取りもらった連絡先に電話をかける。
彼女は電話に出なかった。
何故だろう。
忙しいのかな?
また明日かけ直すとしよう。
朝食の様な晩御飯を食べ終え、パン屑の散る皿を水で洗い流す。
そのままシンクに置き寝室のベッドに寝転がる。
一人で使うには大きすぎるベッド。
居心地が悪い。
しかし、慣れるしかない。
もう二人で寝ることはないのだから。
君の歯軋りも、悪い寝相も、寝言も、もう二度とないんだと思うと寂しい。
寝付くのが遅い僕は真っ暗な部屋で自分の耳鳴りをひたすらに聞いていた。
結局浅い眠りのまま太陽を迎え、布団を蹴飛ばし起き上がった。
顔を洗い、歯磨きをし時計を見ると時刻は七時十二分。
朝の光が窓から差し込んでいる。
当たり前だけど綺麗で暖かくて僕って生きているんだなと実感した。
朝食の時間だが冷蔵庫に何もないことはわかっている。
部屋着の上からカーディガンを着て外に出る。
朝の冷たい空気が心地よかった。
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