異世界ガラス工房物語 ~香水瓶に映る心の輝き~
パン
第1話:未知の世界での第一歩
「ちょっと、嘘でしょ……?」
目の前には広がる草原と、遠くに見える煙突からのぼる白い煙。
青空には見たこともない鳥が旋回し、風に乗ってどこか懐かしい花の香りが漂っていた。
私は混乱していた。
さっきまでデスクに座って仕事をしていたはずなのに、気がついたらこんな場所に立っている。
バッグもないし、スマホもない。スーツ姿で草むらに立つ自分が滑稽で、思わず頭を抱えた。
「どうしよう……夢? いや、夢にしてはリアルすぎる。」
そのとき、背後から声がした。
「あの……大丈夫ですか?」
振り向くと、麦わら帽子をかぶった若い男性が立っていた。肩に布袋を背負い、手には木製の杖を持っている。
まるで時代劇から飛び出してきたような格好だ。
「えっと……どちら様?」
男性は驚いた様子で目を丸くした。
「あなたこそ、どちら様ですか? ここはアレスト村です。こんな格好をしている人は初めて見ますが……旅人ですか?」
私は説明に困った。
どう考えても旅人ではない。が、とりあえず名乗ることにした。
「私は愛原美嘉です。えっと……とにかく助けてほしいんです。」
そう言うと、男性は優しく微笑みながらうなずいた。
「分かりました。とりあえず村までご案内しますね。」
アレスト村は、まるで中世ヨーロッパのような町並みだった。道は石畳で、家々は木と石でできている。人々は親しげに挨拶を交わし、井戸で水を汲んでいた。
市場では、野菜や手作りの布製品が並び、活気があふれていた。子供たちが楽しそうに走り回り、羊や馬の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
村の風景には、どこか異世界の古代から続く魔法の力が息づいているような気配があった。
空気の中に微かに感じる、誰もが気づかない星々の力が、この村の生活と深く結びついているような、そんな感覚があった。
「見てごらん、あの空。星々がいつもより輝いている。」
ルークがふとつぶやいた言葉に、私は不思議と惹きつけられた。その言葉を聞くと、空の星々が一層輝いて見えた気がした。
異世界に来て、私は次第にこの世界の不思議な力を感じ取り始めていた。私はすっかり自分が異世界に来てしまったことを受け入れつつあった。そして、この世界でどうやって生きていくかを考える必要があった。
「ここが村長の家です。困ったことは村長に相談すれば大丈夫ですよ。」
男性――ルークと名乗った――はそう言って私を案内した。
村長は50代くらいの落ち着いた男性だった。私の話をじっと聞き終えると、少し考え込んだ。
「つまり、異世界から来たと? うーん、魔法使いのいたずらにしては大胆すぎる……。」
そして村長は私に言った。
「何か得意なことはありますか? この村では皆が役割を持って生活しています。あなたも何かできることで手伝ってくれると助かるのですが。」
私は考えた。
仕事は普通のOLだったが、趣味でガラス細工が好きだった。都内外の複数のグラス美術館に通い詰めていたし、自宅でも簡単な作品を作っていた。
「ガラス細工ができます。」
その言葉に村長の目が輝いた。
「それは素晴らしい! 実はこの村には古くから続くガラス工房があるのですが、最近技術が衰退してしまって困っていたのです。香水瓶を作る技術が失われつつあって……。」
香水瓶――私の胸が高鳴った。
「私、挑戦してみます!」
こうして私はアレスト村のガラス工房で働くことになった。
最初は設備や道具の違いに戸惑ったが、少しずつ村の職人たちと信頼関係を築き、技術を磨いていった。
工房では、焼成炉や吹きガラスの技術が主に使われていた。私が知っているガラス工芸とは違う部分も多く、毎日が新しい発見だった。
ある日、村のお祭りが開かれた。毎年恒例の収穫祭で、村の広場には色とりどりの旗が掲げられ、屋台が並び、地元の人々が集まって賑やかだった。
料理の香りが漂い、音楽が響き渡る中、私は少し恥ずかしながらも、村の人々と共に食事を楽しんだ。
村長も顔を出し、祝辞を述べた後、みんなでダンスを踊った。普段は静かな村が、この日は一層活気に満ちていた。
祭りの最中、私はふと目にした手作りの装飾品や、村の伝統的な陶器の器に心を奪われた。
村の人々はみんな、古くからの技術を大切にしていると同時に、新しいアイデアを取り入れようとしていることが感じられた。
「この村、素敵だな……」
そう思った私は、ますますこの場所での生活が楽しみになっていった。
数ヶ月が経ち、アレスト村での生活はすっかり落ち着いていた。私はガラス工房での仕事に慣れ、村の職人たちと共にさまざまな技術を習得していた。しかし、私は次第にひとつのことに心を奪われていった。
それは、香水瓶のデザインのことだった。
村の古い伝統に基づいて作られる香水瓶は、どこか素朴で古風なものが多かった。美しい形を持ちながらも、現代の感覚では少し物足りないと感じていた。
私はそのギャップを埋めるべく、伝統的な技術を活かしつつも、現代的なエレガンスを取り入れた香水瓶をデザインすることを決意した。
ある日、工房の中で試作を重ねていると、ルークが声をかけてきた。
「美嘉さん、ちょっといいですか?」
振り返ると、ルークは少し緊張した様子で立っていた。彼の目は真剣そのもので、何か重大なことが起きたことを感じさせた。
「どうしたの、ルーク?」
私は手を止めて彼に尋ねた。
「実は……王都から使者が来ているのです。貴族の方が、美嘉さんの作った香水瓶に興味を持っていると。」
その言葉に、私は驚きと興奮が入り混じった気持ちになった。
王都から? それはすごいことだ。私の香水瓶が、こんなにも注目を浴びるなんて夢にも思わなかった。
「本当に? その……どうすればいいの?」
「使者の方が今村長の家にいるので、一緒に行ってみてください。」
ルークは少し躊躇しながらも、私を手招きした。村長の家に着くと、そこには優雅な服装をした男性が待っていた。
彼は金色の髪を持ち、目元には冷徹さを感じさせるが、どこか柔らかさも漂う人物だった。
彼の背後には、豪華な衣装を身にまとった女性が立っており、その姿はまさに貴族そのものだった。
「あなたが美嘉さんですね。」
金色の髪の男性は優雅に微笑みながら言った。その声にはどこか冷徹さが感じられたが、同時に威厳もあった。
「はい、そうですが……。」
私は少し緊張しながら答えた。
「私はレオナルド・カーヴィス。王都から参りました。」
彼は頭を軽く下げ、名乗った。
「貴女が作った香水瓶に深く興味を持ち、是非一度お目にかかりたかったのです。」
その後、私たちは村長の家で簡単な会話を交わし、レオナルド氏と彼の同行者である女性、アリア姫が私の作品をじっくりと見てくれた。
「この香水瓶、まさに新しい時代の到来を感じさせる素晴らしいデザインです。」
アリア姫が驚きと共に言った。
「王都では、これまでに見たことがない美しさを持っています。」
その言葉に私は胸が高鳴った。異世界で私が作った香水瓶が評価されるなんて、思いも寄らないことだった。
「ありがとうございます。」
私は恥ずかしそうに笑顔を見せた。
「貴女の作品が王都に広がれば、きっと多くの人々に喜ばれるでしょう。」
レオナルド氏が続けた。
「私たちに、貴女の技術とデザインを王都に持ち込んでほしい。」
その言葉に私は少し驚きながらも、胸の中で湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
王都に進出するチャンスなんて、考えもしなかった。
「でも、私はまだまだ未熟な部分が多くて…。」
私は少し不安そうに言った。
「その点はご心配なく。私たちが全力でサポートします。」
レオナルド氏は優しく微笑んで言った。
その後、村長の家を出ると、ルークが私を見て言った。
「美嘉さん、王都に進出するのは本当に大きな一歩だね。」
その言葉を聞いて、私は少し照れながらも笑顔を返した。
「ええ、でもちょっと怖いです。」
「そうだよね、きっと不安も多いだろうし。でも、君なら大丈夫。」
ルークは優しく微笑みながら言った。彼の言葉には安心感があったが、私はまだ完全に信じられなかった。
新しい世界での生活や仕事がうまくいくのか、それに自分の力が本当に役立つのか、不安が消えることはなかった。
「ありがとう。」
私は、少しだけ心の中で安堵を感じた。
私たちは歩きながら、少しずつ話をしていた。ルークが時折、私の疑問や不安を聞いてくれる。
最初は無理に話さなければと思っていたけれど、彼の優しさに触れるたびに、少しずつ心が軽くなっていった。
「あの、ルーク……私、まだこの世界に慣れていないんです。」
思い切って、私は自分の気持ちを言葉にした。
ルークは足を止め、私を見つめた。
「そうだよね。ここは君にとって完全に新しい世界だし、最初は戸惑うのも無理はない。でも、少しずつ慣れていけばいいんだよ。」
その言葉には、確かな安心感があった。彼は私を無理に励まそうとしているわけではなく、ただ静かに寄り添ってくれているような気がした。
しばらく歩いていると、ルークが自然に言った。
「君が最初にここに来たとき、どう思った?」
私が少し考えてから答えた。
「驚きました。信じられなくて、ただ呆然とするしかなかった。自分がどこにいるのかも分からなくて。」
「それが普通だよ。」
ルークがにっこりと笑って言った。
「でも、君が今こうして頑張っているのを見ると、すごいと思う。きっと、これからもっと強くなるよ。」
その言葉を聞いて、私の心は少し軽くなった。何もかもが不安でいっぱいだったけれど、ルークの言葉が少しずつ心に届いてきているのを感じた。
その時、ルークが少し歩み寄り、私の肩に手を軽く置いた。最初は驚いたけれど、彼の手のひらから温かさが伝わってきて、思わず肩をすくめた。
「無理しないで、少しずつでいいからね。」
ルークの声は優しく、どこか安心感を与えてくれた。
私は少し顔を赤くして、頷いた。
「ありがとう。」
彼の言葉に心が少しずつ癒されるような感覚を覚えた。
その後も、ルークと一緒に歩きながら、私は少しずつこの世界での自分の役割を見つける決意を固めていった。
まだ戸惑いはあったけれど、ルークと一緒に過ごすことで、少しずつ不安も減っていくのを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます