Twins 双子(2)
エレノアとわたしは双子の姉妹。自分で言うのもおかしな話だけれど、わたしたちは本当に仲が良くて、そして大の親友だった。「だった」なんて付け加えたくはないけど、事実彼女は変わってしまったし、もちろんわたしも変わってしまっていたのかもしれない。
去年の春にママを病気で亡くし、残されたわたしたち家族は、そのあまりの悲しみに突然狂い始めた。それは電池の切れかけた時計の秒針のように少しずつ狂っていき、そしてあっという間にバラバラになってしまったんだ。
昔は何をするにも一緒だったエレノアとも、いとも容易く。
「チャーリー! 見て! 四つ葉のクローバーを見つけたわ」
家族揃って訪れたグランダッド・ブラフ・パークで、エレノアは偶然にも幸せの四つ葉を見つけると、得意げに駆け寄ってくる。
毎週末のように訪れたこの公園は、わたしたちが住むラクロス市でも最も高い山にあった。週末にもなれば観光客だけでなく、市内からも大勢の人たちが利用するラクロス市の中でも人気の場所で、ハイキングやトレイルなんかも楽しめる。
頂上付近には公園があって、そこから見渡す壮大なミシシッピ川の渓谷のパノラマ風景に心を奪われて、何時間でもその場所に立ち尽くしている人たちもいるほど。もちろんミルウォーキーやシカゴなんかとは比べものにならないくらい穏やかでのんびりとした街だけど、わたしはラクロスが大好きだった。
「ずるいよ、エレノア! わたしの分も探すの手伝ってよ!」
いつだって最初に行動を起こすのはエレノアで、わたしはいつも彼女の後ろを追いかけていた。それはわたしたちにかけられた悪い魔女の魔法のように運命づけられたもの。ママのお腹の中にいた頃にかけられた呪いだっていつも思ってたのよ。
現に、先にママのお腹から飛び出していったのはエレノアで、いつまでもお腹の中でまごついてたわたしは、日付変更線の外側へと追いやられてしまったんだから。
双子なのに誕生日が違うなんて、悪い魔女の呪いにでもかけられていなければ滅多に起こることじゃない。こうしてわたしたちは、双子なのに姉と妹の関係になってしまったの。
でもママは事あるごとにこの出産秘話を持ち出しては、嬉しそうにわたしたちをからかった。率先して前へと飛び出していく器用な姉のエレノアと、いつまでもまごついてなかなか足を前に出そうとしない不器用な妹のわたし。
それを象徴するように、わたしはいつもエレノアを追いかけ続けていた。少しでも彼女と肩を並べられるように、妹のチャーリーだなんて周りに言われないように。
「ほら! きっとそう言うと思って、チャーリーの分も見つけておいたんだ!」
エレノアが笑いながら後ろに隠していた右手を差し出すと、その手の中には幸せの四つ葉が顔を覗かせていた。
「ありがとう、エレノア」
わたしは左手で四つ葉を受け取って言う。でも心の中では、なんの抵抗もなくこんな風に伝えてるんだ。「ありがとう、お姉ちゃん」って。
エレノアの伸ばす右手と、わたしの伸ばす左手が幸せの四つ葉を中心にして、鏡に写しあった自分自身のよう。
見た目も背丈も一緒。チョコレートモカの甘い香りが漂ってきそうな濃いブラウンに、少し低い鼻と、腫れぼったく見える一重瞼に切れ長の目。紅茶のような薄い赤茶色の瞳と、その瞳が一層引き立つ白い肌。顔中に散らかってるそばかすの数だって、きっと同じだけあるに違いないんだ。
わたしは、そんな自分の顔が大好きだった。
もちろんこの顔が、ハリウッド女優のように甘酸っぱくて、それでいてスパイスが効いたような個性的なオーラを放つ美人になるなんて、ママが作ってくれるストロベリージャムたっぷりのタルトケーキの食べかすほどにも思ったことはないわ。
それでもこの顔が大好きだって小さな胸を張って言える理由はただ一つ。それは、いつも目の前で向かい合ってくれるエレノアと、わたしがまったく同じ顔をしているから。
それだけが自慢だったし、エレノアと繋がっているっていう何よりの証だから。
そんな寸分違わぬわたしたち双子は、見た目はそっくりでも中味はまるで違っている。そう、シナモンロールの中味がレーズンやオレンジピール、クルミやチョコチップみたいに様々なバリエーションがあるように、見た目も大きさもまったく同じに見えるわたしたちでさえ、中味だけは違ってしまっているの。
それは誕生日だったり、行動力だったり、考え方だったり、もっと言えば利き手だったり。
エレノアが右利きに対して、わたしは左利き。
でもそれは、わたしの不器用さにとても関係のあることなんだって、今でも時々思うことがあるんだ……。
†
「チェック!」
女性の声が聞こえてわたしは目を覚ます。目に映るのは、所々剥がれかけたシンプルなアイボリーの壁紙と真っ白な天井にぶら下がったブリキのカバーの小さなライト。
「チャーリー? スタイルズ先生とのカウンセリングの時間になるわよ? そろそろ起き上がっても良いんじゃない?」
ベッドから上半身を起こし、声の方に顔を向けると、看護師が笑いながら再び部屋の扉を閉めた。
小窓の付いたこの個室は、薬物自殺を図った愚かなわたしのためにパパが用意した精神科の治療プログラム施設の一室。ミルウォーキーの寮で、薬物自殺を図って担ぎ込まれた病院と提携を結んでいる、同じ市内にあるリハビリセンターだ。
この建物の外観も、何階建てかもよくわからない。わたしが生活するこのフロアの部屋はどこも同じ間取りで、壁際に置かれた鉄製の硬いベッドと、引き出しも付いていない小さな机。
たったそれだけ。まるで、囚人が閉じ込められるような味気ない部屋。このフロア内ならどこへでも行くことはできるけど、それだけが今のわたしに与えられた最大の自由だった。ベッドから起き上がって、開くこともできない窓に手を添えて外の景色を眺めても、名前も知らない誰かが撮った写真の風景のように何も感じない。冷たさも暖かさも、まるで何も感じられないんだ。
自らの足で立ち上がることも、自らの意志で動き回ることも、なんだってできるはずなのに、わたしの気持ちは依然朦朧としたまま。そしてこの狭い鳥かごの中での生活が、心のどこかで心地好いって感じてる自分に抱く嫌悪感と、それでもここに残っていたいって思う自分に絶望感を抱いている。
手を伸ばせば届くところに自由はあるのに、その手を伸ばそうって気持ちにどうしてもなれない。パパやエレノアが心配する通り、きっとわたしは重症なんだろう。
「ハイディー、チャーリー?」
ただ黙って小窓に映る無機質な風景を眺めていると、看護師が出ていった扉からわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。このフロア一番の変わり者のアガサだ。
彼女は、わたしがここに放り込まれたときには既にいた古株で、こうして新参者の様子を伺いに毎日やって来る。そして必ずと言って良いほど、名前を呼ぶ前に「ハイディー」なんて、古臭い挨拶を付け加えるんだ。以前のわたしやエレノア、そしてママのように。
ママが亡くなって、エレノアの考えでこのミルウォーキーに追いやられて一年ほど暮らしたけど、実際にわたしたち以外で「ハイディー」なんて挨拶をする人間に出会ったのはアガサが初めてだった。
「入るわよ? チャーリー」
そう言って、アガサは躊躇いもせずに入ってくる。彼女の特徴を強いて上げるなら、わたしより歳上で二十代の中盤か後半くらい。そしてきっと恵まれた家の生まれで、かなり頭がどうかしちゃってるってことだ。
アガサが、一体いつからこの施設に厄介になってるのかは知らないし興味もないけど、少なくともこのフロアにいるスタッフは全員彼女のことをよく知ってるみたいだし、さらにはこのフロアで生活する患者たちも皆、彼女をよく知っているようなそぶりだからだ。
こんな施設に長期間入っていられるなんて、よっぽどのお金持ちしか有り得ない。それにアガサはここでの生活を心の底から満喫してるように見えるから。彼女ほど生き生きと笑い、そして話す人間なんてここにはいないもの。
ここでの生活に、心のどこかで居心地の良さを感じてるわたしでさえ、彼女のようには笑えないし、他の誰かと会話を楽しもうなんて気にもならない。そういった意味でも、彼女はわたしよりさらに重症で、取り返しがつかないほどいかれてしまってるに違いないの。
そうでもなければ、こんな風にわたしに纏わり付くはずないもの。でもそんなアガサをわたしが敬遠しないのは、この退屈な施設での暇潰しくらいにはなるからなんだ。
「今からでしょ? ドクタースタイルズの人生相談は」
アガサが、スタイルズ先生の真似をしながら部屋の机の椅子に座り、そしてカルテを見比べるジェスチャーと、ボイスレコーダーを持つ先生の物真似をしながら訊ねた。
「カルテNo.26チャーリー・ブライト。君は神の存在を信じているかい?」
無表情に真面目ぶって、くだらない質問までしてくるその様は、まさにドクター・スタイルズそのもので可笑しい。
この施設へやって来てからというもの、アガサは毎日纏わり付いて子供のようにくだらない質問を繰り返す。好きな食べ物だったり、テレビ番組だったり、音楽だったり……。
初めは面白がって質問に答えていたけど、いつまでも続く質問責めに正直気味が悪くなってしまった。
ひょっとしたら彼女はそっちの気があるんじゃないかって。だからいつだったか? 思い切って質問してみたことがある。もちろん、単刀直入に聞いて彼女を傷つけるようなことはしない。おもいっきり遠回りな質問で。
「もし、あなたの目の前に雄と雌の子猫が捨てられていて、どちらか一匹を連れて帰るなら、どちらを連れて帰る?」
精神分析医みたいな口ぶりでわたしが訊くと、彼女は大笑いして答えた。
「家には強くてたくましい番犬がいるから、連れて帰らないわ」
何がそんなに可笑しいのかわからないけれど、まぁわたしが心配するほど彼女に毒はないだろうって、バカみたいに笑う彼女を見ていたらそう思えた。
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